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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第一話「味覚狩り」⑵
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カウンターに座った三人の女性客は、興味深そうに店内を見回していた。
「可愛らしいお店ね」
「本当に。見てるだけでお腹が空いてきちゃう」
「あのぶどうのランプ、どこで売ってるのかしら? キラキラしてて、すっごくきれい」
今秋の内装のテーマは「秋の味覚」。中林が担当した。
店のいたるところに秋の果物や木の実を模した雑貨や小物が飾られ、紫や黄緑のブドウそっくりの色ガラスのランプが天井から吊り下がっている。壁にはブドウ棚の写真を引き伸ばして作った壁紙、床にはサツマイモ畑のフロアシートが貼ってあり、まるで農園の真ん中でお茶を楽しんでいるようだった。
他の店員は手がいっぱいで、カウンターに戻ってくる余裕はない。代わりに、由良が三人に注文を尋ねた。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい。えーっと……」
三人は中林お手製のメニューを見ながら、答えた。
「紫イモラテのホットを三つと、干しぶどうのオートミールクッキーをお願いします」
「クッキーは温められますか?」
「温めてもらおうか?」
「うん。そっちの方が出来立てみたいで美味しいよね」
「かしこまりました」
女性達は注文した品を囲み、しばし談笑していた。店の内装から思い出したのか、話題は味覚狩りについてだった。
由良が紅葉谷と見間違えた女性が、壁紙を眺めながら懐かしんだ。
「幼稚園の頃にブドウ狩りとサツマイモ掘りしたなぁ。今はもう無くなっちゃったんだけど、園の一角に畑があってね、毎年楽しみだったの」
「いいなぁ、ブドウ。うちはサツマイモ掘りだけだったのよ。まぁ、焚き火で作った焼き芋はすっごく美味しかったけど」
「私のとこは苺狩りだったわ。遠足がてら、農園までバスで行ったのよ。食べ放題だからって食べ過ぎて、お弁当食べ損なっちゃったのよねぇ。あの時は後悔したけど、大人になってから果物狩りに行く機会そうないし、いい経験だったと思うわ」
二人は当時の味を思い出して食べたくなったのか、サツマイモプリンとドライ苺のメレンゲクッキーを追加で頼んだ。
そんな中、由良が紅葉谷と見間違えた女性は首をひねった。
「……そういえば私、収穫したブドウとサツマイモがどんな味だったか覚えてないかも」
「うそぉ?」
「実は食べてないとか?」
「一人一個持って帰ったはずだから、食べてないことはないと思うんだけど……」
女性は難しい表情を浮かべ、干しぶどうのオートミールクッキーを食べる。なんとか思い出そうと、ブドウ棚の壁紙やサツマイモ畑の床をジッと見つめていた。
結局思い出せず、「ま、いっか」と寂しげに笑った。
「幼稚園の頃の記憶なんてろくに覚えてないし、思い出せなくて当然ね。ひょっとしたら、思い出せないくらいパッとしない味だったのかも」
「きっとそうよ」
「律儀に覚えてる方が不思議だって」
他の二人も、場を取りつくろうように笑う。そこで味覚狩りの話は終わり、来週に開催されるオータムフェスへと話題が移った。
(味覚狩りか……)
由良は調理しながら、自分が幼稚園の頃に行った味覚狩りのことを思い出した。
洋燈町は街中にあるので、近くに味覚狩りできるような畑も山もない。そこで、苺狩りへ行った女性と同じように、味覚狩りが体験できる里山までバスで行ったのだ。広大な畑でサツマイモを掘ったり、山で栗や落ち葉を拾ったり、自然の中で遊んだりと、街中では出来ない貴重な体験をさせてもらった。
比較的楽しいイベントだったが、当時同じ幼稚園にかよっていた珠緒が自由過ぎて、由良や幼稚園の先生を困らせていた。
