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本編
16)タバフ男爵領に住んだら健康になりそう
しおりを挟む美味しい食事に温かい温泉、そして適度なハッスルとくれば、後に続くのは大変スムーズな入眠だ。
予定していたアンドリュー、マリアンヌとの最終調整が終わった後、グレンは大きなあくびをしていた。これは相当眠いんだろうな、と判断したドーヴィが早々にベッドに運び、転がしたところでグレンはまぶたを下ろしてしまう。
「くぅ……くぅ……」
「いくらなんでも早すぎだろ」
少しばかり呆れつつも、ドーヴィは手早くグレンを寝着に衣装チェンジし、毛布を肩までかけた。今夜は一緒に寝ると約束してあったから、隣の護衛専用客室にいるのはドーヴィの分身体だ。用意してくれた男爵には申し訳なく思いつつも、ドーヴィは一瞬だけ客室に移動し「一晩ゆっくり過ごしました」と言わんばかりの工作をしておく。
グレン用の客室前には、タバフ男爵が用意した護衛騎士が直立不動で立っている。わざわざ二人も用意してくれたことから、タバフ男爵がいかにグレンを丁重に扱っているかよくわかった。
以前グレンに聞いた、「夜中に護衛騎士の手引きで子息や令嬢が襲ってきた」という事件を考えれば、やはりタバフ男爵は実に優良な貴族なのだろう。やはり旧ガゼッタ王国の貴族は、あまりにも度し難すぎる醜悪さだ。客を襲う前提で騎士を配置するなんて信じられない。
それでもグレンがこれまで命を落とさず、なんとか童貞と処女を守って来れたのもクランストン辺境家に忠誠を誓っていた騎士の面々のおかげだ。彼らがいなかったら、グレンは早くにどこかの貴族にその血脈を利用されていたはずだ。
きっちりと客室全体に過保護すぎる結界やら警報やらを仕掛け、ドーヴィはさらに明日の視察ルートを事前にチェックする為に転移を繰り返し、さらにさらに王都に戻ってアルチェロに視察の状況を報告し、さらにさらにさらに辺境へ飛んで料理長へグレンの食事状況について連絡し……と、ドーヴィは忙しい。眠らない悪魔だからこそできる、東奔西走の大活躍だ。
と、あちこちに出回っていると。そばにぬくもりが無い事に気が付いた熟睡中のグレンが眉を寄せ始める。
「ん……んー……うう……」
健やかな寝息はだんだんと形を変え、唸り声のようになり。片手でベッドの空いた空間をかいているのは、隣にいるべき人物を探しているからだろう。
「おっと、悪い悪い。今夜は一緒に寝るって契約だったな」
グレンの変化に気づいたドーヴィは持っていた書類を一瞬で片付けて、グレンの隣に体を滑り込ませる。夜を駆けたせいで冷えた体を魔法でさくっと温め、ついでに毛布の中も快適な温度に固定しておいた。
何もない空間を探していたグレンの片手はドーヴィを見つけて満足したのか落ち着きを見せている。そしてグレン本体もごろりと寝返りを打ってドーヴィにぴったりとくっついてきた。
「ぐー……」
苦しそうな唸り声から一転、豪快ないびきへ。そのうち、むにゃむにゃと口元を動かしてからグレンの寝息は静かなものに変わって行った。
「やれやれ」
すっかり甘えん坊なグレンの小さな体を抱きしめ、ドーヴィも目を閉じた。眠る必要はないが、眠ろうと思えば眠ることもできる。夢は見ない、悪魔だから。
☆☆☆
翌朝、すっきりとした目覚めを迎えたグレンは大きく伸びをした。久々によく眠れた気がする。見れば、隣で寝ていたドーヴィも体を起こして、肩を回していた。
「お」
ドーヴィが小さく声を漏らす。なんだろう、とグレンがドーヴィの視線の先を見れば――そこには、少しだけ膨らんだ自分の股間があった。
「うわぁっ! 見るなっ!」
「なんだよ昨日あれだけたくさん触ったし今夜も触らせてくれる約束だろ」
