心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
72 / 314
春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』

1年前の春(夕方)

しおりを挟む
 LAMPが開店する一年前の春の夕暮れ、由良は昼間に女学生が話していた桜並木の下を通り、外回りから戻ってくるところだった。
 頭の中は仕事のことでいっぱいで、桜を愛でる暇などない。真っ直ぐ前を見据え、早足で会社へ向かった。幸い、他の通行人はほとんどいなかった。
 ふと、進行方向の先にピンクの塊が立っているのが見えた。
「……何あれ?」
 最初は何が立っているのか分からず、由良は戸惑った。
 しかし次第に距離が縮まるにつれ、それがピンク色のレトロな形のスーツを着た会社員の女性だと気づいた。上品な薄い桜色のスーツで、胸元には桜の花のブローチをつけている。さらに、スーツと同じ桜色のフチの眼鏡もかけていた。
 女性は他人の迷惑を顧みず、歩道の真ん中に立ってジッと桜を見上げていた。
(邪魔だな。あんなところに立っていたら、誰かにぶつかられても文句言えないのに)
 由良は眉をひそめつつも、女性を避けて通ろうとした。
 すると直後、女性が由良の袖をつかんだ。それまで微動だにしなかったとは思えぬほど、素早かった。
「桜、見ていかないんですか? 夕日に照らされて、とても幻想的ですよ」
「離して下さい。今、忙しいんで」
 由良は女性の手を振りほどき、逃げるように会社へ駆け込んだ。
 振り返ると、女性はいなくなっていた。
「……変な人。また絡まられないよう、警備員さんに言っておこう」
 そういえば、と由良は自らが口にした「警備員」という単語から、昼間にも似たようなことがあったと思い出した。
「すっかり忘れてた。あの学生の子のことも伝えておかないと」
 由良はオフィスに戻る前に、社内を巡回していた警備員を捕まえ、二人のことを報告した。薄々勘づいてはいたが、やはり今日はどの部署も社会科見学の類いを実施しておらず、昼間の学生は不法侵入者だったと分かった。
 警備員は二人の不審者に全く気づいていなかったらしく、申し訳なさそうに謝った。
「そのような人達がうろついていたとは、気づきませんでした。以後、警備を強化致します」
「頼むわね。うちは外部に漏れる情報ばかりを扱っているから、たとえ学生でも油断しないで頂戴」
 思わぬ邪魔者達に由良は苛立ち、眉間にシワを寄せる。
 警備員は自分に対して苛立っていると思ったのか、「す、すみませんでした!」と青ざめ、逃げるように去っていった。
「……春ってどうしてこう、頭の中までお花畑が広がる人が増えるのかしら。夕方の桜なんて、逆光で見えにくいでしょうに」
 由良は窓から下を覗き、先程の桜並木に目をやる。
 夕日に照らされた桜は、太陽がある西側はオレンジがかって見え、影になっている東側は薄暗かった。どちらも元の色を保っておらず、桜本来の色を楽しむのには不向きであった。
「さーて、仕事仕事」
 由良は桜を楽しむことなく、早々にオフィスへと戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある? たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。  ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話? ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。 ※もちろん、フィクションです。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

処理中です...