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嵐のあと
嵐のあと(4)
しおりを挟む都から来たときは、ユリウスもアルミンも、共に馬を連れていた。
アルミンは、その馬で移動するという。ユリウスが故郷に帰れば護衛の任務が終了するため、ユリウスを送り届けたら、その足で都に帰るそうだ。
ユリウスにも、殿下から譲り受けた白馬のアルバがいたが、殿下の馬であるニゲルと再会したとき、二頭は再会を喜んでいるように見えた。人間の都合で再び引き離すのは忍びないため、アルバは殿下に返すことにして、城の厩舎に置いてきた。
妊娠中は乗馬はやめておいたほうがよさそうだし、体調も万全ではないため、長距離を歩くのも無理そうだ。城を出ると、まずは麓の街で馬車を雇った。
ウェルナー辺境伯領からユリウスの故郷までは、馬車だと丸二日かかる。半日ごとに馬車を乗り換え、二つ目の街で宿を取った。翌朝、新たな馬車を雇い、出発した。街を出て一時ほど走ったところに、カッシーラー辺境伯領へ折れる分岐点がある。そろそろかと思っていたら、急に馬車が停止した。
休息を取るには早すぎる。
何事かと窓から顔を出し状況を確認して、ユリウスは息を呑んだ。
前方でアルミンが馬の足を止めていた。そのさらに向こうに、アルミンと対峙する形で騎乗した人が見える。
背が高く、青い騎士服を着たその人物が誰かは、遠目でもすぐにわかった。ラインハルト殿下だ。
都に行っていたはずの殿下は、何故か護衛を一人も連れておらず、単身だった。
止まっていた殿下が馬を歩かせる。
アルミンには目もくれず、その横を通り過ぎ、ユリウスの乗る馬車の方へと近づいてくる。
御者が何事かと胡乱な目でこちらを振り返った。「こいつ、何か騎士様から呼び止められるような悪事でもしでかしたのか?」と疑っている目だ。
その御者の横も通り過ぎ、馬車の窓から顔を覗かせているユリウスの前で、殿下が馬の足を止めた。
馬に乗っているためその顔の位置はほぼ真上を見上げるほどの高さにあり、その背後の太陽光の眩さに、ユリウスは目を細めた。
「どこに行っている?」
逆光で顔は見えないが、その声は明らかに怒気を孕んでいた。
「あの……、えっと……、故郷に帰っているところです。殿下もそうするように仰っていたので……。殿下がいつお帰りになるかわからなかったので、ご挨拶もせずに申し訳ありません」
「そうか」
殿下が押し黙り、沈黙が流れる。
ユリウスは、殿下の不機嫌の理由を、ちゃんと別れの挨拶をしなかったからかと考えた。
挨拶をするのなら、馬車の中から、というわけにはいかない。
「すみません。僕、馬車から降りもせずに……」
馬車の扉は殿下がいるほうとは逆側にある。一旦外に出ようと、小窓から顔を引っ込めたところ……。
「降りる必要はない」
その言葉に引き留められた。
ユリウスは再び、窓から顔を出す。
何故か殿下は巧みな手綱さばきで、馬首を返していた。
「面倒事が片付いたら、お前の家に挨拶にいきたいと思っていたのだ。ちょうどよかった。俺もこれからイェーガー家に向かう」
「え――、ええ!?」
ユリウスは、思わず大声を上げた。
「急いで軍営に戻らなければならない状況ではないのですか?」
護衛もつけずに単身で帰還していたのは、そういうことだろうと思ったのだが。
「急いで帰らなければならない理由のほうから出向いて来たのだから、急ぐ必要はなくなった」
殿下の言っていることは、ユリウスにはよくわからなかった。
殿下が前方にいるアルミンに顔を向ける。
「お前はどうする? 俺たちと一緒に来るか?」
「あー……、えーっと」
振り返ったまま、引き攣らせた笑みを浮かべてぽりぽりとこめかみを指で掻くと、アルミンは馬首を返してこちらを向いた。
「最強の護衛を確保できたみたいなので、俺はここでお役御免でいいですよね? このまま都に帰ります」
喋りながら馬を歩かせ、距離を詰めてくる。
「じゃーね。ユーリ! ちゃんとガイトナー公に、俺のこと、優秀な用心棒だったって手紙で書いておいてね!」
手を上げられ、ユリウスも事情がよくわからないままに手を振った。
「アルミン、色々ありがとう! 都に行ったときは、また会いに行くから!」
殿下はそれ以上何も言わず、御者について来るように顎で示すと、馬を進ませ、まもなくカッシーラー辺境伯領へ向かう道へと折れた。無言のその背中からは、怒りのオーラが伝わってくる。
そう感じているのは、ユリウスだけではなさそうで、御者もおびえた様子で殿下のほうをちらちら窺っている。
やっぱり挨拶もせずにいなくなろうとしたのがよくなかったのだろうか……。
でも、故郷に帰るように言ったのは殿下だしなぁ。
ユリウスには、殿下の不機嫌の理由がわからない。
それ以上理由を考えるのは諦めて、窓から顔を引っ込めた。
今は故郷に帰り着くまでに殿下の機嫌が治っていることを、願うしかなかった。
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