「そっ、それは、それは……夜だからいいんだっ!」
顔を赤く染めたグレンは毛布で股間を押さえつけて、ドーヴィの視界から隠そうとする。ドーヴィはニヤニヤ笑いながらグレンの手を退かそうと、ちょっかいを出していた。
とは言え、ドーヴィが本気を出せばグレンの腕力なんて無いに等しいもの。あくまでも、ちょっかいを出している程度なのが、何ともグレンを可愛がるドーヴィらしかった。
「っと、メイドが起こしに来たな……グレン、さすがにそれはまずいからちょっと手を退かせ」
「う……わかった」
しぶしぶ、ドーヴィに言われたとおりに手を退かす。ドーヴィが何をするかわからずとも、この姿をメイドに見られるのよりはマシだ。
そう思っていると、ドーヴィの大きな手がグレンの股間を覆う。ドーヴィの手が離れた後には、すっかり小さくなって通常状態に戻ったグレンの股間があった。
「お、おお……!」
「ま、こういうのは俺の専門だからな」
「た、助かった……」
初めてのことにどうしたら良いかパニックになっていたグレンは、安堵して顔を両手で覆った。やはり、年頃で誠実なグレンらしく、メイドに見られるのは恥ずかしかったらしい。
これがどこぞの貴族なら、そのままメイドにわざわざ見せつけたうえで、ベッドに連れ込むところだ。全く、本当にガゼッタ王国の旧貴族の倫理観はどうなっていたのか……。
ドーヴィはグレンに室内用の上着を羽織らせた。そしてドーヴィ自身は用意された客室へと一瞬で転移する。別室で休んだはずの護衛がここにいたらおかしいからだ。
しばらくして、控えめなノックが室内に響く。グレンがドア越しに応答すれば、護衛騎士がメイドの来訪を告げた。グレンは自ら扉を開け、顔を覗かせる。
「ぁっ、す、すでに起きておられましたか……!」
「ああ、早くに目が覚めたから書類の読み込みをな。朝食の準備を頼む」
「はっ、はい! すぐにお持ちします!」
「いや、ゆっくりでいいぞ。私が早起き過ぎた」
慌てた様子のメイドに、グレンは優しく笑いかけた。本来であれば、ここでメイドが客人を起こし、世話をしてから朝食が運びこまれるというもの。そのタイミングを逃したメイドは、場合によっては『対応が遅い』と叱られかねない。
そうならないように、グレンは「朝食が届くまでゆっくり書類を読み進める、気にするな」と護衛騎士にも聞こえるように声を張った。
メイドは顔を青くしつつも、頭を下げて足早に去って行く。もし、彼女に何かあれば、グレンは重ねてタバフ男爵へ口添えをするつもりだ。クランストン宰相は、この程度で罰を与える必要はないと考えている、と改めて知って貰う事にもなる。
「閣下、おはようございます」
「……ああ、おはよう」
先ほどまで同衾していたとは全く匂わせず、隣の客室でよく眠りましたと言わんばかりの顔をしてドーヴィが朝の挨拶をしてくる。メイドと話している間にしれっと廊下で宰相待ちをする列に加わっていたらしい。
変わり身の早さとポーカーフェイスっぷりにグレンは舌を巻きながら、ドーヴィを部屋へ招き入れた。グレンの身の回りの世話は全て護衛がやることになっている、と通達してあるからか、護衛騎士も特に声を掛けることなくドーヴィを中へ通す。
「そうだ、ドーヴィも朝食もこっちで食べるか?」
「いやー、さすがに護衛が主と同席っつーのは、ここじゃまずいだろ」
「む……それもそうか」
「距離感、気をつけねえとな」
事情を知っているクランストン辺境領や、躾の行き届いている使用人しかいない王城とは場所が違いすぎる。ただでさえ、「護衛を異常に重用している」と使用人の間で囁かれているグレンだ。そこにきて食事まで一緒、となれば、下衆な噂をばらまく人間も出てくる。
まあ、実態はその噂の内容に近いものであることは間違いないが。かといって、勝手にばらまかれるのも迷惑な話だ。
