『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

24)鉄槌を下す

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 青白い顔をなんとかドーヴィの魔法で覆い隠してもらい、グレンは各員に指示を飛ばして事態の収拾を図っていた。

(大丈夫、ドーヴィがいるから、何とかなる)

 それだけが、今のグレンが立てている理由だ。何がどうなろうとも、ドーヴィが「全部どうにかしてくれる」という安心感。それがあるだけで、まだまだ頑張れる。

「閣下、『奴隷』として囚われていたのは、やはりこの領の領民の様です。借金のカタに、という話が多く……」
「男爵が仕組んだ借金ではないだろうな、まさか」

 わかっていて、グレンはアンドリューに尋ね返す。アンドリューはそっとグレンから視線を外しながら「そのまさか、の可能性高いかと」と小さく答えた。

 グレンは大きなため息をついた。呆れ返った、そしてどこか怒りを孕んだそのため息に、一部の人間がびくりと肩を震わせる。

「アンドリュー」
「はっ」
「私は今、冷静でいようと努めてはいる」
「……はっ」

 騎士のように片膝をついた状態で、アンドリューは頭を垂れる。クランストン宰相閣下のために、と用意された椅子に座ったグレンは、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。

「しかし、こうも燃料が投下され続けては、怒りの炎も治まらん」
「……仰る通りです」

 一瞬、それでも男爵の処刑だけはお待ちください、と反論しそうになったアンドリューもさすがにそれを口には出せなかった。

 ばちり、ばちり、とグレン周辺の空気が小さな破裂音を立てている。――魔力暴走の前兆だ。

 本来であれば人間の体内で循環しているだけの魔力が、何らかの理由で漏れ出ている状態。あの破裂音は、魔力が空気と接触することによって起きるものだ。

 これがさらに激しくなり、魔力の漏出が止まらなくなると、暴走状態となる。そうなってしまえば、本人の意思にかかわらず魔力が全身から噴き出し、周囲へ大きな損害を与えてしまう。

 魔力と言うエネルギーを直接ぶつけるのだから、その破壊力は尋常ではない。とは言え、普通の人間であれば、そこまで被害は出ない……が。王族や上位貴族のような大量の魔力保持者ともなると、屋敷を崩壊させるほどの威力となった例もあった。

 では、隻眼の大魔術師の異名をとるクランストン宰相閣下となれば、どうなのか。アンドリューはその被害の大きさを予想して、グレンの前で頭を下げたまま顔を白くしていた。

 今すぐに宰相閣下が暴走状態に入った場合――この近距離にいる自分は、まず助からない。

 アンドリューは意を決して頭を上げた……ところで、グレンの後ろに立っていたドーヴィと視線が合った。ドーヴィが小さく頷く。

「……グレン閣下、魔力が漏れております。どうか、気をお鎮めください」

 ドーヴィがグレンの両肩に手を置いて、低い声で囁いた。

「む……」

 それを聞いたグレンは眉を寄せた後、目を閉じて深呼吸を繰り返す。

 グレン周辺の破裂音が減っていき、最終的に治まった。アンドリューの肌を刺していた魔力の波動もなくなり、アンドリュー自身もほっと安堵の息を吐く。

「……アンドリュー、すまなかったな、八つ当たりになってしまった」
「いえ、とんでもございません。閣下のお怒りも最もでありましょう」
「……うむ。アンドリュー、引き続き政務官への指示を頼むぞ。今の私では、過激な指示を下してしまいそうだ」
「そのようなこと……いえ、むしろこれ以上閣下のお心を煩わせるのも、申し訳ない事です。後の事は我々にお任せください」

 グレンはその言葉に大きく頷いた。アンドリューはもう一度、地面につくのではないかというほど頭を下げてから去って行く。

「……ドーヴィ、男爵本人が来たら、少しぐらい魔法をぶっ放しても良いだろうか」

 ぼそり、とグレンが呟く。それは悪を許さない熾烈なクランストン宰相閣下でもあり、同時に、あいつムカつく!!! という気持ちが抑えきれない少年じみたグレンでもあった。

