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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第七話「図書室」⑵
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由良は改めて、美麗似の女性に訊ねた。
「ここへ来る途中、"社長"を探されている方々と会いました。貴方のことではありませんか?」
「社長だった覚えはないな」
美麗似の女性は冷めた口調で答えた。
「美麗漆器の社長だったじゃないですか。貴方は美麗前社長の〈分け御霊〉なのでしょう?」
「私を作ったのは彼女ではないよ。器楽堂美麗の死を受け入れられない人々によって生み出された、劣化コピーさ。君達流に答えるなら、〈心の落とし物〉かな」
女性は画集を閉じ、本棚から下りる。カーペットが音を吸収し、静けさを保っていた。
「私は居てはいけない存在なんだ。私が居ると、彼らはいつまで経っても"私"を忘れられない。〈未練溜まり〉へ来れば消えられると思っていたのに、ここの〈未練溜まり〉は魔女が仕組みを変えたせいで、簡単には消えられなくなっていた」
美麗似の女性は苦しそうだった。未練街で自由を謳歌していた〈探し人〉達とは違う。
「私は行くよ。〈未練溜まり〉の断片を探しに行かなくてはならないからね」
「〈未練溜まり〉の、断片?」
「この場所の本来あるべき姿の断片だよ。未練街のあちこちに残っているのさ。この建物にも残っているはずだよ。消滅を望む患者を、医者と看護師がどこかへ連れて行く様子を何度も目撃したからね。不思議なことに、尾行の途中で必ず見失ってしまう。病院群の地図があれば、どこの部屋で消えているか分かるのだが、受付は連中が常に見張っていて近づけない。自分の足で探さなくては」
「それならこれ、役に立ちますか?」
由良は未練病院群の地図を渡した。ワスレナ診療所へのルートが変わってしまったので、新しく受付へ取りに行くつもりだったのだ。
「これは……病院群の最新の地図じゃないか。本当にもらっていいのかい?」
「えぇ、私にはもう必要ないですから。先ほど、崩壊が起こったエリアは、地形が変わってしまったはずなので参考にはなりませんが」
美麗似の女性は地図の隅々まで目を凝らす。
その時、図書室のドアが開く音がした。大勢の人の気配がする。
「社長ー! いらっしゃいますかー!」
「戻ってきてくださーい!」
「チッ。やっと〈未練溜まり〉の断片の場所が分かりそうだというのに、タイミングの悪い連中だ」
美麗は忌々しそうに舌打ちし、地図を懐へ仕舞う。社長を探す集団……十中八九、スーツ達だろう。
美麗は彼らから距離を取ろうと、迷路の奥へと進む。由良も問い詰められまいと、美麗に続いた。
スーツ達の声は徐々に近づいてくる。なんとか迂回して脱出したいが、上手くかわせそうにない。気がつけば、逃げ場が無くなっていた。
「どうする? 武器ならそこかしこに並んでいるが」
「本のこと言ってます?」
「これなんてどうだ? 大判百科事典全十二巻」
美麗似の女性は恐ろしく分厚い百科事典を指差す。見るからに重量感があり、持ち上げられるかどうかも怪しい。
「持ち上げている間に捕まっちゃいますよ。見つかるの覚悟で、本棚の上を走った方が早いですって」
「まぁまぁ、やってみないと分からないじゃないか」
美麗似の女性は百科事典を抜き取ろうと、力を込める。
その拍子に、本棚が手前へ動いた。本棚の向こうには小さな書斎があり、本棚に持たれて聞き耳を立てていた人物がこちらへ倒れてきた。
「へぶっ」
「コレさんじゃないですか。こんなところで何をしているんです?」
「それはこちらの台詞です! どうして添野さんまで、こんな危なっかしい場所に?!」
とにかく中へ、と書斎へ引っ張り込まれる。美麗似の女性も後に続いた。
書斎は全面本棚で囲まれていた。閲覧用の机と椅子の他には何もない。
本棚のいくつかは、図書室の迷路へ続くドアになっていた。位置的に、迷路の中央に当たる。地図には載っておらず、由良も書斎の存在を知らなかった。
「この〈未練溜まり〉は危険なんです! いくら渡来屋さんが不在だからって、こんな場所へ来てはなりません! ワタクシと一緒に帰りましょう!」
「開店時間までには帰るつもりなので、安心してください。コレさんこそ、今度は何を探しに来たんですか?」
「画集です。先代お気に入りの」
コレさんは先代……すなわち、美麗が生前愛読していた画集を探していた。
当時は無名だった日本画家の画集で、現在ではプレミアがつき、高値で取引されているという。美麗はいち早く画家に目をつけ、デザインの仕事を斡旋していた。
画集を手に入れるだけなら簡単だ。金で買うなり、譲ってもらうなりすればいい。
だが、コレさんが探しているのは「美麗社長が持っていた画集」だった。他の画集では換えられない。
「美麗前社長が持っていた画集だって、どうやって分かるんです?」
「先代が持っていた画集には、他の画集にはない特徴があるんです。その特徴から、渡来屋さんはこの〈未練溜まり〉の図書室に画集があると断言されました。ワタクシの代わりに取りに行ってくれると約束してくださったのですが、いくら待っても戻ってきません。仕方なく、自分で取りに来ました」