朝食の準備を待っている間に、ドーヴィは速やかにグレンを視察用の服へ着替えさせる。昨日の夕方からグレンの着替えばかりしているような気がするのは気のせいだろうか。やはり護衛でもなく秘書官でもなく、着せ替え係が正しい役職なのかもしれない。
後頭部でぴよんと跳ねていた寝癖を宥めすかし、ドーヴィはぐるりとグレンの全身を見て頷いた。
「よし。……今日は野外活動向けの服だから、そう苦しくはないだろう?」
風除けのコートこそ貴族らしい金糸の刺繍があしらわれた美しいものだが、その中はグレンが好んで着ている魔術師用の服と変わらない。
「ああ。いつもこれならいいんだが……」
「着飾るのも貴族の仕事、だ」
不満そうにため息をつくグレンの機嫌を直すように、ドーヴィは頭を撫でて額に口づけをした。すると、グレンが顔をあげて「ん」と唇を突き出してくる。甘えん坊なキス待ち顔の何と可愛らしい事か、とドーヴィは一通りグレンの顔を撫でて満足してから、その唇を啄んだ。
ちゅ、ちゅ、と遊ぶように口づけを交わしているうちに朝食の用意ができたようだった。ドーヴィがグレンの顔を離して、頭をぽんぽんと撫でてメイドが近づいてきたと告げる。
「わかった。……はぁ、今日が始まる……」
「頑張れよ宰相閣下」
丸まっていた背中をパシッとドーヴィに叩かれ、背筋を伸ばしたグレンが目を閉じて息を吐いた。頭を切り替えるように、集中しているようだ。
「……ああ。今日は領民とも触れ合う機会がある。新たな国を治める者として、しっかりした姿を見せねば」
目を開けば、そこにいるのは立派なクランストン宰相だ。ただそこにいるだけで、貴族としての貫禄を感じられる。
(切り替えがうまくなるのはいいんだが……息抜きもうまくなって欲しいところだな)
メイド達が用意した朝食を、洗練されたマナーで優雅に食べる姿を後ろから見守りながら、ドーヴィは小さく嘆息した。息抜きと同時に、自分にもちゃんと自信を持って欲しい。大丈夫だ、グレン・クランストンは悪魔のドーヴィからしても、立派な貴族だ。
タバフ男爵が準備した朝食は、やはりこれもグレンの好みにぴったりだったようで、グレンはすんなりと完食していた。
「あの、魚肉ソーセージなるものは珍しいな。味も普通のソーセージとは一風変わりつつも、美味であった」
食後、出された茶を飲みながら言うグレンに、ドーヴィは「そうですね、名産品として扱えるかもしれません」と答えを返す。護衛兼秘書官であるが故に、こうした問答が行われても不思議ではないのだが……食器を片付けているメイドが、珍しそうにドーヴィの顔を見ていた。
一瞬、グレンがむっとしたことを察したドーヴィが心の中で苦笑する。そういうところばかり、目敏い。本人がヤキモチだの嫉妬だのと気づかず、それでいてドーヴィに少しでも好意的な視線が向いていることに気づけば文字通りに「むっ」とするのだから……グレンは、実に独占欲の強い契約主だった。
後でフォロー入れるか、とドーヴィが考えている間に、今度はアンドリューとマリアンヌが来室する。昨晩、最終確認をしたスケジュールの中でさらに微調整が必要になったらしい。
口を挟まず、ドーヴィはじっと年上の部下二人の相談に乗るグレンを見守る。
調整が終われば、クランストン宰相初めての他領視察が始まる。何も起きず、無事に済むことを祈るしかない。
--
スイッチが入るとめっちゃ積極的でエチエチなグレンくんがスイッチオフの時はツンデレ的に恥ずかしがり屋なのが大変に好みです
あとあれだけ甘え下手だったのに、最近はドーヴィにべったり甘えてるのも誠に可愛いです
グレンくんは本当に可愛いなあ……
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