心の落とし物

緋色刹那

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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』

第一話「味覚狩り」⑶

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「ご馳走様でした」
「とても美味しかったです」
 三人はティータイムを終え、席を立つ。由良が紅葉谷と見間違えた女性は名残惜しそうに壁紙を振り返りながらも、出口へ向かった。
 その時、女性の背中から彼女に似た顔立ちの少女が抜け出てきた。どこかの国の民族衣装のような装いで、頭に白い三角巾を被り、葡萄えび色のワンピースの上に、フリルつきの白いエプロンを羽織っている。ひじにラタンのバスケットをかけて持っていたが、紫のチェックの布巾がバスケットを覆っていて、中は見えなかった。
「な、」
 由良はあ然と、少女を目で追う。おそらく〈探し人〉だろう。これまで何人もの〈探し人〉と関わってきたが、〈探し人〉が出てくる瞬間を見たのは初めてだった。
 少女は女性の意思に逆らうように、壁へ駆け寄る。壁の前を行ったり来たりし、壁紙の中のブドウを物色した。由良以外には少女の姿が見えておらず、誰も不審には思わなかった。
 やがて、少女は一番大きなブドウの前で立ち止まった。壁際の席から椅子を拝借し、ブドウの前まで移動させる。
 よじ登り、椅子の上に立つと、バスケットからハサミを取り出した。子供の工作用ではなく、園芸用のハサミだ。
 少女は壁紙の中へ手を、目当てのブドウをと、ブドウの果梗かこう(へたの部分)をハサミで切り取った。ハサミをバスケットへ仕舞い、収穫したブドウを壁から取り出す。
 壁紙から出てきた瞬間、ブドウは立体に変わった。本物のブドウと何ら変わらない、色鮮やかでみずみずしそうなブドウだった。
「……」
 少女は収穫したブドウからひと粒もぎ取ると、躊躇なく口へ放り込んだ。
(た、食べた……! 壁紙のブドウを!)
 由良はギョッとし、少女の顔色をうかがう。由良の心配をよそに、少女は幸せそうに頬を緩めた。
 少女はブドウをもうひと粒食べようとして、由良と目があった。
「……ッ!」
「……」
 見られていると気づいていなかったのか、ハッと固まる。
 もぎ取ったブドウを名残り惜しそうに見つめていたが、さらにひと粒もぎ取ると、残りのブドウはバスケットの中へ仕舞った。
 椅子から下り、由良がいるカウンターへ駆け寄る。従業員用のスイングドアから手を伸ばし、由良にブドウの粒を差し出した。
「あげる」
「あ、ありがとう」
(うちの壁紙のブドウなんだけど……)
 由良は色々言いたかったがグッとこらえ、ブドウを受け取った。
 恐る恐る、口へ運ぶ。噛んだ瞬間、口いっぱいに甘く芳醇な果汁が広がった。
「うっま!」
「ねっ!」
 少女は嬉しそうに飛び跳ねる。
 続けて、少女はバスケットからスコップを取り出すと、サツマイモのシールが貼られた床を掘り始めた。土に埋まっていたサツマイモの頭が見えてくると、葉っぱを両手でつかみ、引っこ抜こうとする。力任せに引っ張るだけなので、サツマイモはびくともしなかった。
 由良は床の落とし物を拾うフリをし、少女ごとサツマイモを引っこ抜いた。どこに埋まっていたのか、立派な紡錘形のサツマイモが床から出てきた。土にまみれているが、床はフローリングである。
「これでいい?」
「うん。手伝ってくれてありがと」
 少女は床に下ろしてもらうと、収穫したサツマイモとスコップをバスケットへ仕舞い、布巾を被せた。
 かなり重量があるはずだが、最初と同じようにひじにバスケットをかけて持った。
「バイバイ」
 少女は紅葉のように小さく愛らしい手を振り、店を出ていく。自分を生み出した女性を追うつもりなのかもしれない。
 少女が収穫し終えた後の壁紙と床からは、ブドウとサツマイモがひとつずつ消えた。床のシールは新しく貼り直せばいいが、壁紙はそうはいかない。
 由良は茅田を呼び止め、尋ねた。
「茅田さん、そこにブドウありませんでした? 大きいやつ」
「え?」
 茅田は壁へ近づき、由良が指差した部分に目を凝らす。一房分のブドウが消えたので、不自然に空白が出来ていた。
 しかし茅田は変化に気づけず、戸惑った様子で首を傾げた。
「さぁ……? たくさんブドウがあるので分からないです」
「ですよね。良かった」
「?」
 由良は安心して、壁紙をそのままにした。

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