心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
279 / 314
最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第七話「図書室」⑴

しおりを挟む
 ふと、オサムが思い出したように言った。
「そういや、図書室にすげー美人が来てたぜ。喪服を着てたし、誰かの見舞いに来た人かもな」
「喪服ですって?」
 由良は耳を疑った。もしかしたら、ナナコかもしれない。
「うん。本棚の陰に隠れて、本読んでた。妙に怯えててさぁ、目が合っただけで逃げられたよ」
「それ、お前が怖かっただけじゃないのか?」
「何でだよ。俺にビビる要素なんか、ひとつもないって」
「図書室ってどこにあるんです?」
「病室を出て、左に進んだ突き当たり。ドアに書いてあるから、すぐ分かるさ」
「行くつもりですか?」
 由良は頷いた。
「その女性、私が探している人かもしれません。迎えに行ってきます」
 立ち上がり、二人に礼を言った。
「いろいろとお世話になりました。メロン、美味しかったです」
「どういたしまして」
「喪服の彼女によろしくー」
 由良は手塚とオサムに見送られ、病室を後にした。



 左に真っ直ぐ進むだけとはいえ、突き当たりが見えないほど、先は長い。
 廊下は現代の病院と同じだったが、ドアの時代がひとつひとつ違う。手塚とオサムがいた病室は廊下と同じ現代だったが、その両隣は木製の古びたドアと、洋風の重そうなドアだった。
 道中、黒いネクタイを締めたスーツの大人達が由良とは反対方向から走ってきた。彼らは口々に「社長!」と呼びかけていた。
 そのうちのひとりが由良に気づき、声をかけてきた。
「あの、すみません。このあたりで社長を見かけませんでしたか?」
「社長?」
「我が社の代表取締役です。まだアポが残っているのに戻ってこないんですよ。貴方よりひと回りくらい年上の女性なんですが」
「さぁ? 私もついさっきこのフロアへ落ちて来たばかりなので」
「落ち……? そうですか」
 スーツの大人は残念そうに立ち去る。
 全員、黒いスーツだったので、
(あの人達の格好も喪服みたいだな)
 と由良は思った。



 廊下の突き当たりに、鮮やかな黄緑色のドアが見えた。誰が書いたのか、筆で大きく「図書室」と書いてある。
 ドアを開くと、大量の本棚が複雑に配置されていた。まるで迷路だ。受付には「席を外しております」と札がかかっていた。
「ナナコさーん! どこですかー? 返事をしてくださーい!」
 由良はナナコに呼びかけながら、本棚の迷路へと足を踏み入れた。
 棚の本は貸し出し中のものもあるのか、ところどころ抜けている。どの本も修繕のあとがあり、痛々しい。
(どうして傷ついた本ばかり並んでいるのかしら)
 不思議に思い、本をじっくり眺めながら進んでいると、目の前に女性の足が現れた。本棚の上からぶら下がっている。黒い着物の裾から伸び、足袋と草履を履いていた。
「わっ」
「ん?!」
 由良は驚き、後ずさる。足の持ち主も由良に気づき、驚いていた。
 見上げると、黒い着物を着た女性が本棚の上で腰掛けていた。膝の上に画集を広げている。彼女が読んでいた画集はビリビリに破れ、セロハンテープで雑に補修してあった。
 オサムが見た「喪服の女性」とは彼女のことだろう。着物ではあるが、彼女が着ている服も「喪服」だ。焦るあまり、早とちりしてしまったらしい。
「すみません。読書の邪魔をするつもりではなかったのですが」
「……」
 女性は由良の顔をジッと見つめる。
 由良も女性の顔を見て、ハッとした。
 写真でしか見たことはないが、彼女は美麗漆器の前社長、器楽堂美麗にそっくりだった。コレさんも美麗に似ているが、彼女は美麗本人だった。
 由良は
「貴方は美麗前社長ですか?」
 と訊こうとしたが、女性に先を越された。
「君……蛍太郎かい?」
「は?」
「驚いたなぁ。〈探し人〉だか〈心の落とし物〉だか知らないが、ずいぶん若い姿になったもんだ。しかも女の子! いったいどんな未練を抱えたら、そんな姿になるんだい?」
「違います、私は孫です。祖父は亡くなりました」
「だよねぇ。知ってる」
 女性は寂しげに笑った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

処理中です...