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本編
25)一時の安らぎ
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「――というわけだ」
クラスティエーロ王国にある王城の一室、アルチェロの私室でたった今、ドーヴィから報告を受けたアルチェロは頭を抱えていた。
「なんでストレス発散のための慰安旅行でそうなっちゃうかなぁ!?」
「知るか、元ガゼッタ王国の貴族に聞けよ」
「ほんと信じられない、もう貴族全員総とっかえの方が早い気がする……」
アルチェロはしばらく呻いた後に、深いため息をついて顔を上げた。
「で、グレン君は、休息が必要なんだって?」
「ああ。ありゃあそのうち怒り任せに魔力暴走するぞ」
「……ちなみに、グレン君が魔力暴走したら、どうなるかな?」
「そうだなあ……まあこの国ごと吹っ飛ぶぐらいはあるんじゃないか」
まあ、そうなる前にドーヴィが止めるが。魔力暴走の末に魔力枯渇程度で済むならとにかく、グレン程の魔力を放出するとなると、そもそも肉体の方がもたない。
ドーヴィの予想を聞いて、アルチェロは再度頭を抱えてテーブルに突っ伏した。見える動く地雷、とは思って丁重に扱っていたが、予想以上の破壊力を持った特大地雷だったらしい。
「これはボクも認識を改めなきゃねぇ……」
そう呟いた後、アルチェロは個人の手帳を取り出した。王ともなれば、スケジュールは全て秘書の役割を持つ侍従が行ってくれるものだが、それとは別にアルチェロは個人でも重要関係者のスケジュールをまとめている。誰にも見せない、王の秘密のスケジュール手帳だ。
何枚かページを捲り、ぶつぶつと呟くアルチェロ。その後、またしても大きくため息を吐いてからドーヴィを見上げた。
「うん、何とかグレン君が休暇を取れるように調整するよ。辺境に戻ってゆっくり、なら一か月ぐらいまとめて取った方がいいよねぇ」
「そうだな」
「その代わり、完全な休暇じゃなくて書類仕事ぐらいはやって貰おうかな。王都と辺境を往復する政務官や騎士は大変だろうけど……」
その言葉にドーヴィは肩を竦めて「その大変さと国が亡ぶのとどちらが良い?」と言った。それを言われてしまえば、アルチェロは乾いた笑いしか出てこない。
「はあ。どうにか体裁を整えないとねぇ……病気療養のため、とかは絶対ダメだろうし……参ったな」
「頑張れ、お前の言い訳づくりにこの国の全部がかかっているからな」
「もう、君は他人事だと思って! 人間はね、そういうのが大切なんだよ!」
「悪魔だから関係ねーな。じゃ、俺はグレンの元へ戻るわ」
ひらひらとドーヴィが手を振ると、アルチェロも同じように座ったままだらしなくドーヴィに手を振った。王族としてはあるまじき振る舞いであるが、それはもう私室であるし、何より相手は悪魔だ。そこに人間の礼儀を説いても無駄である。
フッと姿を消したドーヴィを見送ってから、アルチェロはテーブルにまたしても突っ伏した。
「はぁ~、ボクにもケチャがいてくれれば……またたびでも用意したら釣られないかなぁ……」
姿を消してしまった黒猫の悪魔を思いつつ、アルチェロはグレンの休養について頭を巡らるのだった。
☆☆☆
ドーヴィが転移で戻ってきたのは、コサコレ男爵の屋敷。その中の、客室である。
男爵を捕縛し、屋敷を制圧したグレン一行は、屋敷に残っていた使用人に命じて客室を用意させ、そこにそれぞれが泊っていた。
「おお、ドーヴィ、戻ったか。アルチェロ陛下はなんと?」
「頭抱えてたぜ」
ドーヴィは嘘偽りなく答えた。ただし、重要なグレンの休養については言わない。嘘は言っていないが、本当の事も言わない。
今、グレンに休養を提案しても本人が絶対に断るだろう。
コサコレ男爵はおろか、タバフ男爵の娘の件も含め、貴族間に広がる闇は深い。それらを早く打ち払わねば、と正義感を胸に抱いているグレンである。
そのグレンが、この状態で休めと言っても首を縦に振るわけがなかった。故に、ドーヴィは暗躍して裏で事を進めているのだ。
「……まあ、そうだろうな……ただでさえ貴族の数が足りないと言うのに、この体たらくでは……。恐らく、他の領も大部分がこのコサコレ男爵の領と同じような状況なのだろう」
