夫の初恋の君が家へ訪ねて来ました

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アシュレッド様とキャサリーン様は所謂幼なじみだ。
同じ年頃の高位貴族である彼らと殿下は、幼い頃はよく一緒に過ごしていたらしい。
美しいキャサリーン様は彼の初恋の君だと噂を聞いた。

しかし第1王子のアストマイオス殿下の婚約者にキャサリーン様が選ばれた。
アシュレッド様は失恋したのだろう。
それでも、殿下の側近である彼は殿下とキャサリーン様と一緒に過ごしていた。

アシュレッド様と殿下とキャサリーン様は同じ年。私は二つ年下だったが、学園で目立つ彼らをよく見ていたので知っている。
殿下がいない時でも、アシュレッド様とキャサリーン様はよく一緒に行動していた。
アシュレッド様はいつも笑顔だった。

学園の卒業パーティーでキャサリーン様が殿下に婚約破棄を告げられた事は学園に衝撃をもたらした。
私は学年が違うので詳しくは知らないが、誰が見ても美男美女が寄り添う姿は眼福で、仲睦まじいご様子だったのだ。

婚約破棄という憂き目にあったキャサリーン様にアシュレッド様が求婚するのではないかと女子生徒の間では噂になった。

しかしそんな事は無さそうで、そのうちキャサリーン様の父親の不正が明るみになり実家は没落。
キャサリーン様は平民になったと聞いていた。

高位貴族の令嬢だったキャサリーン様にとって平民の生活はどれ程辛いことだろう。けれど、今日見たキャサリーン様の整った身なりと未だに侍女が仕えているところを見ると、本当にアシュレッド様が援助してきたのかもしれない。
キャサリーン様は相変わらず美しかった。

「私の顔って丸いわねぇー。目も小さいし。」

鏡に映る自分を見て思わず独りごちる。
それを聞いていたミミリがフォローしてくれた。

「パッと人目を惹くお顔立ちでは無いですが可愛くて親しみが持てて……旦那様もそこがお好きなのでは?」

アシュレッド様の初恋はキャサリーン様。
いつも、…それこそアストマイオス殿下よりキャサリーン様の傍に居た。
彼女が平民になって彼は諦めざる得なかった。
それで、私と婚約したのだろう。

「アシュレッド様に外見を褒められたことなんて無いわ。」
「そうですね。旦那様は口下手そうですもんね。」

彼にプロポーズされても、結婚しても、身体を重ねても、彼の心にはキャサリーン様が居るようで辛かった。
でも貴族同士の結婚に愛を求める方が贅沢だろう。

「…いいの。大切にしてくださっているもの。」

私を心配してくれるミミリに申し訳ない気持ちになる。

「ご免なさい。愚痴っぽかったわ。ただ……今でも美しいままのキャサリーン様に会って、少し自信が無くなっただけ……。」

私はアシュレッド様がずっと好きだった。
学園の図書館にある旅行記のシリーズが好きでいつも通っていたが、そこでよく一人で居る彼を見掛けた。

公爵家子息で成績も優秀な彼は学園内でも人気が高かった。
物静かな彼は殿下の側近の中でも地味な容貌だったが、いつも穏やかな笑みを湛え優しそうな雰囲気の人だった。
それが、図書館で一人で本を読んでいる時はいつも厳しい表情をしていたので意外だった。
会話を交わすことは無いが、静かに時間が過ぎていく。
そんな時間が結構気に入っていた。

学園に通うのは貴族子女のみ。
ほとんどの生徒は家に沢山の蔵書があり、近くに王立図書館もあるため学園の図書館の利用者は少なかった。
人気の無い図書館を奥に進む。
古い本の匂いは私の気分を高揚させてくれる。
大きな本棚を曲がると奥に机があり、いつもそこでアシュレッド様は本を読んでいた。
目的の本を探しだすと、音を立てないようにそっと椅子を引いて腰掛ける。
最初は彼の気配に気を遣いながらも、やがて本の世界へ入り込む。

「あはっ。」

旅行記を読んでいて、滑稽な描写に思わず笑い声が漏れた。恥ずかしさで口元を手で覆い顔を附せる。
顔が熱い。
………けれどアシュレッド様から注意の声は上がらず何の反応も無い………。
そっと視線だけで彼を見ると、口元が僅かに綻んでいた。

それ以来私は彼を目で追うようになっていた。
何に惹かれたのかも分からない。
ただ彼を恋愛対象として意識してしまった。
そして暫くして彼の事が好きな自分に気が付いた。

婚約する前の彼との思い出なんてそれだけだ。キャサリーン様と過ごした思い出の方が遥かに多いだろう。

「アシュレッド様はまだキャサリーン様の事がお好きなのね。」

ミミリに聞こえないようそっと溜め息を吐く。
アシュレッド様が彼女を援助していると言っていた。
彼の心は未だにキャサリーン様のものなのかもしれない。

家で彼はキャサリーン様の傍にいた時のようには笑わない。
勿論、会話中に面白ければ笑うし、私を熱の篭った真剣な表情で見つめてくれる。

ただ、キャサリーン様と一緒に過ごしていた彼はいつも力が抜けたように、へらりと笑っていたのだ。
逆に言えば、キャサリーン様と一緒にいて、笑っていない彼など見たことがない。

だからいつも、私とキャサリーン様の違いを感じていたのだ。

近くで見るとキャサリーン様の腕はほっそりしていて、自分のぷにょっとした腕が恥ずかしかった。

「もう会いたくないなー。」

近くに居ると、彼女と私の違いは瞭然だ。

もう近くで会いたくなんか無い。

そんな私の願いは叶わなかった。
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