売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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従僕を解雇されました

従僕を解雇されました(1)

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 その日、ユリウスはいつものようにワーグナー夫妻の午睡の時間、庭で草むしりをしていた。
 王都の夏は、ユリウスの故郷よりも遥かに暑い。
 暑い以外は特段代わり映えのない毎日が続いていた。

 陛下からの密命を忘れそうになるほど、ラインハルトの動向に不審な点は皆目なかった。朝から馬の散歩をし、出仕したあと、たいていは定時で帰ってくる。ごくたまに休日前には部下の騎士たちに誘われたからと酒を飲んで帰ってくることはあっても、帰りが夜更けになることもなかった。
 そのため陛下に報告する内容も、こんな些細なことでいいのだろうかと首をひねりたくなるような近況報告ばかりになっていた。たまに陛下からくる返事には、「民の暮らしぶりについても教えてほしい」などと書かれているから、適当に理由を作ってラインハルトに頼み、市民街や遠乗りに連れて行ってもらっていた。
 
 手巾で汗を拭いながら塀の影を選んで草をむしっていると、いつものようにトマスが食材や馬の餌を運んできた。ユリウスは荷物を運ぶのを手伝いながら、彼の話を聞くのを毎日楽しみにしている。
 しかし、いつもは陽気な声で挨拶をしてくる彼が、今日は姿を現したときから、何やらそわそわした様子だった。

「ライニ様がなんとかって辺境伯の娘婿になるって噂を聞いたんすけど、本当ですかい?」

 開口一番に放たれたその言葉があまりにも不意打ちだったから、最初は何を言っているのか理解できなかった。
 言葉を理解した瞬間、体中の血が一気に足元へ引いていく感覚に襲われた。
 目の前が暗くなりかけたが、咄嗟に荷車の荷台に両手をつき、しゃがみ込んだため、倒れずにすんだ。

「ユーリ様! どうしました? 大丈夫ですかい?」

 しばらくじっとしていると、血の気が少しずつ戻り、吐き気や体の揺れも次第におさまってきた。ただ、早鐘のような鼓動だけは、いつまでも静まらなかった。

「は……はい。最近、暑くなってきたから、立ちくらみしたようです」

 何とかそれだけ返すと、トマスが心配してユリウスを支え、軒下まで連れて行ってくれた。

 その後、体調が戻ったふりをして、トマスといつも通りの他愛ない話をしたはずだが、その内容はほとんど覚えていない。

 ラインハルトの結婚――。
 覚悟はしていたが。まさかその日がこれほど早く来るとは、思ってもいなかった。

 トマスからラインハルトの『婿入り』の噂話を聞いた二日後。夕餉の後に、ワーグナー夫妻も揃っている席で、ラインハルトが「話したいことがある」と改まった様子で話を切り出した。
 てっきり婿入りの話かと思い身を固くしたが、話の内容はユリウスの予想とは違っていた。

「今度、第五騎士団の副団長に昇格することが決まった」
「あら。おめでとうございます!」

 エレナの弾んだ声で、これはおめでたい話だと気が付いた。
 ラインハルトは、今は第二騎士団の部隊長を務めている。それが第五騎士団の副団長になるのなら、昇格には違いない。
 ただ、そのわりには、いつにも増して彼は浮かない顔をしていた。

「第五騎士団への転属は俺がずっと希望していたことだから、それが叶ったことは確かにめでたい。だが……。当面、都を離れることになる」

 第五騎士団は北方の国境警備を担っている。
 ユリウスの故郷のあるカッシーラー辺境伯領の隣のウェルナー辺境伯領に第五騎士団の軍営があるため、最も身近な騎士団として子供の頃から知っていた。

 元々は国境の警備は辺境伯に一任されていたのだそうだ。王立騎士団は王都や王国領を守るだけで、辺境伯領には派遣されていなかった。
 それが、国中の辺境伯が兵を率いて都を取り囲み、王太后の摂政退陣を迫った『黒衣の変』以降、辺境伯領にも騎士団の軍営が置かれるようになった。

 以前、家庭教師から聞いたところによれば、それは他国への防衛というより、主には国の内側の防衛――すなわち、内乱を抑止するのが一番の目的なのだそうだ。
 『黒衣の変』は、王太后の専横をやめさせるというよい結果に繋がったが、辺境伯が結託することに対して、宮廷は危機感を募らせた。
 王立騎士団を主だった辺境伯領に送り込むことで、辺境伯の動向や軍事力を監視させることと、辺境伯の私兵を減らすことの二つの目的を果たしているらしい。

 その、北方の国境を警備する第五騎士団に、ラインハルトが赴任するという。
 婿入りの話ではないとわかった時点で、ユリウスはこの話に対する興味の大半を失っていた。
 使用人である自分は、当然、あるじについていくことになると思っていたから、「都よりも故郷に近くなるから里帰りしやすくなるな」くらいに呑気に構えていた。


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