心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第七話「図書室」⑴

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 ふと、オサムが思い出したように言った。
「そういや、図書室にすげー美人が来てたぜ。喪服を着てたし、誰かの見舞いに来た人かもな」
「喪服ですって?」
 由良は耳を疑った。もしかしたら、ナナコかもしれない。
「うん。本棚の陰に隠れて、本読んでた。妙に怯えててさぁ、目が合っただけで逃げられたよ」
「それ、お前が怖かっただけじゃないのか?」
「何でだよ。俺にビビる要素なんか、ひとつもないって」
「図書室ってどこにあるんです?」
「病室を出て、左に進んだ突き当たり。ドアに書いてあるから、すぐ分かるさ」
「行くつもりですか?」
 由良は頷いた。
「その女性、私が探している人かもしれません。迎えに行ってきます」
 立ち上がり、二人に礼を言った。
「いろいろとお世話になりました。メロン、美味しかったです」
「どういたしまして」
「喪服の彼女によろしくー」
 由良は手塚とオサムに見送られ、病室を後にした。



 左に真っ直ぐ進むだけとはいえ、突き当たりが見えないほど、先は長い。
 廊下は現代の病院と同じだったが、ドアの時代がひとつひとつ違う。手塚とオサムがいた病室は廊下と同じ現代だったが、その両隣は木製の古びたドアと、洋風の重そうなドアだった。
 道中、黒いネクタイを締めたスーツの大人達が由良とは反対方向から走ってきた。彼らは口々に「社長!」と呼びかけていた。
 そのうちのひとりが由良に気づき、声をかけてきた。
「あの、すみません。このあたりで社長を見かけませんでしたか?」
「社長?」
「我が社の代表取締役です。まだアポが残っているのに戻ってこないんですよ。貴方よりひと回りくらい年上の女性なんですが」
「さぁ? 私もついさっきこのフロアへ落ちて来たばかりなので」
「落ち……? そうですか」
 スーツの大人は残念そうに立ち去る。
 全員、黒いスーツだったので、
(あの人達の格好も喪服みたいだな)
 と由良は思った。



 廊下の突き当たりに、鮮やかな黄緑色のドアが見えた。誰が書いたのか、筆で大きく「図書室」と書いてある。
 ドアを開くと、大量の本棚が複雑に配置されていた。まるで迷路だ。受付には「席を外しております」と札がかかっていた。
「ナナコさーん! どこですかー? 返事をしてくださーい!」
 由良はナナコに呼びかけながら、本棚の迷路へと足を踏み入れた。
 棚の本は貸し出し中のものもあるのか、ところどころ抜けている。どの本も修繕のあとがあり、痛々しい。
(どうして傷ついた本ばかり並んでいるのかしら)
 不思議に思い、本をじっくり眺めながら進んでいると、目の前に女性の足が現れた。本棚の上からぶら下がっている。黒い着物の裾から伸び、足袋と草履を履いていた。
「わっ」
「ん?!」
 由良は驚き、後ずさる。足の持ち主も由良に気づき、驚いていた。
 見上げると、黒い着物を着た女性が本棚の上で腰掛けていた。膝の上に画集を広げている。彼女が読んでいた画集はビリビリに破れ、セロハンテープで雑に補修してあった。
 オサムが見た「喪服の女性」とは彼女のことだろう。着物ではあるが、彼女が着ている服も「喪服」だ。焦るあまり、早とちりしてしまったらしい。
「すみません。読書の邪魔をするつもりではなかったのですが」
「……」
 女性は由良の顔をジッと見つめる。
 由良も女性の顔を見て、ハッとした。
 写真でしか見たことはないが、彼女は美麗漆器の前社長、器楽堂美麗にそっくりだった。コレさんも美麗に似ているが、彼女は美麗本人だった。
 由良は
「貴方は美麗前社長ですか?」
 と訊こうとしたが、女性に先を越された。
「君……蛍太郎かい?」
「は?」
「驚いたなぁ。〈探し人〉だか〈心の落とし物〉だか知らないが、ずいぶん若い姿になったもんだ。しかも女の子! いったいどんな未練を抱えたら、そんな姿になるんだい?」
「違います、私は孫です。祖父は亡くなりました」
「だよねぇ。知ってる」
 女性は寂しげに笑った。


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