 ドーヴィはくっくっく、と笑ってから、可愛らしい契約主を甘やかすために口を開く。

「ったく、仕方ねえなあ。好きなだけやっていいぞ。死人が出ないように俺が調整してやる」
「助かる。……ふっふっふ、今に見ていろ、男爵め……」
「おお、怖い怖い。これじゃどっちが悪役かわからねえよ」

 そんなことない、と言いかけたグレンの言葉を遮る様に、騎士が飛び込んでくる。

「コサコレ男爵の捕縛に成功しました!」

 報告を聞いたグレンは、椅子からゆらりと立ち上がった。

「男爵は、屋敷の前、大きく開けた場所へ連れていけ」
「ハッ!」
「……それと、その場所には人を近寄らせないように」
「ハッ! ……え、えっと、その、理由は……?」

 二つ目の指示がよくわからなかったらしい、若き騎士は困ったようにグレンへと視線を送った。王都の騎士としては、少し態度がなっていないが。グレンは、その無礼にも気づかず、据わった目で前を見ている。

「巻き込まれるぞ」
「あっ……はっ、はいっ! 団長に伝えます!!」

 それだけで全てを察したらしい若き騎士は、ぶるりと体を震わせてから泡を食ったように走り出した。

「いやあ、男爵殿はどんな言い訳をしてくれんのかね?」
「言い訳ならまだしも、僕を罵倒してくるんじゃないか。何だか知らないけど、あの手の貴族ってなぜかいっつも僕に文句言ってくるし。文句言われても困るんだけど」

 ふんっ、と鼻息荒く、グレンは皮肉を言った。その口調がすっかり崩れていることに、ドーヴィはやれやれ、と内心で嘆息する。クランストン宰相閣下は、完全にお怒りです。

「ありそうだな~。少しは殊勝な態度を見せればいいのにな?」
「殊勝な態度を見せたところで、罪は変わらんし罰も変わらん」
「おっしゃるとおり」

 ドーヴィは飄々と言いながらグレンを屋敷の前へと案内した。開けた場所、の通りに、整地された地面だけが広がっている。馬車で乗り付けるための広さなのだろう。

 しばし、グレンは腕組みをして仁王立ちで男爵を待つ。背後の喧騒も、いつの間にか消えていった。騎士の指示通り、無関係な人間は全て屋敷の中なり、裏庭なりに移動したのだろう。

「お、来たな」

 グレンより早くドーヴィが馬の足音に気づく。その足音はかなりのスピードで駆けているようだった。

 先頭を走るはガルシア団長。そして門の前で仁王立ちしているグレンを見つけると、目を丸くしてから慌てて馬を止めた。そして手を挙げて、後に続く騎士達に止まるように指示を出す。

「閣下! 馬上から失礼します! コサコレ男爵を捕縛いたしました!」
「うむ」

 グレンは鷹揚に頷く。すでに先ほどの若き騎士が馬で往復してグレンの指示を伝えていたことで、ガルシア団長は言われたとおりに、この場に男爵本人を連れてきた。

 そう、ガルシア団長が馬の後ろに無造作に括りつけていた『荷物』がコサコレ男爵だ。

 馬から降ろし、ガルシアはコサコレ男爵を地面に転がす。到底、貴族に対する仕打ちではない。……もはや、その時点でコサコレ男爵の命運は決まっているようなものだ。容疑程度であれば、さすがにもう少しまともな対応をして貰えるというもの。

 後ろの騎士達も次々に馬に括りつけていた『荷物』を転がす。そのどれもが、顔を青ざめさせた男爵領の騎士であった。

「……クランストン宰相閣下。こやつらがどうしても口うるさかったために、猿轡をかませております」
「男爵の分だけ解け。一応、申し開きは聞く」

 ……ガルシアはちらり、とグレンの後ろに立つドーヴィを見る。ドーヴィは大きく両腕でバツ印を作っていた。なるほど、どうやら昨晩に申し合わせた通りに、ガルシアは直ちに部下を率いて逃げなければならないらしい。

