『性』を取り戻せ!

あかのゆりこ

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本編

17)順調な視察……なはずだった

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 人員を他の班へ移動したことで少人数になったクランストン宰相の視察班は、順調に領地を見回っていた。

 城下町、と呼べるほどの規模ではないが画期的な市街地を見学し、威勢の良い声が飛び交う漁港へ。そこで海産物の水揚げの様子や港の説明、船や桟橋などの施設を見学しつつ、漁港を仕切る協会長と面会。

 宰相と言う立場の貴族に震えあがっていた協会長だったが、そこはグレン信者……改めグレン派貴族に名乗りを上げたタバフ男爵が上手く間を取り持ってくれた。

「それにしても、実に活気のある素晴らしい領地だ」
「お褒めに預かり、光栄にございます」

 他領への街道の様子を見ながら、男爵の屋敷へと戻る馬車の中、グレンは大いに頷いていた。向かい側に座るタバフ男爵も昨日の怯えっぷりとは打って変わって、にこやかな笑みを浮かべている。

「……ところで男爵」
「はい、なんでございましょう」
「貴方を代官からこの地を治める領主へと任命しようと思うのだが、やる気はあるだろうか」
「!? わ、わ、わ、私が領主に!?」

 タバフ男爵は目をまん丸にひん剥いて大きく仰け反った。

 それだけ、代官と領主では立場が全く違う。代官はあくまでも領主から任を受けて領地を治めている立場に過ぎない。

 基本的に、領主は複数の領地を持つ上位貴族や伯爵に与えられる役職だ。子爵、男爵となると任命されて代官として過ごす家が多い。特に男爵ともなれば、領地を持たない代官止まりであることがほとんどだ。

 ライサーズ男爵のように、「わざと本人に領主をやらせる」ことで領地に封じ込めるなどの政治的理由がない限り。逆に言えば、「領地を持つよりも王都に住みたい」あるいは「国内を渡り歩きたい」と言った理由がある貴族は領主を辞退することもある。

 しかし、領主の座を辞退する貴族なぞ、物好きしかいない。普通は喜び勇んで受け取るものだ。

 ……巡り巡って急に手元に領主の座が転がってきたグレンも、例外だ。普通は喜ぶものだ、普通は。グレンは死ぬほど嫌そうに受け取っていたが。

「し、し、し、しかし、わ、わ、わ、わ、私のような、粗忽者が、領主とは……」

 どっと噴き出した脂汗をタバフ男爵はハンカチで必死に拭いながらあわあわと言い立てた。それに対して、グレンは悠然と馬車の座席に背を預けたままだ。

「これだけ活気のある領地を見ていれば、男爵の経営手腕も確かだとわかる。……どのみち、前公爵は一切、領地経営に関わっていなかったのだろう?」
「それは……確かに、そうではありますが……」

 その辺も事前に調査してある。むしろ、前公爵は領地経営の邪魔しかしなかったほどだ。突然税率を上げたり、急に食料をかき集めたり、いきなり他領との行き来を禁じたり、その他もろもろ。

 タバフ男爵がどれだけ振り回されてきたか、報告書を机上で読むだけでもグレンを筆頭に政務官は皆、涙を禁じ得なかったものだ。なお、タバフ男爵以外にも被害者は多数いる模様。

「さすがに爵位をいきなり格上げすることはできぬ。しかし、この領地をこれからもタバフ男爵の手腕で守って頂けないだろうか」
「ぐぅっ……! クランストン宰相閣下に……そうまで言われては……っ!!」

 顔を真っ赤にしてタバフ男爵は呻いた。そりゃあ、信奉しているクランストン宰相閣下が、キラキラしたピュアな瞳で自分を見てくるのだからたまったものではない。それどころかちらちらと「ダメかな? ダメ?」と伺うような色すら滲んでいるのだから……だいぶ良い年をしたおじさん男爵としても、無下にはできない。

