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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
1年前の春(夕方)
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LAMPが開店する一年前の春の夕暮れ、由良は昼間に女学生が話していた桜並木の下を通り、外回りから戻ってくるところだった。
頭の中は仕事のことでいっぱいで、桜を愛でる暇などない。真っ直ぐ前を見据え、早足で会社へ向かった。幸い、他の通行人はほとんどいなかった。
ふと、進行方向の先にピンクの塊が立っているのが見えた。
「……何あれ?」
最初は何が立っているのか分からず、由良は戸惑った。
しかし次第に距離が縮まるにつれ、それがピンク色のレトロな形のスーツを着た会社員の女性だと気づいた。上品な薄い桜色のスーツで、胸元には桜の花のブローチをつけている。さらに、スーツと同じ桜色のフチの眼鏡もかけていた。
女性は他人の迷惑を顧みず、歩道の真ん中に立ってジッと桜を見上げていた。
(邪魔だな。あんなところに立っていたら、誰かにぶつかられても文句言えないのに)
由良は眉をひそめつつも、女性を避けて通ろうとした。
すると直後、女性が由良の袖をつかんだ。それまで微動だにしなかったとは思えぬほど、素早かった。
「桜、見ていかないんですか? 夕日に照らされて、とても幻想的ですよ」
「離して下さい。今、忙しいんで」
由良は女性の手を振りほどき、逃げるように会社へ駆け込んだ。
振り返ると、女性はいなくなっていた。
「……変な人。また絡まられないよう、警備員さんに言っておこう」
そういえば、と由良は自らが口にした「警備員」という単語から、昼間にも似たようなことがあったと思い出した。
「すっかり忘れてた。あの学生の子のことも伝えておかないと」
由良はオフィスに戻る前に、社内を巡回していた警備員を捕まえ、二人のことを報告した。薄々勘づいてはいたが、やはり今日はどの部署も社会科見学の類いを実施しておらず、昼間の学生は不法侵入者だったと分かった。
警備員は二人の不審者に全く気づいていなかったらしく、申し訳なさそうに謝った。
「そのような人達がうろついていたとは、気づきませんでした。以後、警備を強化致します」
「頼むわね。うちは外部に漏れる情報ばかりを扱っているから、たとえ学生でも油断しないで頂戴」
思わぬ邪魔者達に由良は苛立ち、眉間にシワを寄せる。
警備員は自分に対して苛立っていると思ったのか、「す、すみませんでした!」と青ざめ、逃げるように去っていった。
「……春ってどうしてこう、頭の中までお花畑が広がる人が増えるのかしら。夕方の桜なんて、逆光で見えにくいでしょうに」
由良は窓から下を覗き、先程の桜並木に目をやる。
夕日に照らされた桜は、太陽がある西側はオレンジがかって見え、影になっている東側は薄暗かった。どちらも元の色を保っておらず、桜本来の色を楽しむのには不向きであった。
「さーて、仕事仕事」
由良は桜を楽しむことなく、早々にオフィスへと戻っていった。
頭の中は仕事のことでいっぱいで、桜を愛でる暇などない。真っ直ぐ前を見据え、早足で会社へ向かった。幸い、他の通行人はほとんどいなかった。
ふと、進行方向の先にピンクの塊が立っているのが見えた。
「……何あれ?」
最初は何が立っているのか分からず、由良は戸惑った。
しかし次第に距離が縮まるにつれ、それがピンク色のレトロな形のスーツを着た会社員の女性だと気づいた。上品な薄い桜色のスーツで、胸元には桜の花のブローチをつけている。さらに、スーツと同じ桜色のフチの眼鏡もかけていた。
女性は他人の迷惑を顧みず、歩道の真ん中に立ってジッと桜を見上げていた。
(邪魔だな。あんなところに立っていたら、誰かにぶつかられても文句言えないのに)
由良は眉をひそめつつも、女性を避けて通ろうとした。
すると直後、女性が由良の袖をつかんだ。それまで微動だにしなかったとは思えぬほど、素早かった。
「桜、見ていかないんですか? 夕日に照らされて、とても幻想的ですよ」
「離して下さい。今、忙しいんで」
由良は女性の手を振りほどき、逃げるように会社へ駆け込んだ。
振り返ると、女性はいなくなっていた。
「……変な人。また絡まられないよう、警備員さんに言っておこう」
そういえば、と由良は自らが口にした「警備員」という単語から、昼間にも似たようなことがあったと思い出した。
「すっかり忘れてた。あの学生の子のことも伝えておかないと」
由良はオフィスに戻る前に、社内を巡回していた警備員を捕まえ、二人のことを報告した。薄々勘づいてはいたが、やはり今日はどの部署も社会科見学の類いを実施しておらず、昼間の学生は不法侵入者だったと分かった。
警備員は二人の不審者に全く気づいていなかったらしく、申し訳なさそうに謝った。
「そのような人達がうろついていたとは、気づきませんでした。以後、警備を強化致します」
「頼むわね。うちは外部に漏れる情報ばかりを扱っているから、たとえ学生でも油断しないで頂戴」
思わぬ邪魔者達に由良は苛立ち、眉間にシワを寄せる。
警備員は自分に対して苛立っていると思ったのか、「す、すみませんでした!」と青ざめ、逃げるように去っていった。
「……春ってどうしてこう、頭の中までお花畑が広がる人が増えるのかしら。夕方の桜なんて、逆光で見えにくいでしょうに」
由良は窓から下を覗き、先程の桜並木に目をやる。
夕日に照らされた桜は、太陽がある西側はオレンジがかって見え、影になっている東側は薄暗かった。どちらも元の色を保っておらず、桜本来の色を楽しむのには不向きであった。
「さーて、仕事仕事」
由良は桜を楽しむことなく、早々にオフィスへと戻っていった。
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