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夏編②『梅雨空しとしと、ラムネ色』
第二話「ジューンブライド・ビー玉の約束」⑶
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あれは私、扇華恋が女優としてデビューする前のこと。
当時はお金が無くて、映画監督を夢見る恋人と一緒に狭い四畳半のアパートで暮らしていたわ。
ある夏、うだるような暑さの中で彼と一本のラムネを分け合って飲んでいると、
「お互いの夢が叶ったら、結婚しないか?」
って、彼がプロポーズをしたの。
「婚約指輪は高くて、今は買えないから」って、飲み終わったラムネの瓶からビー玉を取り出して、プレゼントしてくれたわ。お粗末なプレゼントだって思うかもしれないけど、当時の私にとっては、そのビー玉がどんな宝石よりも美しく輝いて見えた。
「売れっ子になれば、大金持ちだ。好きな物を好きなように買える。結婚指輪とウェディングドレスは華恋が欲しいものを選ぶといい。式はうんと豪華にしよう。有名人をありったけ呼んで、今まで俺達を馬鹿にしてきた家族や友人共を見返してやるんだ」
「嬉しい。いつか必ず叶えましょうね」
私は彼のプロポーズに応じ、婚約の証であるビー玉を受け取った。
その後すぐ、私は映画への出演が決まり、アパートを出た。本当は彼とずっと一緒に暮らしていくつもりだったけど、
「ヒモ男と暮らしているなんて、世間に知られたら貴方のイメージが悪くなる。今後のことも考えて、別れて欲しい」
って事務所に命じられて、仕方なく言う通りにしたの。
それから何年もの間、私は彼と一切連絡を取らず、ひたすら仕事に打ち込んだわ。おかげで多くのドラマや映画へ出演し、日本を代表する俳優の一人にまで成長した。
もちろん、彼への愛を失ったわけじゃない。いつか彼が映画監督として成功して、私を迎えに来てくれるんだと信じてた。
彼との再会は突然だった。
私が主演を務める映画の監督が、偶然彼だったの。彼は私がアパートを出て行った後、新進気鋭の映画監督としてデビューし、各所で多大な評価を受けていた。
「久しぶり。あの時の約束、覚えてる?」
彼はあの頃と変わらない屈託のない笑顔で、私に話しかけてきた。
「もちろん、覚えているわ」
私もあの頃の自分を意識して、微笑み返した。俳優として売れたことで「人が変わった」と思われたくなかった。
私達は離れていた間の時間を埋めるように、逢瀬を重ねた。
そして再会してから一ヶ月後には、待望の結婚式を執り行うと決めた。
「金ならある。結婚指輪もウェディングドレスも、華恋が欲しいものを選ぶといい」
私は彼に言われた通り、気に入ったものを次々に選んでいったわ。もちろん、値段は見ずに。
まず、結婚指輪は私の誕生日石でもあるダイアモンド。彼が婚約の証にプレゼントしてくれたラムネのビー玉を思わせる、薄い水色のスノーブルーダイヤに決めた。
ウェディングドレスは店に置いてあるロングトレーンドレスの中で、一番トレーンが長いドレスにした。その方が招待客やメディアの印象に残ると思ったから。
式を行う時期が六月だったから、それに合わせてアジサイのコサージュを特注で作らせて、髪と靴につけた。アジサイには「冷酷」だとか「浮気」だとか、不穏な花言葉が込められていたけど、それとは別に「家族」や「和気あいあい」なんていう花言葉もあったから、かえって私達にぴったりの花だと思って決めた。
「どう?」
選んだ装飾品を全て身につけ、彼に見せた。
「素敵だよ、華恋! まるで何処かのプリンセスみたいだ!」
彼は私の格好を見て、嬉しそうに顔を笑った。
そして最初の宣言通り、私が選んだ品に一切ケチをつけず、全てカードで購入してくれた。
「結婚式で着るのが楽しみだわ」
「そうだね」
それがウェディングドレスを着た、最初で最後の日だった。
思えば、結婚式の準備に追われていたあの時が、私達の関係のピークだったのかもしれない。
結婚式当日。いくら式場で待っていても、彼は現れなかった。電話しても繋がらなかった。
結局、式は中止。キャンセル料は私が払う羽目になった。
家に帰ると、金目のものが全て無くなっていた。ジュエリーも、服も、お金も、家具も……全部。私は外部犯の仕業だと信じたかったけど、残されていた数々の証拠から、警察は彼が犯人だと告げた。
後で知ったのだけれど、彼は撮影にこだわるあまり、莫大な借金を抱えていた。カードは他人から盗んだものを勝手に使っていた。彼は全てのしがらみから逃れるために、私を捨てて海外へ高飛びした。
そのことを知って、やっと気づいたわ。私と彼が再会したのは、偶然じゃない……彼は最初から、私の財産を目当てに近づいてきたんだ、って。
「何が貴方をそんな風に変えてしまったの? あの頃の貴方は、純粋に夢を追っていたはずなのに」
私は彼からもらったビー玉に問いかけた。ビー玉は問いに答えるはずもなく、寂しげな私の顔を逆さまに映していた。