「力まずとも、従来と変わらぬ仕事ぶりをして貰えればそれで良いのだ」
「はっ、はい……このケン・タバフ、微力ながらも閣下の願いに応えられるよう、精進してまいりたいと思います」
「おお! それは良い返事を聞けた。では、戻ったらアルチェロ陛下に上申しようと思う」

 グレンはぱぁぁっ! と効果音が付きそうなほどに顔を明るくして、にっこりと笑みを浮かべた。それでいて、さらりとこの国トップの名前を口に出す。

 天上人の陛下に自分の名前が届く、と聞いてタバフ男爵はひっくり返って失神しそうな勢いであった。宰相閣下の前でなければ、泡を吹いて倒れてそうだ。

 そうと気づかぬグレンはただニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。物理的に数が少なくなった貴族の中に、これほどまともな人が残っていて、それでいて自分に協力的なのだから、喜びが隠し切れないのだ。

 一方のタバフ男爵は、この世の終わりのように顔を青くしたかと思えば、大出世に浮かれて顔を赤くしたりと忙しい。男爵の身分で領主となれば、それはもうゆくゆくは爵位の変更も……という話にもなるし、子孫達の立場もしばらくは安泰と言うものだ。下位貴族が夢見る、領地持ち貴族である。

 と、そんな二人を乗せた馬車が、突然、大きく揺れて止まった。異常事態に気づいたタバフ男爵とグレンは、それぞれ眼差しを強くする。

「何事だ!」
「はっ! 後方の荷車が、山賊に襲われているようです!」

 タバフ男爵が御者に聞けば、緊迫した声で事情が説明された。後方の荷車と言えば、視察の際に買い集めた様々な荷物が乗っている。わかりやすく言えば、屋敷に残って絶賛調査中のアンドリュー班とマリアンヌ班のためのお土産だ。

 領地の食材や名産は誰も知っておくべきだ、とグレンが労いも含めて大盤振る舞いした結果でもある。その結果、政務官や護衛騎士達から並々ならぬ信奉心の高まりを迎えたのだが、それはいつもの事なのでおいておいて。

 グレンは落ち着いた様子でふむ、と首を捻った。

「男爵、この街道は山賊がよく出没するのか?」
「いえ、そのような被害報告は受けておりません……そもそも、貴族の馬車を襲おうという者はこの領地にはいないでしょう」
「確かに。襲うとしても、普通なら商人だろうな」

 今日のグレン達が使っている視察用の馬車は、周囲からはっきりとわかるようにタバフ男爵家の家紋を掲げている。どこから見ても貴族の馬車であり、その馬車に続く荷車を襲うというのは、信じられないことであった。

 特に、前公爵が恐怖政治と言えるような劣悪な政治を敷いていたこの領地であれば。貴族に逆らえば、何の裁判もなくその場で首が飛ぶというのに。

 冷静なグレンとは反対に、タバフ男爵は顔を青くして窓から外の様子を伺っていた。ここで万が一にもクランストン宰相本人はもちろん、他の政務官や王都の護衛騎士がケガでもしようものなら大問題になる。何とか自領の騎士たちが活躍してくれることを全力で祈っていた。

 しばらくして。二人の乗った馬車の扉がノックされる。タバフ男爵が小窓を除けば、男爵家の騎士団長だった。

「男爵、安全が確保されたと言うなら我々も様子を見に行かないか」
「は……」
「……襲ってきた山賊の顔を眺めたい」
「は、はいっ!」

 言い直したグレンの言葉に、タバフ男爵は飛び上がらんばかりに怯えて返事をした。

 グレンという個人がタバフ男爵にとって頼れる良き上司であろうとも、同時に、悪には一切容赦しない隻眼の大魔術師でもあり、クランストン宰相でもあるのだ。この場が一気に血生臭い事になるのではないかとタバフ男爵は息を詰めながら、グレンと共に馬車を降りた。

