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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第七話「図書室」⑶
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「画集は見つかったんですか?」
コレさんは力なく項垂れた。
「まだです。この隠し書斎も含め、隅から隅まで探したのですが……」
「渡来屋さんが先に持って行ったんじゃないですか?」
「万が一、というやつがあるじゃないですか。他の〈探し人〉の方が持って行かれたとか、〈未練溜まり〉に消されてしまったとか、渡来屋さんがネコババしたとか」
「されたことあるんですか?」
「ないですけど、しそうじゃないですか。ワタクシより高値で買い取ってもらえるお客様がいらっしゃったら」
「否定はできませんね」
「嗚呼、ワタクシはどうしたらいいのでしょう!」
コレさんは半泣きで頭を抱える。
その頭を、美麗似の女性が丸めた画集でパコンと叩いた。
「あいたっ」
「君がどういう身の上かは知らんが、憶測で人を語るのはやめたまえ。些細な疑念が信頼の崩壊に繋がるのだぞ?」
「えぇ……? そういえばアナタ、どなたですか?」
コレさんは美麗似の女性の顔を見て、固まった。まるで、幽霊にでも会ったかのように青ざめている。
さらに、女性がコレさんを叩くのに使った画集に気づき、「あーっ!」と指差した。
「そ、そ、それ! ワタクシが探している画集ではないですか!」
「え、そうなんですか?」
驚く由良に、コレさんは力強く頷いた。
「間違いありません! そのビリビリ具合、雑なテープの貼り方、色褪せた表紙! なぜ、アナタがそれを?!」
「特に理由はない。目についたから借りていただけさ。もう読み終わったし、欲しければ譲ってやってもいい」
ただし、と美麗似の女性はニヤリと微笑み、コレさんの羽織りをつかんだ。
「コイツと交換だ」
「……え」
スーツ達は迷路で喪服の着物をまとった人物と出くわした。古めかしい革のスーツケースを提げている。
その顔立ちから、相手がずっと探していた美麗だと思い込んだ。
「社長! こんなところにいらっしゃったんですか?!」
「ずいぶん探したんですよ」
「さぁ、我々と一緒に戻りましょう」
「はぁ」
着物の人物は曖昧な笑みを浮かべる。偽物だと気づかれないので、複雑な気分だった。
「ところで、その荷物は? 途中までお持ちしましょうか?」
スーツの一人がスーツケースへ手を伸ばす。着物の人物はサッと後ろへ隠した。
「ホホホ、お気になさらないでください。大事な〈心の落とし物〉……じゃなくて、お土産が入っておりますから、自分で運びますわ」
「そうですか? 重かったら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
着物の人物とスーツ達は図書室から出て行く。
その様子を、由良と美麗似の女性は本棚の隙間から覗き見ていた。
「私はあのような喋り方ではないぞ」
「何はともあれ、上手く行きました。コレさんが追っ手を引きつけてくださっている間に、ここから脱出しましょう」
美麗似の女性はコレさんから服と丸眼鏡のサングラスを拝借していた。コレさんに画集を譲る代わりに、美麗としてスーツ達を引きつけてもらったのだ。
二人は顔だけでなく、服のサイズまでピッタリだった。和モダンな洋装は華やかな容姿の美麗によく似合っていた。あまりにも似合っていたので、
「あとで絶対返してくださいよ!」
と、コレさんは言い張っていた。なお、美麗似の女性は完全に消えるつもりなので、返せる保証はほぼない。
スーツ達が去ったのを確認し、由良と美麗似の女性も図書室を後にした。
「〈未練溜まり〉の断片、見つかりそうですか?」
「いくつか候補はある。特に、地図と実際の場所が異なるエリアは怪しい。もう会うこともないだろうが、お互い健闘を祈ろう」
「はい。さようなら」
由良は美麗似の女性と別れ、一階の受付へ向かった。
由良は受付で最新の地図をもらうと、ワスレナ診療所までのルートを訊ねた。
美麗似の女性が言っていたとおり、近くにはスーツ姿の〈探し人〉が受付を見張るように立っている。受付の女性は見張りに気づいているのかいないのか、満面の笑みで答えた。
「おめでとうございます。崩落による地形変動の影響で、受付からワスレナ診療所までエレベーター直通になりました。南東通路突き当たりのエレベーターで十三階まで移動なさってください」
「……どうも」
(崩落のおかげで近道になったって、素直に喜べないな)
教えられたエレベーターに乗り、十三階を目指す。ガラス張りのエレベーターで、扉越しに各階の様子が見えた。
「……あ」
「……」
上昇の途中、四階で美麗似の女性と目が合った。
そのままエレベーターは止まり、扉が開く。女性は扉が完全に開き切るのを待たず、エレベーターへ駆け込んだ。
「やぁ、また会ったね。すまないが、六階に寄らせてもらうよ」
美麗似の女性は引きつった笑みで、「閉」ボタンを連打する。
「どうしました?」
「猫だよ、猫。私の後をちょろちょろついて来るんだ」
扉が閉まる。
エレベーターが動き出す直前、曲がり角の向こうから見覚えのある黒猫が顔を覗かせているのに気づいた。緑色の瞳で、ジッとこちらを見つめている。
由良はエレベーターを止めようと、「開」ボタンを押そうとした。が、美麗似の女性に腕をつかまれ、エレベーターは上昇を始めた。
「猫はお嫌いで?」
「最初のうちは可愛かったけれどね。あんまりしつこくついて来るものだから、だんだん怖くなってきた。さっきだって、病院中を追い回されていたんだ。きっと魔女の使いなのさ」
