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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』
第四話「傘売り」⑵
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階段の先は、屋根裏部屋につながっていた。入口のマホガニー製のドアが、大きく開け放たれている。
由良は思い切って、部屋の中を覗き込んでみた。
「うっわ、傘だらけ……」
部屋の中は膨大な量の傘で埋め尽くされていた。
お世辞にも保管状況が良いとは言えず、開いた状態で床に転がされている傘もあれば、上から無造作に積み上げ、塔のようになっている物もあった。しまいには、開いた状態で持ち手を剥き出しの梁に引っかけ、屋根から雨漏りした水滴を受け止めるために使われている傘もあった。
雨傘、日傘、和傘、洋傘、子供用の傘などなど……様々な色、デザイン、年代の傘がある。中には玉蟲匣に並んでいてもおかしくないような、高価なアンティークの傘も紛れ込んでいた。
「まるで傘の森ね」
由良は床に転がっている傘に足を取られないよう、慎重に部屋の中へと踏み入る。
屋根裏部屋に窓はなかったが、部屋のあちこちに置かれた大小の薄荷色の石が床の上や梁から吊るされている傘の中で発光し、部屋全体を淡く照らしていた。
「傘の森? 残骸の溜まり場の間違いだろう?」
故に、部屋の奥で深緑色のカウチに寝そべり、退屈そうに本を読んでいる男性の姿を目視で捉えることも出来た。
由良と同い年か少し年上くらいの若い男性で、一度見たら忘れられないような外見をしていた。
瞳と髪はペリドットを思わせるような、澄んだ黄緑色。服装は黒のボーラーハットに黒のロングコート、黒の革手袋、黒のロングブーツという黒ずくめの格好で、見ているだけで暑苦しくなりそうだった。正確には、ロングコートの裏地とブーツの紐の色は深緑色、胸元に身につけた蛍のペンダントは金ではあったが。
「……貴方、誰ですか?」
「ここで商いをしている、渡来屋だ。今は傘を売っている」
そのような名前の人物や店に、心当たりはない。
由良はスマホを取り出し、珠緒に確認した。
「珠緒さんや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何なのぉ、改まって。雨漏りが酷過ぎるから、業者呼ばなきゃマズいって話ぃ?」
「今のところ、大丈夫。それより、屋根裏部屋に渡来屋っていう男が住み着いてるんだけど、知ってる?」
「初耳。そもそも、屋根裏部屋なんてあったんだ?」
予想通り、珠緒は屋根裏部屋の存在を把握していなかった。
となると、ますます怪しい。この渡来屋と名乗る男は、一体何者なのだろうか?
「屋根裏部屋と一緒に、その人の写真も送ろうか?」
「うん。よろよろー」
由良は失礼を承知で、スマホのカメラを渡来屋に向けた。
不法侵入者ならば、いつ逃げられるとも限らない。後から言い逃れが出来ないよう、証拠を抑える必要もあった。
幸い、渡来屋は堂々とスマホの前に立ったまま、逃げも隠れもしなかった。
「……あれ?」
しかしどういう訳か、渡来屋の姿はスマホの画面には映らなかった。照明の代わりになっている薄荷色の石も、部屋を埋め尽くす膨大な傘も、映ってはいない。
ただ、ホコリを被ったカウチだけが、部屋の壁際にひっそりと佇んでいた。
「どうだ? 映っているか? ん?」
渡来屋と名乗る男はニヤニヤと笑いながら、スマホの横から顔を出す。彼は最初から、自分がカメラに映らないことを知っていたのだ。
由良は彼と、この屋根裏部屋にある品々の正体に気づくと、深いため息を吐いた。
「……ハァ。珠緒、残念なお知らせよ。アンタの店の屋根裏部屋……〈心の落とし物〉だか〈探し人〉だかの巣窟になってる」
「わーい」
「喜ぶな」
由良は思い切って、部屋の中を覗き込んでみた。
「うっわ、傘だらけ……」
部屋の中は膨大な量の傘で埋め尽くされていた。
お世辞にも保管状況が良いとは言えず、開いた状態で床に転がされている傘もあれば、上から無造作に積み上げ、塔のようになっている物もあった。しまいには、開いた状態で持ち手を剥き出しの梁に引っかけ、屋根から雨漏りした水滴を受け止めるために使われている傘もあった。
雨傘、日傘、和傘、洋傘、子供用の傘などなど……様々な色、デザイン、年代の傘がある。中には玉蟲匣に並んでいてもおかしくないような、高価なアンティークの傘も紛れ込んでいた。
「まるで傘の森ね」
由良は床に転がっている傘に足を取られないよう、慎重に部屋の中へと踏み入る。
屋根裏部屋に窓はなかったが、部屋のあちこちに置かれた大小の薄荷色の石が床の上や梁から吊るされている傘の中で発光し、部屋全体を淡く照らしていた。
「傘の森? 残骸の溜まり場の間違いだろう?」
故に、部屋の奥で深緑色のカウチに寝そべり、退屈そうに本を読んでいる男性の姿を目視で捉えることも出来た。
由良と同い年か少し年上くらいの若い男性で、一度見たら忘れられないような外見をしていた。
瞳と髪はペリドットを思わせるような、澄んだ黄緑色。服装は黒のボーラーハットに黒のロングコート、黒の革手袋、黒のロングブーツという黒ずくめの格好で、見ているだけで暑苦しくなりそうだった。正確には、ロングコートの裏地とブーツの紐の色は深緑色、胸元に身につけた蛍のペンダントは金ではあったが。
「……貴方、誰ですか?」
「ここで商いをしている、渡来屋だ。今は傘を売っている」
そのような名前の人物や店に、心当たりはない。
由良はスマホを取り出し、珠緒に確認した。
「珠緒さんや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何なのぉ、改まって。雨漏りが酷過ぎるから、業者呼ばなきゃマズいって話ぃ?」
「今のところ、大丈夫。それより、屋根裏部屋に渡来屋っていう男が住み着いてるんだけど、知ってる?」
「初耳。そもそも、屋根裏部屋なんてあったんだ?」
予想通り、珠緒は屋根裏部屋の存在を把握していなかった。
となると、ますます怪しい。この渡来屋と名乗る男は、一体何者なのだろうか?
「屋根裏部屋と一緒に、その人の写真も送ろうか?」
「うん。よろよろー」
由良は失礼を承知で、スマホのカメラを渡来屋に向けた。
不法侵入者ならば、いつ逃げられるとも限らない。後から言い逃れが出来ないよう、証拠を抑える必要もあった。
幸い、渡来屋は堂々とスマホの前に立ったまま、逃げも隠れもしなかった。
「……あれ?」
しかしどういう訳か、渡来屋の姿はスマホの画面には映らなかった。照明の代わりになっている薄荷色の石も、部屋を埋め尽くす膨大な傘も、映ってはいない。
ただ、ホコリを被ったカウチだけが、部屋の壁際にひっそりと佇んでいた。
「どうだ? 映っているか? ん?」
渡来屋と名乗る男はニヤニヤと笑いながら、スマホの横から顔を出す。彼は最初から、自分がカメラに映らないことを知っていたのだ。
由良は彼と、この屋根裏部屋にある品々の正体に気づくと、深いため息を吐いた。
「……ハァ。珠緒、残念なお知らせよ。アンタの店の屋根裏部屋……〈心の落とし物〉だか〈探し人〉だかの巣窟になってる」
「わーい」
「喜ぶな」
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