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忘れていたこと
四十、
しおりを挟む「最初はただ無愛想なだけかと思ってたけど。目は暗いし、何か言っても一言二言くらいしか返さないし。でもどことなく余裕ないようにも感じてなんか不思議だった。だけど、一緒にいるうちに多分自分のことに興味がないんだなって思ったよ。それどころか自分の幸せなんてどうでもいいと思ってる気がした」
軽い気持ちで聞いたら思っていたよりも重い答えが返って来て戸惑った。清水の目に自分がそのように見えているのに驚いたが、はっきりと否定できないのもまた事実だった。
「なんでそう思うの?」
「俺じゃなくても杉野と一緒にいたら誰でも思いそう。前に杉野に面倒くさがりなわりにちゃんと勉強してるって言ったら、その方が波風立たないしって言ったよね。叔母さんに言われたから勉強してるでしょ。俺は叔母さんがそう言う気持ちわかる」
「そりゃまあ、学生の本分は勉強だからってことでしょ?美恵子さんって根は真面目だし」
「そうじゃなくて、杉野は何もしないから。一人だったら勉強も食事もしないと思う。誰かが口煩く言わない限り、やろうとしないから叔母さんが言い続けてる。別に叔母さんは本当に勉強してほしい訳ではなくて無気力に生きる杉野のことを見ていられないからそう言ってるんじゃないかなってずっと思ってた」
そういう清水の表情はいつもと変わらず無表情だった。先程アパートにケリーが住み始めた経緯を話していた時の方が声はかたく、怒っていた。だが、今の方が自分の知らない姿を暴かれているような気分になって怖く感じた。
「俺は別に……」
「自分が生きやすい環境にいることを避けてるようだし。面倒くさいと言いながら自分が辛くなることには抵抗無いでしょ。俺は好きな人たちが喜ぶのを見るのが好きだから手助けも厭わないけど、杉野のそれは違う。自分のことはどうでもいいっていう、ただの自己犠牲だよ」
「……」
何も言えなかった。否定はおろか、本当にそうなのかも分からなかった。俺はただ本当に、面倒くさがりでこだわりというものが無いだけで、自己犠牲なんて馬鹿馬鹿しいって思う気持ちもある。
だけど、一蹴するのはまた違う気がする。本当に美恵子さんや祖父母が言わなければ俺は高校生にもなっていないだろうし、メッセージや電話でしきりに促されなきゃ食事だってとっていなかったかもしれない。自分のことに興味が無いっていうのは当たっているかもしれない。
「あ、杉野ごめん。言い過ぎた」
「いや、うん……大丈夫」
「まあ、っていうのが杉野の印象だった訳だけど、最近はちょっと変わってきてる」
清水が弁当を食べ終えてあんパンに手をかけた。毎度のことながら本当によく食べる。
「変わってるって?」
「目が生き生きしてる。表情が明るい。可愛い」
「……へ?」
(今可愛いって言った?)
清水の「可愛い」に自分が追加されるとは思わず違う意味で(というより普段清水に感じる意味で)怖いと思った。
「あ、俺の可愛いは発作みたいなものだから気にしないで」
「自覚はあったんだ」
「まあね。よく言われるし。俺は、杉野は何に喜ぶんだろうってずっと思ってた。こんなに無関心そうな男が並大抵なことじゃダメだろうって。だから初めて島崎さんが作った弁当を開いた時の杉野を見て「ああ、こんなに単純なことなんだ」って思った。人から何かしてもらえて嬉しいって、杉野にそれが当てはまるんだって。それ見て俺も嬉しくなった。本当に嬉しそうな顔してたからつい写真撮っちゃった」
「あのスマホ向けてたのってそれ?」
「その後も何枚か撮ってます」
「見る?」と差し出されそうになったが、特に見たくも無かったので遠慮しておいた。
「その日からどんどん元気になっていったから大切にされてるんだなって、自然と辛くないような環境を作ってくれてるんだなって思ってた。昨日島崎さんに会ってこの人のおかげだってすぐに分かった。詳しい人柄とかは知らないけど、穏やかそうな人だったし。カレー美味しかったし」
「カレー関係ある?」
「料理上手なことは杉野には関係あると思う。だから安心してたのに、まさか杉野にとって赤の他人だったとは思わなかった」
最後の言葉にはほんの少し棘があるような気がした。反省してるからもう責めないでほしい。
「ごめんって」
「まあいいか。島崎さんが嫌な人じゃ無くて良かった。結果的には全部良いように転がってるからもしかしたら良い縁だったのかもね」
「ごちそうさま」と弁当とあんパンを食べ終えた清水の前で、俺はまだ弁当が半分ほど残っていた。いつもよりゆっくりと食べてしまった為、昼休憩も残り少なくなっており、急いでかきこもうとした。
「それで、島崎さんっていつまで杉野のアパートにいるの?」
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