そして心なしか、あの頃よりもくすんで見えた。ビー玉も、私も……。
当時はお金が無くて、映画監督を夢見る恋人と一緒に狭い四畳半のアパートで暮らしていたわ。
ある夏、うだるような暑さの中で彼と一本のラムネを分け合って飲んでいると、
「お互いの夢が叶ったら、結婚しないか?」
って、彼がプロポーズをしたの。
「婚約指輪は高くて、今は買えないから」って、飲み終わったラムネの瓶からビー玉を取り出して、プレゼントしてくれたわ。お粗末なプレゼントだって思うかもしれないけど、当時の私にとっては、そのビー玉がどんな宝石よりも美しく輝いて見えた。
「売れっ子になれば、大金持ちだ。好きな物を好きなように買える。結婚指輪とウェディングドレスは華恋が欲しいものを選ぶといい。式はうんと豪華にしよう。有名人をありったけ呼んで、今まで俺達を馬鹿にしてきた家族や友人共を見返してやるんだ」
「嬉しい。いつか必ず叶えましょうね」
私は彼のプロポーズに応じ、婚約の証であるビー玉を受け取った。
その後すぐ、私は映画への出演が決まり、アパートを出た。本当は彼とずっと一緒に暮らしていくつもりだったけど、
「ヒモ男と暮らしているなんて、世間に知られたら貴方のイメージが悪くなる。今後のことも考えて、別れて欲しい」
って事務所に命じられて、仕方なく言う通りにしたの。
それから何年もの間、私は彼と一切連絡を取らず、ひたすら仕事に打ち込んだわ。おかげで多くのドラマや映画へ出演し、日本を代表する俳優の一人にまで成長した。
もちろん、彼への愛を失ったわけじゃない。いつか彼が映画監督として成功して、私を迎えに来てくれるんだと信じてた。
彼との再会は突然だった。
私が主演を務める映画の監督が、偶然彼だったの。彼は私がアパートを出て行った後、新進気鋭の映画監督としてデビューし、各所で多大な評価を受けていた。
「久しぶり。あの時の約束、覚えてる?」
彼はあの頃と変わらない屈託のない笑顔で、私に話しかけてきた。
「もちろん、覚えているわ」
私もあの頃の自分を意識して、微笑み返した。俳優として売れたことで「人が変わった」と思われたくなかった。
私達は離れていた間の時間を埋めるように、逢瀬を重ねた。
そして再会してから一ヶ月後には、待望の結婚式を執り行うと決めた。
「金ならある。結婚指輪もウェディングドレスも、華恋が欲しいものを選ぶといい」
私は彼に言われた通り、気に入ったものを次々に選んでいったわ。もちろん、値段は見ずに。
まず、結婚指輪は私の誕生日石でもあるダイアモンド。彼が婚約の証にプレゼントしてくれたラムネのビー玉を思わせる、薄い水色のスノーブルーダイヤに決めた。
ウェディングドレスは店に置いてあるロングトレーンドレスの中で、一番トレーンが長いドレスにした。その方が招待客やメディアの印象に残ると思ったから。
式を行う時期が六月だったから、それに合わせてアジサイのコサージュを特注で作らせて、髪と靴につけた。アジサイには「冷酷」だとか「浮気」だとか、不穏な花言葉が込められていたけど、それとは別に「家族」や「和気あいあい」なんていう花言葉もあったから、かえって私達にぴったりの花だと思って決めた。
「どう?」
選んだ装飾品を全て身につけ、彼に見せた。
「素敵だよ、華恋! まるで何処かのプリンセスみたいだ!」
彼は私の格好を見て、嬉しそうに顔を笑った。
そして最初の宣言通り、私が選んだ品に一切ケチをつけず、全てカードで購入してくれた。
「結婚式で着るのが楽しみだわ」
「そうだね」
それがウェディングドレスを着た、最初で最後の日だった。
思えば、結婚式の準備に追われていたあの時が、私達の関係のピークだったのかもしれない。
結婚式当日。いくら式場で待っていても、彼は現れなかった。電話しても繋がらなかった。
結局、式は中止。キャンセル料は私が払う羽目になった。
家に帰ると、金目のものが全て無くなっていた。ジュエリーも、服も、お金も、家具も……全部。私は外部犯の仕業だと信じたかったけど、残されていた数々の証拠から、警察は彼が犯人だと告げた。
後で知ったのだけれど、彼は撮影にこだわるあまり、莫大な借金を抱えていた。カードは他人から盗んだものを勝手に使っていた。彼は全てのしがらみから逃れるために、私を捨てて海外へ高飛びした。
そのことを知って、やっと気づいたわ。私と彼が再会したのは、偶然じゃない……彼は最初から、私の財産を目当てに近づいてきたんだ、って。
「何が貴方をそんな風に変えてしまったの? あの頃の貴方は、純粋に夢を追っていたはずなのに」
私は彼からもらったビー玉に問いかけた。ビー玉は問いに答えるはずもなく、寂しげな私の顔を逆さまに映していた。
そして心なしか、あの頃よりもくすんで見えた。ビー玉も、私も……。
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