 そうして、ガルシアは男爵の猿轡を解き――すぐに秘密のハンドサインを部下に送った。ガルシア団長率いる王都の精鋭騎士……なはずの彼らが、一目散に青い顔をして馬に跨って駆けていく。

 グレンはそれを一瞥しただけだったが、ふっと口角を上げた。どうやら、本当に好き放題に魔法を打って良さそうだ。

「――さて、男爵。申し開きはあるか?」
「ぐ……ぐ……!」

 猿轡を外されたばかりで、しかも馬に揺られていたコサコレ男爵は芋虫のように地面で蠢き、顔を赤くしている。唾を何度か吐き出した後に、グレンを睨みつけた。

「うるさいっ! 申し開き? 何を偉そうに、小僧が!」
「……ほう」
「辺境伯だの、宰相だのと言っても、貴様は子供だろうがっ! 年長者である儂の顔を立てんとは、どういうつもりだっ!!」

 そそくさとグレンとドーヴィの後ろに退避していたガルシア団長は、両手で顔を覆う。ドーヴィも、天を仰いだ。

「子供とは失礼な、コサコレ男爵。私は、もう、16歳で、立派に成人、しているのだが?」
「フンッ! どうせ、マスティリ帝国に尻尾を振って地位を貰っただけの子供だろうが! 16歳なんぞ、儂から見ればただの小僧だっ! ほれっ、縄を解けこの無礼者っ!!」

 ……またしても、グレンの周囲で、ばちり、ばちり、と破裂音が発生し始める。その様子に気づいたコサコレ男爵は、少しだけ怯んだように口を閉ざした。

「それが申し開きか、コサコレ男爵」
「っ! ……っ!! 儂は……儂はっ! なんも悪い事はしとらんっ! 貴族として、当然の事をしたまでっ!! 何が悪いっ!!」

 グレンは一度、目を手で覆った。眼帯に封印されていない片目を閉ざす。気持ちを落ち着けている……かと思いきや。

 次の瞬間。

「……民を蔑ろにし、奴隷として搾取し、他者を害すること……それがっ! 貴様の言う貴族かっ!!」

 グレンの口から、怒声が響いた。同時に、グレンは両腕を振り上げる。宙に、火の玉が浮かんだ。

「ヒッ! ヒィィィッ!」

 その火の玉は、見る間に巨大化していく。玉とも呼べぬほどに巨大化した太陽のごとき火球は、まだ放たれてもいないのに周囲の人々を炙った。

 眩しさと同時に、皮膚が焼けるほどに熱くなったことで、ガルシア団長は思わずしゃがみ込む。命の危機を感じた、人間の本能だった。

 そして、身動きの取れないコサコレ男爵達は、必死に逃げようと体を捩らせる。もはやそこに、貴族としてのプライドは愚か、成人男性としての振る舞いもなかった。ただ、幼児のようにじたばたとあがき、涙を零すのみ。

「貴様のような貴族は、この国には不要であるっ!」
「あああああっ! お助け、命だけは、お助けをっ!」
「許すものかっ、痴れ者めっ!! 恥を知れぇっ!」

 グレンが翳していた両腕を、一気に振り下ろした。空に浮かんでいた火球は、轟音とともにコサコレ男爵へ向けて、真っ直ぐに向かっていく。

(いや好きにぶっ放せとは言ったけどな!? 俺は守護系の魔法苦手なんだって!!)

 あの火球が男爵に当たれば、間違いなく死ぬだろう。むしろ、骨一つ残らずに存在が消滅する。それは男爵以降の後ろに転がっている騎士も全員同じだ。

 何なら、爆発の衝撃でガルシア団長はおろか、背後の屋敷も全て吹き飛ぶだろう。このままでは全員死亡エンドまっしぐらだ。

 ……というわけで、ドーヴィは必死にグレンの火球を逸らし、爆発がこちら側へ及ばないように不可視の障壁を作って逆方向へと逃がす。

 この行為に気づいた人間は、いないだろう。人間が瞬きするほどの僅かな時間で、それだけの事をドーヴィはそれなりに軽々とやってのけた。……まあ、予想以上の威力に、少しだけ焦ったのは本当だ。