「それはアルチェロも言ってたな。……さすがに、全領をグレン一人で視察に回ってたら進まねえ。アルチェロとお前に恭順の意を示している伯爵連中を使って、一斉視察するしかねえだろうよ」
ドーヴィの言葉に、グレンは難しい顔をする。簡単な夕食を終えて、寝るばかりだというのに、グレンはまだまだ難しい事を考えているようだ。
「だが、伯爵が領の不正や今回のような悪事を見つけたとして、大人しく報告するとも思えん。むしろ、代官と共謀してもみ消すのではないかと思うのだが」
グレンの懸念は正しい。これまで好き勝手にやってきた伯爵達が、いきなり誠実な貴族になる可能性の方が低いだろう。代官側も、大人しく摘発されるとは思えない。
何しろ、現にコサコレ男爵が家族を放置してまで自領を捨てて脱出しているのだから。
コサコレ男爵の妻子については、重要参考人として屋敷内にある使用人の部屋に軟禁している。残念ながら、金切り声を上げてヒステリックに政務官や騎士を罵倒する夫人や娘に、まともな貴族としての振る舞いを求めるのは厳しかったからだ。
ちなみに、夫人と娘の身柄を抑える場面にはアンドリューとガルシアが結託して、グレンを立ち会わせなかった。……口汚く政務官や騎士を罵る夫人の姿を見ていれば、間違いなく二人の英断だったと言えよう。
難しい事を考えて難しい顔をしているグレンの両脇をドーヴィは抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。男爵邸のベッドは粗末ではないが、そこまで品質が良いものではない。客室の寝具に掛ける金はない、ということなのだろう。
ドーヴィは両手でグレンの頬を包み込み、むにむにと揉んだ。
「王都に戻ってからアルチェロと相談しねえと始まらないだろ。お前が一人で悩んでも、意味ないぞ」
「むぅ……それはそうだが」
「やめとけやめとけ。余計にストレス溜めるだけだ」
むにむに、顔を揉まれながらもまだ納得がいっていないグレンは唇を尖らせている。
(やれやれ……)
真面目で、正義感と責任感が強くて、心優しい契約主。領民と領地を守るために、と自分の身を差し出す覚悟で悪魔を召喚した少年。
今の状況に、歯がゆい思いを抱えているだろうことは、ドーヴィにもよくわかった。せっかく、旧ガゼッタ王国の悪とも呼べる王族と上位貴族を討ち、直接国政に携わることができる地位を手に入れたと言うのに。
出会う貴族はほとんどがとても国の為に貴族の義務を果たしているとは言えない人間ばかり。それどころか、国に害を与える害虫のような者ばかりだ。
仕方ないな、とドーヴィはグレンの気を紛らわせるために、どこからともなくクランストン辺境領の料理長に作って貰ったクッキーを取り出し。
「ほら、甘いモンでも食って頭を休ませろ」
「んむ」
今日のクッキーは、グレンが大好きなくるみ入りクッキーだ。ドーヴィが口元へ持っていくと、素直に食べ始める。
さくさく。小気味良い音を立てながら、クッキーがグレンの口に消えていく。
「……あれだな、餌付けだな、完全に」
「……?」
ドーヴィの呟きが聞こえなかったのか、それとも意味がピンとこなかったのか、グレンがドーヴィを見上げて首を傾げる。
クッキーを口いっぱいに頬張って、頬が少し膨れているのも何とも可愛らしい。完全に小動物だ。
リスかな??? と思いながらドーヴィはまたしてもどこからともなく、クランストン辺境領のばあやお手製はちみつホットミルクを取り出す。グレンに持たせてやれば、両手でカップを抱えてグレンはふぅふぅと息で冷まし始めた。
「今考えても仕方がない事は考えない。それより、明日、マリアンヌ達が合流してからどうするか、を考えた方がいいんじゃないか」
「ごくん……そうだな……確かに……」
先ほどまでの難しい顔を緩ませて、グレンはドーヴィの言葉に頷いた。やはり、辺境の味はグレンの心を癒す効果があるらしい。
明日、後追いでタバフ男爵領から移動してくるマリアンヌ達と交代で、アンドリューとガルシア団長達は王都へとコサコレ男爵達を移送することになっている。