(たかだか数時間くらいで? コレさんも意外とせっかちなのね)
由良は口にはしなかったが、内心コレさんに呆れた。
「ここへ来る途中、"社長"を探されている方々と会いました。貴方のことではありませんか?」
「社長だった覚えはないな」
美麗似の女性は冷めた口調で答えた。
「美麗漆器の社長だったじゃないですか。貴方は美麗前社長の〈分け御霊〉なのでしょう?」
「私を作ったのは彼女ではないよ。器楽堂美麗の死を受け入れられない人々によって生み出された、劣化コピーさ。君達流に答えるなら、〈心の落とし物〉かな」
女性は画集を閉じ、本棚から下りる。カーペットが音を吸収し、静けさを保っていた。
「私は居てはいけない存在なんだ。私が居ると、彼らはいつまで経っても"私"を忘れられない。〈未練溜まり〉へ来れば消えられると思っていたのに、ここの〈未練溜まり〉は魔女が仕組みを変えたせいで、簡単には消えられなくなっていた」
美麗似の女性は苦しそうだった。未練街で自由を謳歌していた〈探し人〉達とは違う。
「私は行くよ。〈未練溜まり〉の断片を探しに行かなくてはならないからね」
「〈未練溜まり〉の、断片?」
「この場所の本来あるべき姿の断片だよ。未練街のあちこちに残っているのさ。この建物にも残っているはずだよ。消滅を望む患者を、医者と看護師がどこかへ連れて行く様子を何度も目撃したからね。不思議なことに、尾行の途中で必ず見失ってしまう。病院群の地図があれば、どこの部屋で消えているか分かるのだが、受付は連中が常に見張っていて近づけない。自分の足で探さなくては」
「それならこれ、役に立ちますか?」
由良は未練病院群の地図を渡した。ワスレナ診療所へのルートが変わってしまったので、新しく受付へ取りに行くつもりだったのだ。
「これは……病院群の最新の地図じゃないか。本当にもらっていいのかい?」
「えぇ、私にはもう必要ないですから。先ほど、崩壊が起こったエリアは、地形が変わってしまったはずなので参考にはなりませんが」
美麗似の女性は地図の隅々まで目を凝らす。
その時、図書室のドアが開く音がした。大勢の人の気配がする。
「社長ー! いらっしゃいますかー!」
「戻ってきてくださーい!」
「チッ。やっと〈未練溜まり〉の断片の場所が分かりそうだというのに、タイミングの悪い連中だ」
美麗は忌々しそうに舌打ちし、地図を懐へ仕舞う。社長を探す集団……十中八九、スーツ達だろう。
美麗は彼らから距離を取ろうと、迷路の奥へと進む。由良も問い詰められまいと、美麗に続いた。
スーツ達の声は徐々に近づいてくる。なんとか迂回して脱出したいが、上手くかわせそうにない。気がつけば、逃げ場が無くなっていた。
「どうする? 武器ならそこかしこに並んでいるが」
「本のこと言ってます?」
「これなんてどうだ? 大判百科事典全十二巻」
美麗似の女性は恐ろしく分厚い百科事典を指差す。見るからに重量感があり、持ち上げられるかどうかも怪しい。
「持ち上げている間に捕まっちゃいますよ。見つかるの覚悟で、本棚の上を走った方が早いですって」
「まぁまぁ、やってみないと分からないじゃないか」
美麗似の女性は百科事典を抜き取ろうと、力を込める。
その拍子に、本棚が手前へ動いた。本棚の向こうには小さな書斎があり、本棚に持たれて聞き耳を立てていた人物がこちらへ倒れてきた。
「へぶっ」
「コレさんじゃないですか。こんなところで何をしているんです?」
「それはこちらの台詞です! どうして添野さんまで、こんな危なっかしい場所に?!」
とにかく中へ、と書斎へ引っ張り込まれる。美麗似の女性も後に続いた。
書斎は全面本棚で囲まれていた。閲覧用の机と椅子の他には何もない。
本棚のいくつかは、図書室の迷路へ続くドアになっていた。位置的に、迷路の中央に当たる。地図には載っておらず、由良も書斎の存在を知らなかった。
「この〈未練溜まり〉は危険なんです! いくら渡来屋さんが不在だからって、こんな場所へ来てはなりません! ワタクシと一緒に帰りましょう!」
「開店時間までには帰るつもりなので、安心してください。コレさんこそ、今度は何を探しに来たんですか?」
「画集です。先代お気に入りの」
コレさんは先代……すなわち、美麗が生前愛読していた画集を探していた。
当時は無名だった日本画家の画集で、現在ではプレミアがつき、高値で取引されているという。美麗はいち早く画家に目をつけ、デザインの仕事を斡旋していた。
画集を手に入れるだけなら簡単だ。金で買うなり、譲ってもらうなりすればいい。
だが、コレさんが探しているのは「美麗社長が持っていた画集」だった。他の画集では換えられない。
「美麗前社長が持っていた画集だって、どうやって分かるんです?」
「先代が持っていた画集には、他の画集にはない特徴があるんです。その特徴から、渡来屋さんはこの〈未練溜まり〉の図書室に画集があると断言されました。ワタクシの代わりに取りに行ってくれると約束してくださったのですが、いくら待っても戻ってきません。仕方なく、自分で取りに来ました」
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