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「奥様、申し訳ありません。旦那様に用事があるというご婦人が訪ねてきまして……。」
私が趣味であるレース編みをしていると、執事のレンザが言いにくそうに来客を告げた。
冷静でいつも淡々と仕事をこなす彼のこんな表情は珍しい。
来客の対応に迷っているようだった。
「先触れも無いのでしょ?どなたなの?」
「はぁ…、元侯爵夫人のエルザ様と娘のキャサリーン様です。」
「え?」
キャサリーン様と言えば元ペリルド侯爵家の令嬢で、第1王子の婚約者だった方。学園での先輩だ。
侯爵家の不正が明るみになり実家は没落した。元ペリルド侯爵は投獄され、エルザ様とキャサリーン様は平民となった筈だ。
キャサリーン様は輝くような金髪に深い海のような瞳。
月の女神と謳われた社交界の華だった。
どうしてエルザ様とキャサリーン様が我が家を訪ねて来たのだろう?
「何か援助をして欲しいって話かしら?」
どういう風に断るか頭を巡らせる。
彼女達は平民だが、縁者には未だ彼女を援助する貴族が居るのかもしれない。
縁故のある貴族はみんなペリルド侯爵家との関わりを避け彼女達は市井に放り出されたと聞いていたが………。
「いえ。そういう話では無いようでして……。キャサリーン様の侍女も同行していまして、その方の話では旦那様は今までに随分とキャサリーン様を援助なさっていたようで………。」
レンザは僅かに逡巡した後、困ったように眉を顰めた。
「旦那様と直接話が出来るまで、屋敷に滞在したいと仰るのですが…………。旦那様は一カ月間は戻れないと聞いております。警備上、旦那様が今屋敷を開けているとは教えられませんし。滞在は許可出来ないと申し上げているのですが…………。」
キャサリーン様は聡明で所作も完璧なご令嬢だった。学園では皆の憧れの的。殿下とは本当にお似合いの美男美女だったことを覚えている。
けれども、アストマイオス殿下はキャサリーン様との婚約を破棄して、今はピンクの髪が可愛らしいフローラ伯爵令嬢と婚約している。
平民になった彼女を見かねて、主人が援助する事はあり得ない事では無い。
「取り敢えず私が対応します。」
私は自分で直接彼女達に話を聞く事にした。
「お待たせしました。エルザさん、キャサリーンさん。今日はどういったご用件でしょう?」
もう既に侯爵夫人の肩書きは失っているのだ。
それなのに、エルザ様は私がさん付けで呼んだ事が気に入らなかったようで、眉を引き攣らせた。
「アシュレッド様からはキャサリーンの事は何も聞いていらっしゃらないの?」
キャサリーン様は僅かに期待を込めた表情で私を見ている。
エルザ様はどこか誇らしげに顎を上げて私を見下ろすような視線を向ける。
「キャサリーンさんのことは何も………。」
「そうなのね。」
キャサリーン様はがっかりしたように表情を曇らせた。
以前のような高価な物は身に付けていないが、それでも陶磁器のような肌に艶々輝く黄金の髪は変わらず美しい。
袖口からスラリと伸びた細くて白い腕。
思わず自分と比べてしまう。
誰もが振り返るに違いない。
「奥様がご存知ないのなら仕方ないわ。帰りましょう。いずれ、アシュレッド様からお話になるでしょう。」
エルザ様は勝ち誇ったようなようにそう言うと、ソファーから立ち上がった。
キャサリーン様は諦めたのか帰ろうと腰を浮かせると、後ろに控えていた侍女がもう我慢出来ないというように声を上げた。
「キャサリーン様!私はもう我慢出来ません。想い人であるキャサリーン様を長い間放置しておくなんて!!!アシュレッド様は何を考えておいでなのか!」
キャサリーン様は侍女を振り返り窘めた。
「奥様は何もご存知無いのよ。アシュレッド様には何かお考えがあるに違いないもの。アシュレッド様のご迷惑にならないように帰るわよ。」
キャサリーン様は侍女にそう言うと、私達向かって謝罪した。
エルザ様はそんなキャサリーン様を見ていても、自分は頭を下げること無く、最後まで侯爵夫人のままの態度で帰っていった。
「はぁ。」
キャサリーン様達を玄関まで見送って戻ってきたレンザが、私に申し訳無さそうに謝ってきた。
「奥様、申し訳ございませんでした。」
ベテラン執事のこんな表情は珍しい。
「レンザはアシュレッド様から何か聞いている?」
レンザは数秒考えを巡らすように動きを止めると言葉を濁した。
「いえ……。」
あの侍女の言う通り、私の夫であるアシュレッド様が、昔からキャサリーン様に懸想していることは学園内では有名だった。
私が趣味であるレース編みをしていると、執事のレンザが言いにくそうに来客を告げた。
冷静でいつも淡々と仕事をこなす彼のこんな表情は珍しい。
来客の対応に迷っているようだった。
「先触れも無いのでしょ?どなたなの?」
「はぁ…、元侯爵夫人のエルザ様と娘のキャサリーン様です。」
「え?」
キャサリーン様と言えば元ペリルド侯爵家の令嬢で、第1王子の婚約者だった方。学園での先輩だ。
侯爵家の不正が明るみになり実家は没落した。元ペリルド侯爵は投獄され、エルザ様とキャサリーン様は平民となった筈だ。
キャサリーン様は輝くような金髪に深い海のような瞳。
月の女神と謳われた社交界の華だった。
どうしてエルザ様とキャサリーン様が我が家を訪ねて来たのだろう?