(トンビを追いかけて迷子になるわ、ミミズをポケットに入れて持ち帰ろうとするわ、そのへんに生えてる変なキノコを食べようとするわ……子供の頃から自由奔放だったわね)
「可愛らしいお店ね」
「本当に。見てるだけでお腹が空いてきちゃう」
「あのぶどうのランプ、どこで売ってるのかしら? キラキラしてて、すっごくきれい」
今秋の内装のテーマは「秋の味覚」。中林が担当した。
店のいたるところに秋の果物や木の実を模した雑貨や小物が飾られ、紫や黄緑のブドウそっくりの色ガラスのランプが天井から吊り下がっている。壁にはブドウ棚の写真を引き伸ばして作った壁紙、床にはサツマイモ畑のフロアシートが貼ってあり、まるで農園の真ん中でお茶を楽しんでいるようだった。
他の店員は手がいっぱいで、カウンターに戻ってくる余裕はない。代わりに、由良が三人に注文を尋ねた。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい。えーっと……」
三人は中林お手製のメニューを見ながら、答えた。
「紫イモラテのホットを三つと、干しぶどうのオートミールクッキーをお願いします」
「クッキーは温められますか?」
「温めてもらおうか?」
「うん。そっちの方が出来立てみたいで美味しいよね」
「かしこまりました」
女性達は注文した品を囲み、しばし談笑していた。店の内装から思い出したのか、話題は味覚狩りについてだった。
由良が紅葉谷と見間違えた女性が、壁紙を眺めながら懐かしんだ。
「幼稚園の頃にブドウ狩りとサツマイモ掘りしたなぁ。今はもう無くなっちゃったんだけど、園の一角に畑があってね、毎年楽しみだったの」
「いいなぁ、ブドウ。うちはサツマイモ掘りだけだったのよ。まぁ、焚き火で作った焼き芋はすっごく美味しかったけど」
「私のとこは苺狩りだったわ。遠足がてら、農園までバスで行ったのよ。食べ放題だからって食べ過ぎて、お弁当食べ損なっちゃったのよねぇ。あの時は後悔したけど、大人になってから果物狩りに行く機会そうないし、いい経験だったと思うわ」
二人は当時の味を思い出して食べたくなったのか、サツマイモプリンとドライ苺のメレンゲクッキーを追加で頼んだ。
そんな中、由良が紅葉谷と見間違えた女性は首をひねった。
「……そういえば私、収穫したブドウとサツマイモがどんな味だったか覚えてないかも」
「うそぉ?」
「実は食べてないとか?」
「一人一個持って帰ったはずだから、食べてないことはないと思うんだけど……」
女性は難しい表情を浮かべ、干しぶどうのオートミールクッキーを食べる。なんとか思い出そうと、ブドウ棚の壁紙やサツマイモ畑の床をジッと見つめていた。
結局思い出せず、「ま、いっか」と寂しげに笑った。
「幼稚園の頃の記憶なんてろくに覚えてないし、思い出せなくて当然ね。ひょっとしたら、思い出せないくらいパッとしない味だったのかも」
「きっとそうよ」
「律儀に覚えてる方が不思議だって」
他の二人も、場を取りつくろうように笑う。そこで味覚狩りの話は終わり、来週に開催されるオータムフェスへと話題が移った。
(味覚狩りか……)
由良は調理しながら、自分が幼稚園の頃に行った味覚狩りのことを思い出した。
洋燈町は街中にあるので、近くに味覚狩りできるような畑も山もない。そこで、苺狩りへ行った女性と同じように、味覚狩りが体験できる里山までバスで行ったのだ。広大な畑でサツマイモを掘ったり、山で栗や落ち葉を拾ったり、自然の中で遊んだりと、街中では出来ない貴重な体験をさせてもらった。
比較的楽しいイベントだったが、当時同じ幼稚園にかよっていた珠緒が自由過ぎて、由良や幼稚園の先生を困らせていた。
(トンビを追いかけて迷子になるわ、ミミズをポケットに入れて持ち帰ろうとするわ、そのへんに生えてる変なキノコを食べようとするわ……子供の頃から自由奔放だったわね)
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