 どこかざわついている雰囲気の中、二人はすぐに側へ寄ってきた騎士を連れて馬車の最後尾へと足を向ける。

 残念ながら荒事が苦手なタバフ男爵はすっかり身を小さくし、グレンはと言えば険しい顔をしていた。その表情を見た騎士たちが、より一層緊張を高める。

(いざとなったら僕が魔法で吹き飛ばせばいいけど……いいけど、手加減、できるかなぁ……)

 ……どちらかと言えば、どうやって敵を生き残らせようか、と悩んでいるだけだったりする。血が流れる前に灰も残らず木っ端微塵になる可能性の方をクランストン宰相閣下は心配していたのだ。

「閣下」
「ドーヴィか。状況は?」
「賊は一部殺しましたが、大半は捕縛に成功しています」

 どこからともなく現れたドーヴィが当然のように、グレンのすぐ横に立った。護衛の騎士も、わかっていたようにドーヴィへ場所を譲る。

 騎士たちが立っているところへ、グレンとタバフ男爵が到着すれば人垣は自然と割れた。その間をグレンは悠々と歩く。馴れていないタバフ男爵は、本来であれば責任者としてこの場を治めなければならないにもかかわらず、グレンの後ろをこそこそと歩いていた。

 グレンの目の前には、複数の男たちが手足を縛りあげられて転がっていた。自害防止のためなのか、それとも口汚いからか、ご丁寧に猿轡まで噛ませてある。実に素晴らしい手際の良さだ。

 他にも、気絶して倒れているらしい賊を、騎士たちが順次、拘束している。それら全体を見渡し、グレンは目を細めた。

「……ふむ、20人、30人程度か」
「林の奥に潜んでいた賊も捕えてあります」

 そう言ってドーヴィは一人だけ汚れていない男へ視線を向けた。屈強な賊と違い、ひょろりとしたその男はぎょろぎょろと目を動かして周囲を伺っている。

 グレンはその男をじっと見た後、その他の地面に転がっている男たちもじろりと一通り見つめた。黙ったまま考えこむグレンの姿に、焦ったのかタバフ男爵が声を掛ける。

「あ、あの……閣下……?」
「……タバフ男爵、この賊の身柄は私が預かっても良いだろうか」
「は、はひぇ?」

 予想外の言葉に、タバフ男爵は目を白黒とさせた。そんなタバフ男爵を見上げ、グレンは眉を潜めたまま思い当たってしまった推測を話す。

「どうも、ただの平民上がりの山賊とは思えん。肉付きは良いし、持っている装備もかなり品質の良いものに見える」
「っ!? た、確かに……」
「平民が山賊集団を組むとして。そのような装備を人数分揃え、かつ、これだけ健康的な良い体格の男を集めることができるだろうか? ……私は、こいつらはただの山賊ではなく、何かしらの依頼を受けた傭兵かどこぞの貴族の騎士崩れではないかと推測している」
「!!」

 グレンの推測を聞いたタバフ男爵は息を飲んだ。つまり、最初から目的は自分の命か、クランストン宰相の命。タイミングを考えても、クランストン宰相を狙ったものに違いないだろう。

 そして、タバフ男爵はもう一つの懸念に思い当たり、今にも倒れそうなほどに血の気が引いていた。

 そう、男爵家に内通者がいる可能性だ。

 今日、この時間にクランストン宰相がこの道を馬車で通る――その情報を、誰かが他へ漏らした可能性がある。視察自体の情報は公になっているとは言え、視察の順序や詳細なルートは伏せられていた。その状況で、ピンポイントに狙ってくるとなれば……。

 無論、屋敷を出てからずっとこの視察団を追跡していた可能性もあるだろうが……この大所帯が、一切周囲に気づかれずに移動しているのは無理筋だろうし、情報だけを取得していたとしてもルートを先読みして移動するのは難しいだろう。