ガルシア団長は自分が宰相閣下の護衛に残った方が良いのではないかと訴えたが、当のグレンが「それだけの人数を移送するのだから、騎士の数は多い方が良いだろう」とその案を却下していた。
……そして、グレンがけろりとした顔で「何かあれば私も戦うから安心してくれ」と言うものだから……それを言われたら、魔法の余波で地面を転がることしかできなかったガルシアには何も反論はできない。
ちなみにアンドリューは「それは違う意味で不安だ……っ!」と悶え呟き、ドーヴィへ熱心に『宰相閣下のおもり』を頼み込んでいたりもする。
と、日中のあれこれをドーヴィが思い出している間に。マリアンヌへの頼みごとを考えていたグレンは、甘いおやつと温かいミルクで胃が満たされたのか、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めていた。
「おっと。そろそろ寝るか」
「ん……ドーヴィは、どうする?」
小さくあくびをしながらグレンがドーヴィの服の裾を掴む。完全に無意識だ。……そうされて、まさか廊下で夜番をする、ともドーヴィが言えるわけもなく。
「男爵達が拘束済みとはいえ、何があるかわからないからな。今夜は俺もここで寝るよ」
「そうか!」
嬉しそうに声を弾ませて、グレンはいそいそと毛布に潜り込み、隣に空間を作ってドーヴィの方を見ている。
「っとに、お前は可愛い奴だよ」
「僕は、そんな可愛くないぞ?」
「俺からしたら、契約者史上最強に可愛い」
グレンは不思議そうに目を丸くして、自分の顔を手でぺたぺたと触っている。見た目が可愛いのはもちろんとして、その振る舞いがいちいちドーヴィの心を掴んで離さないわけだが。
それを口に出す事なく、黙ってドーヴィは毛布に潜り込む。この、寝る直前の眠気が襲ってきているグレンもまた可愛い。魔力酔いの時ほどではないが、ずいぶんとガードが下がっていて素晴らしく可愛らしいのだ。
(……俺、もしかしてショタコンだったか……?)
ふと頭に浮かんだ、この世界にない単語にドーヴィは一人戦慄する。いやいや、まさかそんな……そんな……。
「グレンは、成人済みだもんなぁ?」
「そうだぞ、僕はもう成人している! 全く、コサコレ男爵は僕の事を子供だと侮って……僕はもう立派な大人なんだぞ!」
「はいはい、そうだな、クランストン宰相閣下の仰る通りだな」
「ドーヴィ! また僕のこと馬鹿にしてるだろ!」
してねえって! とドーヴィは笑いながら、部屋の扉の外、廊下へと魔力を飛ばす。その魔力の動きに気づいたグレンがじっと目を凝らして見ていた。
グレンの視線に気づきながら、ドーヴィは速やかに部屋の前に分身体を立たせる。もちろん、鋭い目つきは本物の40%増しだ。
「いつ見ても、恐ろしいぐらいにスムーズな魔力移動だ……」
「そりゃな、俺らは人間と違って呼吸レベルで出来るものだからなあ」
ドーヴィは毛布をグレンの肩までかけてやり、頭を撫でてから背中をとんとんとリズム良く叩いてやる。
グレンはくすぐったそうに身を軽く捩ってから、ドーヴィへ抱き着くように胸元へ顔を寄せた。密着した体、お互いの足が触れ合ってじゃれるように突きまわす。
ここで、大人の色気よろしく、絡めあって夜の雰囲気に……とならないのが、何ともグレンらしいところだ。インキュバスとしては物足りないかもしれないが、ドーヴィとしてはそういう男の子らしいじゃれ合いも面白いものだと思っている。
しばらく、お互いに蹴り合って遊んでいたのち、満足したのかグレンは大人しくなって姿勢をもぞもぞと変えていた。落ち着いたところで、ひとつあくびを。
「ふぁ……おやすみ、ドーヴィ」
「ああ、おやすみ、グレン。良い夢を」
そっと、自分より顔一つしたにあるグレンのつむじに唇を落とす。すぐに、胸元から健やかな寝息が聞こえ始めた。
明日の朝も、身支度は全て自分たちで行う、とメイドの訪問を断ってある。
「ゆっくり眠れよ、グレン」
そう言って、ドーヴィは愛しそうに目を細めてグレンの頭を優しく撫でた。
---
添い寝してるのにエッチにならないグレンくんも良いと思うのです
かと思って油断していると(?)突然、「エッチなことしたい」ってお誘いしてくるのでグレンくんは本当に無敵です(???)
