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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第二話「女優髪、恋色」⑸
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数日後、昼時のLAMPに扇の姿があった。彼女の髪の色は以前に店を訪れた日とは異なり、黒かった。
「フられたわ。"自分には荷が重い"ですって。つまんない男」
カウンター席に座り、不機嫌そうに「桜花妖」のポスターにサインを書いている。桜色のカラーレンズのサングラスで目元を隠しているものの、その只者じゃないオーラから、他の客や店員にはバレバレだった。
特にミーハーな中林と真冬は興奮した様子で「扇華恋じゃん!」「本物?!」と小声で騒いでいた。
「残念でしたね」
「まぁね。でもその日、若手のIT社長がお店に来てたのよ。その彼がまたイケメンでね……今度、食事に行く約束をしたわ」
「……切り替え、早くないですか?」
「私、飽きっぽいのよ。付き合おうが付き合わまいが、私が飽きたらそれまで。人でも物でも、何かをずっと好きでいられたことなんて、今まで一度もないのよ」
扇はサインを書き上げ、ポスターを由良に手渡す。
由良はポスターを額縁に入れ直すと、客席の壁中央に飾った。近くいた客達は物珍しそうにポスターを眺めていた。
「では……いずれ弊店にも飽きて、お越しにならなくなってしまうのでしょうか?」
「それは貴方達次第じゃない? 客を飽きさせないのが仕事なんだから」
扇は挑戦的な態度を示しつつ、ニッコリと微笑む。
由良も「そうですね」と挑戦を受け取り、ニッコリと微笑み返した。
扇がLAMPに来ている噂が広まってきたのか、いつの間にか店の外にまでギャラリーが出来てきた。
扇も気づいたのか、チラッと外を一瞥すると「そろそろお暇しようかしら」と席を立った。
「気が向いたら、また来るわ。今度は紅葉谷先生とお会い出来るといいのだけれど」
「次にお越しに来る際は、なるべく人の少ない時間帯にして下さいね。騒ぎになりますから」
「努力するわ」
ふと、扇は「紅葉谷先生といえば、」と由良に尋ねた。
「貴方、先生との仲が進展したでしょ?」
一瞬、由良の目が泳いだ。
「……別にしてないですけど」
「嘘ね。私を見る目が、前よりも和らいでいるわ。前は敵意剥き出しだったけど、今は眼中にない感じ。ねぇ、何かいいことがあったんでしょう?」
「だから違いますって。もう帰って下さい」
由良は扇を無理矢理LAMPから追い出し、ドアを閉めた。
実際、由良は扇がLAMPを訪れた翌日、紅葉谷と二人きりで映画を観に行った。
タイトルはもちろん「桜花妖」。紅葉谷が脚本、扇が主演女優を務めた映画である。
紅葉谷は当初、由良に言われた通り、一人で映画を見に行こうと計画していた。しかしいざ映画館に入ってみると、客がカップルだらけだった。紅葉谷は見ているだけで居心地が悪くなり、その日は何も観ずに帰ったという。
「店長さんがお忙しいのは分かってます。でも、葉群さんにも中林さんにも断られてしまって……もう頼れるのは、店長さんだけなんですよぉ」
紅葉谷は電話口で半泣きになりながら訴えた。
日向子はともかく、中林まで断ったのは妙だったが、由良は浮かれる気持ちを落ち着かせつつ「分かりました」と承諾した。
「せっかく頑張って紅葉谷さんが書かれたのに観られないなんて、可哀想ですからね。私もまだ観てませんでしたし、今回だけですよ」
「あ、ありがとうございます! すっごく助かります!」
紅葉谷はおそらく電話の向こうでペコペコとお辞儀をしつつ、由良に何度も礼を言った。
その後、映画の日程などを決めたのち、最後に紅葉谷が提案した。
「さすがに、プライベートで"店長さん"と呼ぶのは違和感がありますし、映画を観に行く日だけ"添野さん"って呼んでもいいですか?」
「……いいですよ。その日だけじゃなく、普段も名字で」
由良は意を決し、言った。紅葉谷の反応が怖くて後半になるにつれ、声が小さくなっていった。
由良の不安をよそに、紅葉谷は「いいんですか?!」と嬉しそうに声を上げた。
「いやぁ、ずっと添野さんだけ役職呼びで、悪いなぁと思っていたところだったんですよ! 命の恩人なのに、他の方よりも壁を感じるというか……でも、いざ呼び方を変えるとなると、タイミングをつかめなかったんですよねぇ。やっと呼び方を変えられて、嬉しいです!」
「……っ! 当日は和装じゃなくて、もっとカジュアルな服でお願いしますね! 他のお客さんや映画館のスタッフさんにコスプレだと思われるかもしれませんから!」
由良は伝えねばならないことだけを早口で捲し立て、通話を切った。これ以上話すと声がうわずりそうで、耐えられなかった。