「そんなバカな」
コレさんは力なく項垂れた。
「まだです。この隠し書斎も含め、隅から隅まで探したのですが……」
「渡来屋さんが先に持って行ったんじゃないですか?」
「万が一、というやつがあるじゃないですか。他の〈探し人〉の方が持って行かれたとか、〈未練溜まり〉に消されてしまったとか、渡来屋さんがネコババしたとか」
「されたことあるんですか?」
「ないですけど、しそうじゃないですか。ワタクシより高値で買い取ってもらえるお客様がいらっしゃったら」
「否定はできませんね」
「嗚呼、ワタクシはどうしたらいいのでしょう!」
コレさんは半泣きで頭を抱える。
その頭を、美麗似の女性が丸めた画集でパコンと叩いた。
「あいたっ」
「君がどういう身の上かは知らんが、憶測で人を語るのはやめたまえ。些細な疑念が信頼の崩壊に繋がるのだぞ?」
「えぇ……? そういえばアナタ、どなたですか?」
コレさんは美麗似の女性の顔を見て、固まった。まるで、幽霊にでも会ったかのように青ざめている。
さらに、女性がコレさんを叩くのに使った画集に気づき、「あーっ!」と指差した。
「そ、そ、それ! ワタクシが探している画集ではないですか!」
「え、そうなんですか?」
驚く由良に、コレさんは力強く頷いた。
「間違いありません! そのビリビリ具合、雑なテープの貼り方、色褪せた表紙! なぜ、アナタがそれを?!」
「特に理由はない。目についたから借りていただけさ。もう読み終わったし、欲しければ譲ってやってもいい」
ただし、と美麗似の女性はニヤリと微笑み、コレさんの羽織りをつかんだ。
「コイツと交換だ」
「……え」
スーツ達は迷路で喪服の着物をまとった人物と出くわした。古めかしい革のスーツケースを提げている。
その顔立ちから、相手がずっと探していた美麗だと思い込んだ。
「社長! こんなところにいらっしゃったんですか?!」
「ずいぶん探したんですよ」
「さぁ、我々と一緒に戻りましょう」
「はぁ」
着物の人物は曖昧な笑みを浮かべる。偽物だと気づかれないので、複雑な気分だった。
「ところで、その荷物は? 途中までお持ちしましょうか?」
スーツの一人がスーツケースへ手を伸ばす。着物の人物はサッと後ろへ隠した。
「ホホホ、お気になさらないでください。大事な〈心の落とし物〉……じゃなくて、お土産が入っておりますから、自分で運びますわ」
「そうですか? 重かったら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
着物の人物とスーツ達は図書室から出て行く。
その様子を、由良と美麗似の女性は本棚の隙間から覗き見ていた。
「私はあのような喋り方ではないぞ」
「何はともあれ、上手く行きました。コレさんが追っ手を引きつけてくださっている間に、ここから脱出しましょう」
美麗似の女性はコレさんから服と丸眼鏡のサングラスを拝借していた。コレさんに画集を譲る代わりに、美麗としてスーツ達を引きつけてもらったのだ。
二人は顔だけでなく、服のサイズまでピッタリだった。和モダンな洋装は華やかな容姿の美麗によく似合っていた。あまりにも似合っていたので、
「あとで絶対返してくださいよ!」
と、コレさんは言い張っていた。なお、美麗似の女性は完全に消えるつもりなので、返せる保証はほぼない。
スーツ達が去ったのを確認し、由良と美麗似の女性も図書室を後にした。
「〈未練溜まり〉の断片、見つかりそうですか?」
「いくつか候補はある。特に、地図と実際の場所が異なるエリアは怪しい。もう会うこともないだろうが、お互い健闘を祈ろう」
「はい。さようなら」
由良は美麗似の女性と別れ、一階の受付へ向かった。
由良は受付で最新の地図をもらうと、ワスレナ診療所までのルートを訊ねた。
美麗似の女性が言っていたとおり、近くにはスーツ姿の〈探し人〉が受付を見張るように立っている。受付の女性は見張りに気づいているのかいないのか、満面の笑みで答えた。
「おめでとうございます。崩落による地形変動の影響で、受付からワスレナ診療所までエレベーター直通になりました。南東通路突き当たりのエレベーターで十三階まで移動なさってください」
「……どうも」
(崩落のおかげで近道になったって、素直に喜べないな)
教えられたエレベーターに乗り、十三階を目指す。ガラス張りのエレベーターで、扉越しに各階の様子が見えた。
「……あ」
「……」
上昇の途中、四階で美麗似の女性と目が合った。
そのままエレベーターは止まり、扉が開く。女性は扉が完全に開き切るのを待たず、エレベーターへ駆け込んだ。
「やぁ、また会ったね。すまないが、六階に寄らせてもらうよ」
美麗似の女性は引きつった笑みで、「閉」ボタンを連打する。
「どうしました?」
「猫だよ、猫。私の後をちょろちょろついて来るんだ」
扉が閉まる。
エレベーターが動き出す直前、曲がり角の向こうから見覚えのある黒猫が顔を覗かせているのに気づいた。緑色の瞳で、ジッとこちらを見つめている。
由良はエレベーターを止めようと、「開」ボタンを押そうとした。が、美麗似の女性に腕をつかまれ、エレベーターは上昇を始めた。
「猫はお嫌いで?」
「最初のうちは可愛かったけれどね。あんまりしつこくついて来るものだから、だんだん怖くなってきた。さっきだって、病院中を追い回されていたんだ。きっと魔女の使いなのさ」
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・・・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・・
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