「ガルシア!」
「ハッ! こちらに」

 グレンが強く名前を呼んだのは、王都から連れてきた護衛騎士であり、本視察団の護衛団長を務めるガルシアだ。元はアルチェロがマスティリ帝国から連れてきた騎士の一人である。ずんぐりむっくり、と言った表現が似合いそうな、ベアーマンだ。

「賊の尋問を任せたい。そうだな……この人数を町に入れると、民に余計な不安を与えるだろう……どこか良い場所はあるか、タバフ男爵」
「はっ、はいっ! で、でしたら、港の倉庫を使うのはいかがでしょう」
「うむ。ガルシア、人員の調整と段取りを頼む。タバフ男爵、数名ほど騎士をお借りしてもよろしいか」
「もちろんですとも!」

 タバフ男爵は振り返って、男爵家の騎士団長に指示を出す。ガルシアはガルシアで、王都から随行してきたメンバーから『尋問』向きの騎士を選抜し始めた。

「ああ、そうだ、ガルシア、誰か屋敷へ早馬を出してくれないか」
「ハッ。……同時に、怪しい動きをする人間がいないか、気を払うようにした方がよろしいですか」

 ガルシアはタバフ男爵に聞かれないように声を潜め、身を屈めてグレンに囁く。熊のような図体の影で、グレンは頷いた。

「我々が山賊に襲われたという情報だけ公開し、詳細は不明と。アンドリューとマリアンヌにだけ、我々が無事で賊も全て捕えて尋問中だと伝えるようにしてくれ」
「ハッ」

 短く答え、ガルシアは一人の男の名前を呼んだ。ガルシアと同じく、マスティリ帝国からアルチェロについてきた信頼のおける青年騎士だ。

「男爵、護衛が減る分、隊列の再編もせねば」
「あっ、そ、そうでした、ええっと……」
「……閣下、失礼いたします。僭越ながら、私は閣下の馬車に同乗させて頂けないかと」
 
 二人の会話に割って入り、クランストン宰相に声を掛けたのは。それはもちろん、グレンが重用して止まない護衛のドーヴィだ。そうでなければ、貴族の会話に口を挟むなどあり得ない。

 その発言に、グレンは重く頷く。それだけで、ドーヴィが特権を持っていることを示していた。貴族の会話を遮っても処罰されることなく、むしろ意見を取り入れて貰えるほど強い立場の護衛。

「私が狙われている可能性が高いからな。タバフ男爵、手狭になるがそれで良いだろうか」

 クランストン宰相に言われ、タバフ男爵に拒否権はない。首をぶんぶんと縦に振る。むしろ、タバフ男爵としてもクランストンの反乱でグレン本人と共に王族と上位貴族に立ち向かったと言う剛の者が同乗してくれるなら、心強い。

 そうして慌ただしく馬車の振り分けや護衛の変更を経て、再度クランストン宰相一行はタバフ男爵の屋敷へと再出発した。

 一行とは反対方向、漁港のある方へ向かって、ぞろぞろと賊が縄を引かれて歩いていく。賊の死体は所持品の検分を終えたのちに、海に捨てられることになっていた。

「それにしても厄介な事になったものだ」

 動き出した馬車の中で、グレンは大きなため息をついた。順調な視察を済ませ、後は屋敷に戻って昨晩のように美味なる晩餐に舌鼓を打つだけだったはずなのに。

 ……その後は、夜にまた温泉でドーヴィとアレソレ教えて貰うはずだったのに。

「……犯人め、許さん」

 静かに怒りを滾らせるクランストン宰相を前に、タバフ男爵はもう死人のような土気色の顔をして白目を剥いていた。タイミングが悪すぎたせいで、グレンの怒りがいつもの3倍以上になってしまったのは、本当にタバフ男爵にとって不運であった……。


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コメディなのでそんなシリアスな展開はありません!!
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