売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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過保護な主

過保護な主(9)

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 都に来て初めての発情期ヒートのときだ。
 その日、かすかなフェロモンの匂いを自覚したユリウスは、食料と水を持って、地下蔵に籠ろうとした。家の中にいれば、扉を閉めていても多少はフェロモンが漏れる。ラインハルトに迷惑をかけないためにはそれが一番いいと思っていた。
 しかし、エレナからその必要はないと言われた。
 ユリウスが発情期ヒートになった際には兵営に知らせに来るよう、以前から言われていたのだそうだ。ユリウスの発情期ヒート中、ラインハルトは兵営で寝泊まりする心づもりのようだった。

 ユリウスは自分が地下蔵で過ごすと言い張ったが、聞き届けてもらえず、ギルベルトが一週間分の着替えを持って兵営に知らせに行った。結局、ユリウスの発情期ヒートが終わるまで、ラインハルトは屋敷に戻ってこなかった。

 発情期ヒートが治まった翌日にトマスに会ったとき、彼は『一週間兵営で過ごせる人間なんていないから、きっと娼館に泊まってたんだよ』などと軽口を叩いていた。
 それが真実かどうかはともかくとして、ラインハルトが一週間外泊するほどに、発情期ヒート中のユリウスとの接触を避けたことは事実であった。
 ユリウスはラインハルトにとって、従兄の義弟で、使用人。彼のほうにはそれ以上のじょうは微塵もなかったのだ。

 娼婦以上に相手にされない存在だったことに、発情期ヒート中は毎日枕を涙で濡らしたけれども、それでも発情期ヒートが終わってしまえば、それなりに吹っ切れた気分になった。
 今回は、近くで見ていることが辛くなったときは、使用人をやめるという選択肢がある。エイギルや姉のように、一生付き合っていかなければならない相手ではない。
 そう思えば、一度目より気楽でもあった。

 その頃には料理や洗濯も今より上手くなっているだろうし、使用人をやめたとしてもきっと働き口は他にも見つかるはずだ。密偵の役目を果たせなかったことで貴族に下賜されるならそれでもいいし、許されるなら故郷に帰って、自分にできる仕事をさせてもらえばよい。
 何より、ラインハルトには今は妻も妾もいないため、エイギルのときのように好きでいるだけで誰かを裏切るわけでもない。

 ラインハルトの人となりも、今は少しだけ理解している。
 彼が選定の儀に一度も参加したことがないのは、きっと皆が噂しているように単純に平民のオメガが嫌いだからではない。現にユリウスにも、人として対等に接してくれている。

 彼は平民のオメガであっても、結婚の自由がなく、ただ選ばれるだけの存在であることをよしとしていない。だから、ユリウスに自由をくれて、やりたいことを探すよう言ったのだろう。それは選定の儀で選んでもらうよりも、ずっとずっとありがたいことだ。
 自分にできることは、従僕として仕えている間、彼の役に立てるように、精一杯働くことだけだ。そう思ったら、気持ちを自覚する前と何も変わらないように思えた。

 ラインハルトに頭を撫でられても、あからさまに喜びを顔に出さないように。彼を熱っぽい視線で見つめないように。それだけ気をつけて、毎日を懸命に過ごしているうちに、いつのまにか都に来て三か月が経っていた。



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