「何か援助をして欲しいって話かしら?」
どういう風に断るか頭を巡らせる。
彼女達は平民だが、縁者には未だ彼女を援助する貴族が居るのかもしれない。
縁故のある貴族はみんなペリルド侯爵家との関わりを避け彼女達は市井に放り出されたと聞いていたが………。
「いえ。そういう話では無いようでして……。キャサリーン様の侍女も同行していまして、その方の話では旦那様は今までに随分とキャサリーン様を援助なさっていたようで………。」
レンザは僅かに逡巡した後、困ったように眉を顰めた。
「旦那様と直接話が出来るまで、屋敷に滞在したいと仰るのですが…………。旦那様は一カ月間は戻れないと聞いております。警備上、旦那様が今屋敷を開けているとは教えられませんし。滞在は許可出来ないと申し上げているのですが…………。」
キャサリーン様は聡明で所作も完璧なご令嬢だった。学園では皆の憧れの的。殿下とは本当にお似合いの美男美女だったことを覚えている。
けれども、アストマイオス殿下はキャサリーン様との婚約を破棄して、今はピンクの髪が可愛らしいフローラ伯爵令嬢と婚約している。
平民になった彼女を見かねて、主人が援助する事はあり得ない事では無い。
「取り敢えず私が対応します。」
私は自分で直接彼女達に話を聞く事にした。
「お待たせしました。エルザさん、キャサリーンさん。今日はどういったご用件でしょう?」
もう既に侯爵夫人の肩書きは失っているのだ。
それなのに、エルザ様は私がさん付けで呼んだ事が気に入らなかったようで、眉を引き攣らせた。
「アシュレッド様からはキャサリーンの事は何も聞いていらっしゃらないの?」
キャサリーン様は僅かに期待を込めた表情で私を見ている。
エルザ様はどこか誇らしげに顎を上げて私を見下ろすような視線を向ける。
「キャサリーンさんのことは何も………。」
「そうなのね。」
キャサリーン様はがっかりしたように表情を曇らせた。
以前のような高価な物は身に付けていないが、それでも陶磁器のような肌に艶々輝く黄金の髪は変わらず美しい。
袖口からスラリと伸びた細くて白い腕。
思わず自分と比べてしまう。
誰もが振り返るに違いない。
「奥様がご存知ないのなら仕方ないわ。帰りましょう。いずれ、アシュレッド様からお話になるでしょう。」
エルザ様は勝ち誇ったようなようにそう言うと、ソファーから立ち上がった。
キャサリーン様は諦めたのか帰ろうと腰を浮かせると、後ろに控えていた侍女がもう我慢出来ないというように声を上げた。
「キャサリーン様!私はもう我慢出来ません。想い人であるキャサリーン様を長い間放置しておくなんて!!!アシュレッド様は何を考えておいでなのか!」
キャサリーン様は侍女を振り返り窘めた。
「奥様は何もご存知無いのよ。アシュレッド様には何かお考えがあるに違いないもの。アシュレッド様のご迷惑にならないように帰るわよ。」
キャサリーン様は侍女にそう言うと、私達向かって謝罪した。
エルザ様はそんなキャサリーン様を見ていても、自分は頭を下げること無く、最後まで侯爵夫人のままの態度で帰っていった。
「はぁ。」
キャサリーン様達を玄関まで見送って戻ってきたレンザが、私に申し訳無さそうに謝ってきた。
「奥様、申し訳ございませんでした。」
ベテラン執事のこんな表情は珍しい。
「レンザはアシュレッド様から何か聞いている?」
レンザは数秒考えを巡らすように動きを止めると言葉を濁した。
「いえ……。」
あの侍女の言う通り、私の夫であるアシュレッド様が、昔からキャサリーン様に懸想していることは学園内では有名だった。
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