侍従でいさせて

灰鷹

文字の大きさ
上 下
71 / 84
嵐のあと

嵐のあと(4)

しおりを挟む



 都から来たときは、ユリウスもアルミンも、共に馬を連れていた。
 アルミンは、その馬で移動するという。ユリウスが故郷に帰れば護衛の任務が終了するため、ユリウスを送り届けたら、その足で都に帰るそうだ。
 ユリウスにも、殿下から譲り受けた白馬のアルバがいたが、殿下の馬であるニゲルと再会したとき、二頭は再会を喜んでいるように見えた。人間の都合で再び引き離すのは忍びないため、アルバは殿下に返すことにして、城の厩舎に置いてきた。

 妊娠中は乗馬はやめておいたほうがよさそうだし、体調も万全ではないため、長距離を歩くのも無理そうだ。城を出ると、まずは麓の街で馬車を雇った。
 
 ウェルナー辺境伯領からユリウスの故郷までは、馬車だと丸二日かかる。半日ごとに馬車を乗り換え、二つ目の街で宿を取った。翌朝、新たな馬車を雇い、出発した。街を出て一時いっときほど走ったところに、カッシーラー辺境伯領へ折れる分岐点がある。そろそろかと思っていたら、急に馬車が停止した。
 
 休息を取るには早すぎる。
 何事かと窓から顔を出し状況を確認して、ユリウスは息を呑んだ。
 前方でアルミンが馬の足を止めていた。そのさらに向こうに、アルミンと対峙する形で騎乗した人が見える。

 背が高く、青い騎士服を着たその人物が誰かは、遠目でもすぐにわかった。ラインハルト殿下だ。
 都に行っていたはずの殿下は、何故か護衛を一人も連れておらず、単身だった。

 止まっていた殿下が馬を歩かせる。
 アルミンには目もくれず、その横を通り過ぎ、ユリウスの乗る馬車の方へと近づいてくる。
 御者が何事かと胡乱うろんな目でこちらを振り返った。「こいつ、何か騎士様から呼び止められるような悪事でもしでかしたのか?」と疑っている目だ。
 その御者の横も通り過ぎ、馬車の窓から顔を覗かせているユリウスの前で、殿下が馬の足を止めた。

 馬に乗っているためその顔の位置はほぼ真上を見上げるほどの高さにあり、その背後の太陽光の眩さに、ユリウスは目を細めた。

「どこに行っている?」

 逆光で顔は見えないが、その声は明らかに怒気を孕んでいた。

「あの……、えっと……、故郷に帰っているところです。殿下もそうするように仰っていたので……。殿下がいつお帰りになるかわからなかったので、ご挨拶もせずに申し訳ありません」

「そうか」

 殿下が押し黙り、沈黙が流れる。
 ユリウスは、殿下の不機嫌の理由を、ちゃんと別れの挨拶をしなかったからかと考えた。
 挨拶をするのなら、馬車の中から、というわけにはいかない。

「すみません。僕、馬車から降りもせずに……」

 馬車の扉は殿下がいるほうとは逆側にある。一旦外に出ようと、小窓から顔を引っ込めたところ……。

「降りる必要はない」

 その言葉に引き留められた。
 ユリウスは再び、窓から顔を出す。
 何故か殿下は巧みな手綱さばきで、馬首を返していた。

「面倒事が片付いたら、お前の家に挨拶にいきたいと思っていたのだ。ちょうどよかった。俺もこれからイェーガー家に向かう」

「え――、ええ!?」

 ユリウスは、思わず大声を上げた。

「急いで軍営に戻らなければならない状況ではないのですか?」

 護衛もつけずに単身で帰還していたのは、そういうことだろうと思ったのだが。

「急いで帰らなければならない理由のほうから出向いて来たのだから、急ぐ必要はなくなった」

 殿下の言っていることは、ユリウスにはよくわからなかった。

 殿下が前方にいるアルミンに顔を向ける。

「お前はどうする? 俺たちと一緒に来るか?」

「あー……、えーっと」

 振り返ったまま、引き攣らせた笑みを浮かべてぽりぽりとこめかみを指で掻くと、アルミンは馬首を返してこちらを向いた。

「最強の護衛を確保できたみたいなので、俺はここでお役御免でいいですよね? このまま都に帰ります」

 喋りながら馬を歩かせ、距離を詰めてくる。

「じゃーね。ユーリ! ちゃんとガイトナー公に、俺のこと、優秀な用心棒だったって手紙で書いておいてね!」

 手を上げられ、ユリウスも事情がよくわからないままに手を振った。

「アルミン、色々ありがとう! 都に行ったときは、また会いに行くから!」

 殿下はそれ以上何も言わず、御者について来るように顎で示すと、馬を進ませ、まもなくカッシーラー辺境伯領へ向かう道へと折れた。無言のその背中からは、怒りのオーラが伝わってくる。
 そう感じているのは、ユリウスだけではなさそうで、御者もおびえた様子で殿下のほうをちらちら窺っている。

 やっぱり挨拶もせずにいなくなろうとしたのがよくなかったのだろうか……。
 でも、故郷に帰るように言ったのは殿下だしなぁ。

 ユリウスには、殿下の不機嫌の理由がわからない。
 それ以上理由を考えるのは諦めて、窓から顔を引っ込めた。

 今は故郷に帰り着くまでに殿下の機嫌が治っていることを、願うしかなかった。




しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...