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春編①『桜花爛漫、世は薄紅色』
第二話「女優髪、恋色」⑷
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由良に問われ、扇は「そういえば、」と思い当たる出来事を話した。
「ピンク頭になる前の日に、行きつけの美容院へ行ったのよ。担当してもらってる美容師の彼がなかなか好青年でね……連絡先を聞こうか迷っていたところだった。その彼に"今度撮影する映画で、桜の精霊の役をやるのよ"って話したら、"桜色の髪の華恋さん、きっと素敵でしょうね"って言われたの。桜の精霊の役だから、髪もピンク色にするんだと思ったんでしょうね。私もピンクなんて染めたことなかったから楽しみにしてたんだけど、残念ながら"黒髪のままで"って脚本から指示されていたから、染めずに帰ったわ」
「……なるほど」
由良はなるべく〈心の落とし物〉については触れないようにしつつ、自分の推理を打ち明けた。
「突飛な発想かもしれませんが……扇さんの髪は、その美容師さんに好かれたくてピンク色に染まったのではないでしょうか? どういう原理で染まったのか、なぜ私と貴方にだけ見えるのかは分かりませんけど……」
「勝手に染まったとでもいいたいわけ? 私の髪はカメレオンではないのよ?」
「でも、そうとしか考えられませんよ。扇さんが美容師の彼に好意を抱いている証、とでも言いましょうか。その彼と付き合うか、手酷く玉砕されれば、元の髪色に戻るんじゃないですか?」
由良の提案に、扇はニヤッと笑った。
「……名案ね。私にメリットしかないじゃない。その案、採用するわ」
扇は緑茶を飲んだ後、マネージャーが移動させてきた車に乗って帰っていった。由良も店先に出て、彼女を見送った。
「あ、そうだ」
別れ際、扇は店の壁に貼られたポスターを指差し、言った。
「私のポスター、貼るならもっと目立つところに貼ってくれる? あんな隅っこじゃ、全然宣伝にならないでしょ?」
「目立たれると困るから、あそこに貼っているんですよ。店の美観を損なうので」
「そのまま貼るから浮くのよ。額縁に入れればいいじゃない。木枠を組んだだけの、簡素なやつ。それだけで、結構オシャレに見えるわよ」
「ただのポスターにそこまでするのはちょっと……サインでも入れて頂ければ、もう少し大事にしますよ」
「じゃあ、今度来た時にでも書いてあげるわ。告白の顛末と一緒に、ね。添野由良さん?」
「……私、名前教えましたっけ?」
扇はクスクスと笑い、「いいえ?」と答えた。
「ある方から教えてもらったのよ。洋燈町にはLAMPという素敵な喫茶店があって、その店長さんは"僕"の命の恩人なんですよって。まるで少年のように目をキラキラさせて語っていらっしゃったわ。あの人、髪はボサボサだし、骨董品みたいな時代錯誤な眼鏡をかけていらっしゃるけど、顔はなかなか整っているわよね。それに背も高いし、スタイルもいいし……オシャレなスーツでも着れば、かなり化けるんじゃないかしら? 本当は撮影中にその方とお店に来たかったのだけど、お互い忙しくて叶わなかったのよねぇ。ちなみに、そのある方っていうのは、脚本の紅葉谷さんのことなんだけど」
「でしょうね。とっくに気づいてましたよ。恋に悩みすぎて頭真っピンクにした割に、他の男にも色目を使うなんて余裕ですね」
「取られたくないなら、早くアプローチなさい。私は待ってあげられるけど、他の女は私みたいに優しくないわよぅ」
扇は手をヒラヒラと振り、車に乗って去っていった。
完全に車が見えなくなると、由良はボソッとこぼした。
「……別に、そういうんじゃないですから。向こうだって私のこと、ずっと"店長さん"って呼んでるし。日向子と中林さんのことは名字で呼んでるのに」
店に戻った後、由良はバックルームのロッカーに仕舞っていた木製の額縁に「桜花妖」のポスターを入れ、元の位置に飾ってみた。桜の枝を飾るために購入したものだったが、サイズが合わなかったため、使わずに仕舞い込んでいたのだ。