クラスティエーロ王国にある王城の一室、アルチェロの私室でたった今、ドーヴィから報告を受けたアルチェロは頭を抱えていた。
「なんでストレス発散のための慰安旅行でそうなっちゃうかなぁ!?」
「知るか、元ガゼッタ王国の貴族に聞けよ」
「ほんと信じられない、もう貴族全員総とっかえの方が早い気がする……」
アルチェロはしばらく呻いた後に、深いため息をついて顔を上げた。
「で、グレン君は、休息が必要なんだって?」
「ああ。ありゃあそのうち怒り任せに魔力暴走するぞ」
「……ちなみに、グレン君が魔力暴走したら、どうなるかな?」
「そうだなあ……まあこの国ごと吹っ飛ぶぐらいはあるんじゃないか」
まあ、そうなる前にドーヴィが止めるが。魔力暴走の末に魔力枯渇程度で済むならとにかく、グレン程の魔力を放出するとなると、そもそも肉体の方がもたない。
ドーヴィの予想を聞いて、アルチェロは再度頭を抱えてテーブルに突っ伏した。見える動く地雷、とは思って丁重に扱っていたが、予想以上の破壊力を持った特大地雷だったらしい。
「これはボクも認識を改めなきゃねぇ……」
そう呟いた後、アルチェロは個人の手帳を取り出した。王ともなれば、スケジュールは全て秘書の役割を持つ侍従が行ってくれるものだが、それとは別にアルチェロは個人でも重要関係者のスケジュールをまとめている。誰にも見せない、王の秘密のスケジュール手帳だ。
何枚かページを捲り、ぶつぶつと呟くアルチェロ。その後、またしても大きくため息を吐いてからドーヴィを見上げた。
「うん、何とかグレン君が休暇を取れるように調整するよ。辺境に戻ってゆっくり、なら一か月ぐらいまとめて取った方がいいよねぇ」
「そうだな」
「その代わり、完全な休暇じゃなくて書類仕事ぐらいはやって貰おうかな。王都と辺境を往復する政務官や騎士は大変だろうけど……」
その言葉にドーヴィは肩を竦めて「その大変さと国が亡ぶのとどちらが良い?」と言った。それを言われてしまえば、アルチェロは乾いた笑いしか出てこない。
「はあ。どうにか体裁を整えないとねぇ……病気療養のため、とかは絶対ダメだろうし……参ったな」
「頑張れ、お前の言い訳づくりにこの国の全部がかかっているからな」
「もう、君は他人事だと思って! 人間はね、そういうのが大切なんだよ!」
「悪魔だから関係ねーな。じゃ、俺はグレンの元へ戻るわ」
ひらひらとドーヴィが手を振ると、アルチェロも同じように座ったままだらしなくドーヴィに手を振った。王族としてはあるまじき振る舞いであるが、それはもう私室であるし、何より相手は悪魔だ。そこに人間の礼儀を説いても無駄である。
フッと姿を消したドーヴィを見送ってから、アルチェロはテーブルにまたしても突っ伏した。
「はぁ~、ボクにもケチャがいてくれれば……またたびでも用意したら釣られないかなぁ……」
姿を消してしまった黒猫の悪魔を思いつつ、アルチェロはグレンの休養について頭を巡らるのだった。
☆☆☆
ドーヴィが転移で戻ってきたのは、コサコレ男爵の屋敷。その中の、客室である。
男爵を捕縛し、屋敷を制圧したグレン一行は、屋敷に残っていた使用人に命じて客室を用意させ、そこにそれぞれが泊っていた。
「おお、ドーヴィ、戻ったか。アルチェロ陛下はなんと?」
「頭抱えてたぜ」
ドーヴィは嘘偽りなく答えた。ただし、重要なグレンの休養については言わない。嘘は言っていないが、本当の事も言わない。
今、グレンに休養を提案しても本人が絶対に断るだろう。
コサコレ男爵はおろか、タバフ男爵の娘の件も含め、貴族間に広がる闇は深い。それらを早く打ち払わねば、と正義感を胸に抱いているグレンである。
そのグレンが、この状態で休めと言っても首を縦に振るわけがなかった。故に、ドーヴィは暗躍して裏で事を進めているのだ。
「……まあ、そうだろうな……ただでさえ貴族の数が足りないと言うのに、この体たらくでは……。恐らく、他の領も大部分がこのコサコレ男爵の領と同じような状況なのだろう」
「それはアルチェロも言ってたな。……さすがに、全領をグレン一人で視察に回ってたら進まねえ。アルチェロとお前に恭順の意を示している伯爵連中を使って、一斉視察するしかねえだろうよ」