 急に軌道を変えた火球は、コサコレ男爵や騎士たちの頭上を通り過ぎてその向こうへと着弾する。

 瞬間、目が眩むほどの閃光が迸った。が、それをなんだと人が思うより早く、轟音と振動、そして爆風が辺り一面に吹き荒れる。

「くっ……!」

 しゃがみ込んでいたガルシア団長が爆風に煽られ、地面をごろごろと転がって行った。先に馬だけでも屋敷の中に戻らせておいたのは、ガルシア団長の英断である。

 暴風が吹き去った後には、もうもうと辺りを包み込む煙。土臭さと焦臭さが混ざりあった黒煙は人々の視界と、呼吸を奪っていた。

 ……ドーヴィが慌ててそちらのフォローのために風を起こして煙を吹き飛ばす。

「……ふぅ」

 そしてそんな物騒な火球を放った本人のクランストン宰相と言えば、どこかすっきりとした顔で肩を回していた。

 額に少しだけ浮かんだ汗を、護衛兼秘書官のドーヴィが涼しい顔をしてハンカチで拭っている。

 ちなみに、ドーヴィは心の中でだけ汗をかいていた。魔法そのものの対処はとにかくとして、その後の煙からも男爵達を守らなければならないとは。

(……まあ、グレンが楽しそうだから、いいか)

 相変わらず、契約主の事となると様々な点が激甘になる悪魔だ。

 そしてようやく、舞い上がった土煙が晴れた頃。コサコレ男爵を筆頭とした悪人たちは、全員目を回していた。

「む? 直撃しなかったのではないか?」
「……直撃はしませんでしたが、衝撃波と爆音でやられたのでしょう」
「そ、そうか……それは……その、失念していたな」

 ドーヴィの冷静な指摘に、グレンは自分が魔法の選択を誤った事に気づいて恥ずかしそうに顔を赤らめた。魔術師として、適切な魔法を選択できないのは恥ずかしい事なのだ。

 まあなんだ、ドーヴィも失念していたから仕方ない。

「こほん。ガルシア団長……おや? ガルシア団長??」

 背後にいたはずのガルシア団長の姿が見えないことに、グレンは首を傾げて辺りを見渡した。すると、それなりに離れたところの草むらががさがさと音を立てている。

「こ、こちらにっ!」
「? なぜそちらに?」

 草むらから出てきた土まみれのガルシアに、さらにグレンは首を捻る。ガルシア団長は何も言わず、クランストン宰相の前に膝をついた。

「やむを得ぬ事情がありまして! しばしおそばを離れておりました!」
「ふ、ふむ。やむを得ぬ事情があったのなら、仕方ないな! それでガルシア団長、どうやらコサコレ男爵達が全員気絶してしまったようでな……」
「ハッ! 後始末は我ら騎士にお任せください! 全て荷車に積み上げて王都へ輸送する手筈を整えます」
「うむ、任せたぞ」

 グレンは顔を緩めて頷いた。ガルシア団長の説明がどう聞いても人間に対するものではなかったが、まあその辺も些細な事だ。実際、もはや人権はないに等しいのだから仕方がない。

「と、ところで、クランストン宰相閣下……お体に、何か変わりはございませんか?」
「……? 特にないぞ? ああ、爆風やら衝撃波については、魔法を行使したものは基本的に守られるものだから安心して欲しい」
「左様ですか……」 

 ガルシアが聞きたかったのは、そちらではない。魔力枯渇は大丈夫なのか、と聞きたかったのだ。

 ところが、聞けばクランストン宰相は全く問題ない顔色をしている。それどころか、大魔術を放った後にもかかわらず、全く疲労の色が見えない。

 どの様な上位貴族でも、それこそマスティリ帝国で有数の魔力保持者でも、あれほどの魔力を使えばそれなりに呼吸を荒くしたり、汗をかいたりするはずだ。

(とんでもない御方だ……っ!)

 普段と変わらない姿、むしろ血色が良くなったクランストン宰相を見て、ガルシアは再度、背筋を震わせたのだった。


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魔法をぶっ放してむしろ健康になるクランストン宰相閣下殿です。
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