70 / 83
はじまりの場所
はじまりの場所(3)
しおりを挟むルトと、どんな会話をしていたのかは全く覚えていない。エイギルに渡せなかった花をかわりに彼にあげて、今日のおやつは美味しかっただの家庭教師の言ってることがさっぱりわからないだの、他愛ない話をしていた気がする。
「お前が来て、どうでもいいことを色々話しかけてきて、それに答えている間だけは、刺客への恐怖も、エイギルへの気遣いも、母上と会えない寂しさも、忘れていられた。ユーリといるときだけ、俺はただの子供でいられたんだ」
それは、自分も同じだったかもしれない。
継母は、我が子同然にユリウスを可愛がってくれたけれど。姉や弟のように甘えてはいけないことは子供心になんとなくわかっていたし、使用人たちの態度が自分にだけ冷たいことも感じ取っていた。
家族の一員でいるために無理に「いい子」を演じていた子供時代で、馬小屋でルトと話しているときだけは、子供らしくいられたような気がする。
「エイギルの結婚式で、俺はお前と再会できるのを何より楽しみにしていたんだ。ユーリだけをずっと目で追っていたから、お前のエイギルに対する気持ちにも気づいてしまった」
「え? ちょっと待ってください!」
ユリウスは柵に預けていた腰を軽く浮かせ、ラインハルトの顔を下から覗き込んだ
「ウェルナー城の庭園では、結婚式での僕のことは全然覚えていないって言ってましたよね? ウェルナー辺境伯令嬢に目を奪われていたって」
「あのときは……、すまなかった」
ラインハルトが視線を揺らし、普段は見せることのない神妙な面持ちになる。
「辺境伯が人質に取った者たちの居場所を突き止めるために、娘に好意があるふりをしていたんだ。他に所有する城や鍵の在り処を聞き出す必要があった。それに、どこから騎士団長や辺境伯の耳に入るかわからないから、ユーリがオメガで、俺と近しい関係にあることを悟られるわけにはいかなかった。だから、お前に対してわざと冷たい態度を取った」
まるで教会で懺悔でもするように、ラインハルトが苦しげに話を続ける。
「エイギルの結婚式で彼女と会ったことは全く覚えていないし、ウェルナー城での彼女への態度は、全て演技だった」
「でも……」
ユリウスは瞳を揺らし、納得のできない気持ちを絞り出した。
「カレン様の侍女が、王弟殿下が都に行かれる前に、お嬢様に愛の告白をされたと言っていました。できれば妾になってほしいと……。『傍にいてほしい』と仰っていたとも……」
ラインハルトが渋面を更に深める。
「あれは……陛下のお言葉を伝えただけだ。辺境伯の離反を阻止できなかった場合は、娘に伝えてくれと言われていた」
『以前、お父上の謁見に同行された折、貴方の防衛や外交に関する見識に深い感銘を受けた。お父上が大罪を犯された以上、辺境伯の爵位は廃さねばならぬが、もし貴方が望むのなら、貴方を王宮にお迎えしたい。できれば私の妾となり、傍で私を支えてほしい』
陛下から託っていたという言葉を、ラインハルトが一言一句違わずに教えてくれた。それを断片的に聞いた侍女が、ラインハルトからの愛の告白だと誤解したのは仕方のないことに思える。
「俺は、それを伝えるのは性急すぎると申し上げたのだが、自棄になって馬鹿なことを考えぬよう、城を発つ前に伝えてくれと仰ったのだ」
馬鹿なことというのは、なんとなく想像できる。
これまで、辺境伯の後継ぎとして大事に育てられてきたのだ。父親も、身分も、将来の夢も、一挙に失っては、未来に希望を持てなくもなるだろう。
それは陛下のご厚情による言葉だが、ただ、ラインハルトからそれを聞かされた彼女の気持ちを思うと、やるせなさに胸を支配された。
781
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる