心の落とし物

緋色刹那

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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』

第四話「傘売り」⑶

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 要するに、屋根裏部屋そのものは実在するが、深緑色のカウチ以外の備品は全て〈心の落とし物〉であり、由良にしか見えない幻影なのだった。部屋を埋め尽くす膨大な傘も、薄荷色に発光する石も、ここにはない。
 同様に、カメラのレンズに映らない渡来屋も〈心の落とし物〉もしくは〈探し人〉に該当するはずだった。
「貴方は〈心の落とし物〉ですか? それとも、〈探し人〉?」
 由良は一旦珠緒との通話を切り、思い切って本人に尋ねてみた。
 言葉の意味が通じるとは思っていない。ただ、相手が〈探し人〉なのならば、そこにいるだけの存在である〈心の落とし物〉とは違い、なんらかの反応を見せるだろうと考えた。
 すると渡来屋は由良の予想を裏切り、意外な反応を見せた。
「どちらでもないさ。まるっきり違う存在とも言い切れないが」
「……ご存知なんですか? 〈心の落とし物〉と〈探し人〉がどういった存在なのか」
「当然。〈心の落とし物〉は、人が心から強く追い求めながらも、何処かへ失くしてしまったもののこと。そして〈探し人〉は、それを探す生きた亡霊のこと、だろう?」
 渡来屋は由良が創作した名前の意味を、まるで一般常識を語るようにスラスラと答えた。
 それがあまりに流暢で、由良は思わず絶句した。
(あ……当たってる。何で知ってるの? 私が考えた名前のはずなのに)
 ますます渡来屋の正体が分からなくなり、困惑する。
 何処で知ったのか、何処から来たのか、何故ここで商売をしているのか、そもそも客は来るのか……聞きたいことは山積みだった。

「あのぅ」
 由良がもろもろの疑問を渡来屋にぶつけようとしたその時、背後から声が聞こえてきた。
 振り返ると、スーツを着た冴えない雰囲気の男性が部屋の入口の前に立ち、入りにくそうにもじもじとしていた。彼が階段を上がってくる足音は聞こえなかった。
「傘を探しているんですけど……渡来屋さんってこちらですか?」
「あぁ」
 渡来屋は頷き、目で由良に退くよう指示した。
「客だ。通してやれ」
「……」
 その偉そうな態度に由良はムッとしつつも、渋々スーツの男性に道を譲った。
「す、すみません」
 スーツの男性は申し訳なさそうに由良に会釈し、渡来屋の前へ進み出る。
 由良はスーツの男性にも、スマホのカメラを向けてみた。彼の姿も渡来屋同様、画面には映っていなかった。
「何を探しに来た?」
 渡来屋が尋ねると、スーツの男性はバツが悪そうに応えた。
「子供の頃に失くした傘を探しに来ました。何処かへ置き忘れてしまって……思い当たる店は全部探したけど、見つからなかったんです」
「どんな傘だ?」
「水色の傘で、龍が空を飛んでいるデザインです。持ち手のところに、"ミズシマ"と書かれたタグがついています。すっごくカッコよくて、雨が降るたびに使っていたんです」
「水色、龍、ミズシマ……あぁ、アレか」
 渡来屋は膨大な数の傘の山から一本の傘を引っこ抜き、スーツの男性に渡した。
「ほら、これだろう?」
 渡来屋が差し出したのは、紛れもなくスーツの男性が持っていた傘だった。
 全体的に水色で、澄み切った青空に巨大な龍が飛んでいる。持ち手には「ミズシマ」とサインペンで書かれたタグがぶら下がっていた。
「そうです、これです! 良かった、見つかって!」
 スーツの男性は思わず、傘に手を伸ばす。
 すると渡来屋はスッと手を引き、何も持っていない方の手を男性に差し出した。
「おいおい、まだをもらっちゃいないぜ。きっちり払ってもらわないと、こっちが困るんだよ」
「対価?」
 スーツの男性は、ぽかんと目を丸くする。
 近くで見ていた由良も訝しげに眉をひそめた。
「対価って、何を払わせる気?」
「金……もしくは、それに代わる価値ある何かだな。でなきゃ、わざわざこんなに集める意味がない」
「いくらですか?」
 スーツの男性はおずおずと尋ねる。
 渡来屋が答えたのは、傘の値段にしてはあまりに法外な値段だった。
「その〈心の落とし物〉は元々、彼のものなんでしょう? 素直に返してあげればいいじゃない」
「俺だって慈善事業じゃないんでね。あれだけ探していた代物が一瞬で手に入るんだ。妥当な価格だろ?」
「どうだか。貴方が勝手に持ち出したせいで、見つからなかったんじゃないの?」
 由良は渡来屋を責め立てる。
 しかし渡来屋は平然と返した。
「こいつにはいくらかかっても見つけられなかったさ。傘は店じゃなく、実家の押し入れに仕舞い込まれていたんだからな」
 渡来屋の言葉に、スーツの男性は「あっ!」と声を上げた。
「そうだ……僕が傘で友達を叩いたものをだから、お母さんが押し入れに隠したんだ! いつのまにかそのことを忘れて、何処かへ置いてきたものとばかり思っていた!」
 スーツの男性は傘を買い取ろうか迷っている。
 渡来屋はダメ押しとばかりにスーツの男性を急かした。
「お前が傘を持ち帰らなければ、お前の本体は一生傘の在り処に気づかないぞ。早くしないと、本物の傘も処分されるかもな」
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