二人きりで映画館に行く期待と、呼び方が変わった喜びで、由良の頬は桜色に染まっていた。
『桜花爛漫、世は薄紅色』第二話「女優髪、恋色」終わり
「フられたわ。"自分には荷が重い"ですって。つまんない男」
カウンター席に座り、不機嫌そうに「桜花妖」のポスターにサインを書いている。桜色のカラーレンズのサングラスで目元を隠しているものの、その只者じゃないオーラから、他の客や店員にはバレバレだった。
特にミーハーな中林と真冬は興奮した様子で「扇華恋じゃん!」「本物?!」と小声で騒いでいた。
「残念でしたね」
「まぁね。でもその日、若手のIT社長がお店に来てたのよ。その彼がまたイケメンでね……今度、食事に行く約束をしたわ」
「……切り替え、早くないですか?」
「私、飽きっぽいのよ。付き合おうが付き合わまいが、私が飽きたらそれまで。人でも物でも、何かをずっと好きでいられたことなんて、今まで一度もないのよ」
扇はサインを書き上げ、ポスターを由良に手渡す。
由良はポスターを額縁に入れ直すと、客席の壁中央に飾った。近くいた客達は物珍しそうにポスターを眺めていた。
「では……いずれ弊店にも飽きて、お越しにならなくなってしまうのでしょうか?」
「それは貴方達次第じゃない? 客を飽きさせないのが仕事なんだから」
扇は挑戦的な態度を示しつつ、ニッコリと微笑む。
由良も「そうですね」と挑戦を受け取り、ニッコリと微笑み返した。
扇がLAMPに来ている噂が広まってきたのか、いつの間にか店の外にまでギャラリーが出来てきた。
扇も気づいたのか、チラッと外を一瞥すると「そろそろお暇しようかしら」と席を立った。
「気が向いたら、また来るわ。今度は紅葉谷先生とお会い出来るといいのだけれど」
「次にお越しに来る際は、なるべく人の少ない時間帯にして下さいね。騒ぎになりますから」
「努力するわ」
ふと、扇は「紅葉谷先生といえば、」と由良に尋ねた。
「貴方、先生との仲が進展したでしょ?」
一瞬、由良の目が泳いだ。
「……別にしてないですけど」
「嘘ね。私を見る目が、前よりも和らいでいるわ。前は敵意剥き出しだったけど、今は眼中にない感じ。ねぇ、何かいいことがあったんでしょう?」
「だから違いますって。もう帰って下さい」
由良は扇を無理矢理LAMPから追い出し、ドアを閉めた。
実際、由良は扇がLAMPを訪れた翌日、紅葉谷と二人きりで映画を観に行った。
タイトルはもちろん「桜花妖」。紅葉谷が脚本、扇が主演女優を務めた映画である。
紅葉谷は当初、由良に言われた通り、一人で映画を見に行こうと計画していた。しかしいざ映画館に入ってみると、客がカップルだらけだった。紅葉谷は見ているだけで居心地が悪くなり、その日は何も観ずに帰ったという。
「店長さんがお忙しいのは分かってます。でも、葉群さんにも中林さんにも断られてしまって……もう頼れるのは、店長さんだけなんですよぉ」
紅葉谷は電話口で半泣きになりながら訴えた。
日向子はともかく、中林まで断ったのは妙だったが、由良は浮かれる気持ちを落ち着かせつつ「分かりました」と承諾した。
「せっかく頑張って紅葉谷さんが書かれたのに観られないなんて、可哀想ですからね。私もまだ観てませんでしたし、今回だけですよ」
「あ、ありがとうございます! すっごく助かります!」
紅葉谷はおそらく電話の向こうでペコペコとお辞儀をしつつ、由良に何度も礼を言った。
その後、映画の日程などを決めたのち、最後に紅葉谷が提案した。
「さすがに、プライベートで"店長さん"と呼ぶのは違和感がありますし、映画を観に行く日だけ"添野さん"って呼んでもいいですか?」
「……いいですよ。その日だけじゃなく、普段も名字で」
由良は意を決し、言った。紅葉谷の反応が怖くて後半になるにつれ、声が小さくなっていった。
由良の不安をよそに、紅葉谷は「いいんですか?!」と嬉しそうに声を上げた。
「いやぁ、ずっと添野さんだけ役職呼びで、悪いなぁと思っていたところだったんですよ! 命の恩人なのに、他の方よりも壁を感じるというか……でも、いざ呼び方を変えるとなると、タイミングをつかめなかったんですよねぇ。やっと呼び方を変えられて、嬉しいです!」
「……っ! 当日は和装じゃなくて、もっとカジュアルな服でお願いしますね! 他のお客さんや映画館のスタッフさんにコスプレだと思われるかもしれませんから!」
由良は伝えねばならないことだけを早口で捲し立て、通話を切った。これ以上話すと声がうわずりそうで、耐えられなかった。
二人きりで映画館に行く期待と、呼び方が変わった喜びで、由良の頬は桜色に染まっていた。
『桜花爛漫、世は薄紅色』第二話「女優髪、恋色」終わり
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