ドーヴィの言葉に、グレンは難しい顔をする。簡単な夕食を終えて、寝るばかりだというのに、グレンはまだまだ難しい事を考えているようだ。
「だが、伯爵が領の不正や今回のような悪事を見つけたとして、大人しく報告するとも思えん。むしろ、代官と共謀してもみ消すのではないかと思うのだが」
グレンの懸念は正しい。これまで好き勝手にやってきた伯爵達が、いきなり誠実な貴族になる可能性の方が低いだろう。代官側も、大人しく摘発されるとは思えない。
何しろ、現にコサコレ男爵が家族を放置してまで自領を捨てて脱出しているのだから。
コサコレ男爵の妻子については、重要参考人として屋敷内にある使用人の部屋に軟禁している。残念ながら、金切り声を上げてヒステリックに政務官や騎士を罵倒する夫人や娘に、まともな貴族としての振る舞いを求めるのは厳しかったからだ。
ちなみに、夫人と娘の身柄を抑える場面にはアンドリューとガルシアが結託して、グレンを立ち会わせなかった。……口汚く政務官や騎士を罵る夫人の姿を見ていれば、間違いなく二人の英断だったと言えよう。
難しい事を考えて難しい顔をしているグレンの両脇をドーヴィは抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。男爵邸のベッドは粗末ではないが、そこまで品質が良いものではない。客室の寝具に掛ける金はない、ということなのだろう。
ドーヴィは両手でグレンの頬を包み込み、むにむにと揉んだ。
「王都に戻ってからアルチェロと相談しねえと始まらないだろ。お前が一人で悩んでも、意味ないぞ」
「むぅ……それはそうだが」
「やめとけやめとけ。余計にストレス溜めるだけだ」
むにむに、顔を揉まれながらもまだ納得がいっていないグレンは唇を尖らせている。
(やれやれ……)
真面目で、正義感と責任感が強くて、心優しい契約主。領民と領地を守るために、と自分の身を差し出す覚悟で悪魔を召喚した少年。
今の状況に、歯がゆい思いを抱えているだろうことは、ドーヴィにもよくわかった。せっかく、旧ガゼッタ王国の悪とも呼べる王族と上位貴族を討ち、直接国政に携わることができる地位を手に入れたと言うのに。
出会う貴族はほとんどがとても国の為に貴族の義務を果たしているとは言えない人間ばかり。それどころか、国に害を与える害虫のような者ばかりだ。
仕方ないな、とドーヴィはグレンの気を紛らわせるために、どこからともなくクランストン辺境領の料理長に作って貰ったクッキーを取り出し。
「ほら、甘いモンでも食って頭を休ませろ」
「んむ」
今日のクッキーは、グレンが大好きなくるみ入りクッキーだ。ドーヴィが口元へ持っていくと、素直に食べ始める。
さくさく。小気味良い音を立てながら、クッキーがグレンの口に消えていく。
「……あれだな、餌付けだな、完全に」
「……?」
ドーヴィの呟きが聞こえなかったのか、それとも意味がピンとこなかったのか、グレンがドーヴィを見上げて首を傾げる。
クッキーを口いっぱいに頬張って、頬が少し膨れているのも何とも可愛らしい。完全に小動物だ。
リスかな??? と思いながらドーヴィはまたしてもどこからともなく、クランストン辺境領のばあやお手製はちみつホットミルクを取り出す。グレンに持たせてやれば、両手でカップを抱えてグレンはふぅふぅと息で冷まし始めた。
「今考えても仕方がない事は考えない。それより、明日、マリアンヌ達が合流してからどうするか、を考えた方がいいんじゃないか」
「ごくん……そうだな……確かに……」
先ほどまでの難しい顔を緩ませて、グレンはドーヴィの言葉に頷いた。やはり、辺境の味はグレンの心を癒す効果があるらしい。
明日、後追いでタバフ男爵領から移動してくるマリアンヌ達と交代で、アンドリューとガルシア団長達は王都へとコサコレ男爵達を移送することになっている。
ガルシア団長は自分が宰相閣下の護衛に残った方が良いのではないかと訴えたが、当のグレンが「それだけの人数を移送するのだから、騎士の数は多い方が良いだろう」とその案を却下していた。
