心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
259 / 314
最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第二話「ビアガーデン・ライムライト」⑷

しおりを挟む
 未練の記憶はピアノを弾き歌うシトロンに重なったまま、目まぐるしく変化する。音や声はなく、無声映画を見ているようだった。
 仲間達と共に演奏するシトロン。ステージが終わると、給仕として店を手伝っていた。
 場面は切り替わり、客だった男性と店で結婚式を開いている。演奏仲間やお客さんから花束を贈られ、幸せそうだった。
 背景が変わり、シトロンは子供を連れて街を歩いていた。買い物帰りなのか、食料品で大きく膨らんだビニール袋を提げていた。
 ふと、シャッターの閉まった店の前で足を止める。看板は色褪せていたが、かつてシトロンがピアノを弾いていた店だった。
 帰宅し、夫に詰め寄るシトロン。何を話しているかは聞こえなかったが、途中で夫を責めるのをやめ、ショックで立ち尽くした。
 そのあたりから口の中の酸味が収まってきた。映像も徐々に薄れ、完全に見えなくなった。後には清々しい顔でピアノを弾く、〈探し人〉のシトロンだけが残った。
「イムラさん、パイに変な薬でも入れました?」
「まさか! お口に合いませんでしたか?」
「いえ、とっても美味しかったんですけど……」
 由良はたった今見た光景を、イムラに話した。
 イムラは「なるほど」と、切る前のキーライムを持ってきて見せた。輪切りにしたものよりも光が強く、このまま間接照明として使えそうなくらいだった。
「こちらは当店で使っているキーライムです。未練街で作られたものでして、他の食材より心果を多く含んでおります。心果は純粋な思い出ゆえに染まりやすく、ささいなキッカケで記憶を吸ってしまいます。おそらくお客様が食べられたキーライムに、シトロンさんの記憶が混じってしまったのでしょう」
「それマズくないですか? 他人の記憶を覗き見れちゃうってことですよね?」
「えぇ。そこまで長く見られることは滅多にないのですが。見えたとしても一瞬だけなので気になりませんし。もしかしたら、お客様は見えやすい体質なのかもしれませんね」
 由良はドキッとした。普段から〈心の落とし物〉や〈探し人〉が見えるのだ、今さら何が見えてもおかしくない。
「見えちゃった時って、どうしたらいいんですか? 少なくとも、本人には謝っておいた方がいいですよね?」
 イムラは首を振った。
「逆です。何か見たり聞いたりしても詮索しないのが一番です。辛い思い出を抱えていらっしゃる方もいらっしゃいますから」
「シトロンさんも?」
 イムラは大きく頷いた。
「ご想像どおり、シトロンさんのご主人は大切な場所……働いていたジャズ喫茶店を失い、そのショックでピアノが弾けなくなってしまわれました。シトロンさんはご主人の代わりにピアノを弾いて回り、新たな居場所を探されていたんですよ。まぁ、いずれの場所も彼女を受け入れてはくれませんでしたが。私があと少し洋燈町に残れていれば、彼女の居場所になれたかもしれないのに」



 ミントアイスティーのライムは残そうと思っていたが、うっかり食べてしまった。ライムの爽やかな香りが、鼻をかすめる。
 同時に、子供の頃のある記憶が頭に浮かんだ。真夏の昼下がりで、由良は懐虫電燈でライムソーダを飲みながら宿題をしていた。他に客がいないのをいいことに、四人がけのテーブルを独り占めにしていた。
 そこへ、時々来る初老の男性客がやって来た。男性客は由良が飲んでいるライムソーダを見て、足を止めた。
「それ、美味しいかい?」
「うん」
「自家製のシロップなんです。イムラさんには敵いませんが」
「それはぜひ飲ませていただきたいですな」
 男性客はカウンターの席に座ると、由良と同じライムソーダを頼んだ。
「来月には移転するので、馴染みの店を回っているんです」
「イムラさんもですか。商店街がますます寂しくなりますね」
 祖父は名残惜しそうに背を向ける。
 何も知らない由良は無邪気に、男性客にたずねた。
「おじさん、ライム好きなの?」
「うん」
 男性客は由良を振り向き、微笑んだ。
「私は自分の店の名前につけるくらい、ライムに目がないんだ」
 記憶はそこで途切れる。
 由良は目の前にいる〈探し人〉のイムラにも訊いてみた。
「イムラさん、ライムお好きなんですか?」
「えぇ」
 イムラはパカッと目を開いた。
「目がライムになるくらい好きです」
「うわぁ」
 イムラの瞳は輪切りにしたライムのように、全体が複雑な光沢のある黄緑色で、ふちが緑色だった。



(第三話へつづく)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)藩の忍びだった小平治と仲間たち、彼らは江戸の裏長屋に住まう身となっていた。藩が改易にあい、食い扶持を求めて江戸に出たのだ。 が、それまで忍びとして生きていた者がそうそう次の仕事など見つけられるはずもない。 そんな小平治は、大店の主とひょんなことから懇意になり、藩の忍び一同で雇われて仕事をこなす忍びの口入れ屋を稼業とすることになる――

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...