悔しいことに、それまでは店の雰囲気に馴染めず、浮いていたポスターが、木製の額縁に入れただけで驚くほどマッチしていた。むしろ、もっと人目につきやすい場所に配置した方が違和感がないような気がした。
「ピンク頭になる前の日に、行きつけの美容院へ行ったのよ。担当してもらってる美容師の彼がなかなか好青年でね……連絡先を聞こうか迷っていたところだった。その彼に"今度撮影する映画で、桜の精霊の役をやるのよ"って話したら、"桜色の髪の華恋さん、きっと素敵でしょうね"って言われたの。桜の精霊の役だから、髪もピンク色にするんだと思ったんでしょうね。私もピンクなんて染めたことなかったから楽しみにしてたんだけど、残念ながら"黒髪のままで"って脚本から指示されていたから、染めずに帰ったわ」
「……なるほど」
由良はなるべく〈心の落とし物〉については触れないようにしつつ、自分の推理を打ち明けた。
「突飛な発想かもしれませんが……扇さんの髪は、その美容師さんに好かれたくてピンク色に染まったのではないでしょうか? どういう原理で染まったのか、なぜ私と貴方にだけ見えるのかは分かりませんけど……」
「勝手に染まったとでもいいたいわけ? 私の髪はカメレオンではないのよ?」
「でも、そうとしか考えられませんよ。扇さんが美容師の彼に好意を抱いている証、とでも言いましょうか。その彼と付き合うか、手酷く玉砕されれば、元の髪色に戻るんじゃないですか?」
由良の提案に、扇はニヤッと笑った。
「……名案ね。私にメリットしかないじゃない。その案、採用するわ」
扇は緑茶を飲んだ後、マネージャーが移動させてきた車に乗って帰っていった。由良も店先に出て、彼女を見送った。
「あ、そうだ」
別れ際、扇は店の壁に貼られたポスターを指差し、言った。
「私のポスター、貼るならもっと目立つところに貼ってくれる? あんな隅っこじゃ、全然宣伝にならないでしょ?」
「目立たれると困るから、あそこに貼っているんですよ。店の美観を損なうので」
「そのまま貼るから浮くのよ。額縁に入れればいいじゃない。木枠を組んだだけの、簡素なやつ。それだけで、結構オシャレに見えるわよ」
「ただのポスターにそこまでするのはちょっと……サインでも入れて頂ければ、もう少し大事にしますよ」
「じゃあ、今度来た時にでも書いてあげるわ。告白の顛末と一緒に、ね。添野由良さん?」
「……私、名前教えましたっけ?」
扇はクスクスと笑い、「いいえ?」と答えた。
「ある方から教えてもらったのよ。洋燈町にはLAMPという素敵な喫茶店があって、その店長さんは"僕"の命の恩人なんですよって。まるで少年のように目をキラキラさせて語っていらっしゃったわ。あの人、髪はボサボサだし、骨董品みたいな時代錯誤な眼鏡をかけていらっしゃるけど、顔はなかなか整っているわよね。それに背も高いし、スタイルもいいし……オシャレなスーツでも着れば、かなり化けるんじゃないかしら? 本当は撮影中にその方とお店に来たかったのだけど、お互い忙しくて叶わなかったのよねぇ。ちなみに、そのある方っていうのは、脚本の紅葉谷さんのことなんだけど」
「でしょうね。とっくに気づいてましたよ。恋に悩みすぎて頭真っピンクにした割に、他の男にも色目を使うなんて余裕ですね」
「取られたくないなら、早くアプローチなさい。私は待ってあげられるけど、他の女は私みたいに優しくないわよぅ」
扇は手をヒラヒラと振り、車に乗って去っていった。
完全に車が見えなくなると、由良はボソッとこぼした。
「……別に、そういうんじゃないですから。向こうだって私のこと、ずっと"店長さん"って呼んでるし。日向子と中林さんのことは名字で呼んでるのに」
店に戻った後、由良はバックルームのロッカーに仕舞っていた木製の額縁に「桜花妖」のポスターを入れ、元の位置に飾ってみた。桜の枝を飾るために購入したものだったが、サイズが合わなかったため、使わずに仕舞い込んでいたのだ。
悔しいことに、それまでは店の雰囲気に馴染めず、浮いていたポスターが、木製の額縁に入れただけで驚くほどマッチしていた。むしろ、もっと人目につきやすい場所に配置した方が違和感がないような気がした。
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