……そして、グレンがけろりとした顔で「何かあれば私も戦うから安心してくれ」と言うものだから……それを言われたら、魔法の余波で地面を転がることしかできなかったガルシアには何も反論はできない。
ちなみにアンドリューは「それは違う意味で不安だ……っ!」と悶え呟き、ドーヴィへ熱心に『宰相閣下のおもり』を頼み込んでいたりもする。
と、日中のあれこれをドーヴィが思い出している間に。マリアンヌへの頼みごとを考えていたグレンは、甘いおやつと温かいミルクで胃が満たされたのか、こっくりこっくりと船を漕ぎ始めていた。
「おっと。そろそろ寝るか」
「ん……ドーヴィは、どうする?」
小さくあくびをしながらグレンがドーヴィの服の裾を掴む。完全に無意識だ。……そうされて、まさか廊下で夜番をする、ともドーヴィが言えるわけもなく。
「男爵達が拘束済みとはいえ、何があるかわからないからな。今夜は俺もここで寝るよ」
「そうか!」
嬉しそうに声を弾ませて、グレンはいそいそと毛布に潜り込み、隣に空間を作ってドーヴィの方を見ている。
「っとに、お前は可愛い奴だよ」
「僕は、そんな可愛くないぞ?」
「俺からしたら、契約者史上最強に可愛い」
グレンは不思議そうに目を丸くして、自分の顔を手でぺたぺたと触っている。見た目が可愛いのはもちろんとして、その振る舞いがいちいちドーヴィの心を掴んで離さないわけだが。
それを口に出す事なく、黙ってドーヴィは毛布に潜り込む。この、寝る直前の眠気が襲ってきているグレンもまた可愛い。魔力酔いの時ほどではないが、ずいぶんとガードが下がっていて素晴らしく可愛らしいのだ。
(……俺、もしかしてショタコンだったか……?)
ふと頭に浮かんだ、この世界にない単語にドーヴィは一人戦慄する。いやいや、まさかそんな……そんな……。
「グレンは、成人済みだもんなぁ?」
「そうだぞ、僕はもう成人している! 全く、コサコレ男爵は僕の事を子供だと侮って……僕はもう立派な大人なんだぞ!」
「はいはい、そうだな、クランストン宰相閣下の仰る通りだな」
「ドーヴィ! また僕のこと馬鹿にしてるだろ!」
してねえって! とドーヴィは笑いながら、部屋の扉の外、廊下へと魔力を飛ばす。その魔力の動きに気づいたグレンがじっと目を凝らして見ていた。
グレンの視線に気づきながら、ドーヴィは速やかに部屋の前に分身体を立たせる。もちろん、鋭い目つきは本物の40%増しだ。
「いつ見ても、恐ろしいぐらいにスムーズな魔力移動だ……」
「そりゃな、俺らは人間と違って呼吸レベルで出来るものだからなあ」
ドーヴィは毛布をグレンの肩までかけてやり、頭を撫でてから背中をとんとんとリズム良く叩いてやる。
グレンはくすぐったそうに身を軽く捩ってから、ドーヴィへ抱き着くように胸元へ顔を寄せた。密着した体、お互いの足が触れ合ってじゃれるように突きまわす。
ここで、大人の色気よろしく、絡めあって夜の雰囲気に……とならないのが、何ともグレンらしいところだ。インキュバスとしては物足りないかもしれないが、ドーヴィとしてはそういう男の子らしいじゃれ合いも面白いものだと思っている。
しばらく、お互いに蹴り合って遊んでいたのち、満足したのかグレンは大人しくなって姿勢をもぞもぞと変えていた。落ち着いたところで、ひとつあくびを。
「ふぁ……おやすみ、ドーヴィ」
「ああ、おやすみ、グレン。良い夢を」
そっと、自分より顔一つしたにあるグレンのつむじに唇を落とす。すぐに、胸元から健やかな寝息が聞こえ始めた。
明日の朝も、身支度は全て自分たちで行う、とメイドの訪問を断ってある。
「ゆっくり眠れよ、グレン」
そう言って、ドーヴィは愛しそうに目を細めてグレンの頭を優しく撫でた。
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添い寝してるのにエッチにならないグレンくんも良いと思うのです
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