侍従でいさせて

灰鷹

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選定の儀

選定の儀(2)

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 宮殿の入り口に立つ衛兵に、出身地と名前、選定の儀に参加する旨を伝える。
 物々しい青銅の扉は半分ほど開け放たれていて、衛兵が鈴を鳴らすと、すぐに奥から人が現れた。

 宮廷の使用人と思われるその男性は、年は30半ばくらい。膝丈のブリーチズに白のソックス、緑のウエストコートとフロックコートを身につけ、首にはクラヴァットを巻いている。くせのあるブラウンの長い髪は背後で一つにまとめられていた。

 服装はユリウスと同様で、コートの生地も、光沢のある艶やかな質感を見るに、おそらく高級品と言われるベルベットだろう。宮廷では使用人も貴族並みの身なりをするのかと秘かに驚いた。
 ユリウスの家では、ちゃんとした格好をしているのは家令じいやくらいで、他の男の使用人たちは皆、足首まである丈の長いトラウザーズを履き、麻のシャツを身につけている。

 ユリウスは身分こそ平民だが、着る物や食べる物で姉弟たちと差別されたことはない。妾だった実母が早くに亡くなったので、父の正妻である継母ははが、姉弟たちと分け隔てなく育ててくれた。
 むしろ、実母に似て体の弱かったユリウスは、実の子供たち以上に気にかけてもらっていた。


 挨拶とともに深々とお辞儀をし、男性について宮殿の中へと足を踏み入れる。
 外から見て宮殿の大きさに驚いたが、城の中の光景もまた、今まで見たことのない絢爛豪華さだった。天井が高く広々とした廊下には、赤い絨毯が敷かれ、あちこちに美しい絵や彫刻が飾られている。
 連れて行かれた控えの間には、同じくらいの年の子らが10人ほどいた。男女の割合は、ちょうど半々くらい。
 案内してくれた侍従はここで待つように言い残し、帰っていく。

 選定の儀に参加するオメガは、毎年だいたい10人前後だと父から聞いている。平民に限ってあるにしても、国中から集めてその人数なので、それだけオメガが珍しいということだろう。


 人には男女の性別以外に、αアルファβベータΩオメガという第二の性というものがある。
 アルファは生まれながらに身体的・能力的に優れた人間が多く、生殖能力においてもそうだと言われている。オメガは小柄で様々な能力が平均より劣ることが多いが、男でも妊娠でき、定期的に発情期ヒートというものがあって、発情期ヒート中はフェロモンという甘い香りを発する。このフェロモンが男女の性別に関係なくアルファもベータも誘惑するせいで、オメガは社会的に厄介者扱いされている。
 けれど、特定のアルファと『つがい』という関係になれば、オメガのフェロモンはつがいのアルファ以外には効かなくなるのだそうだ。

 平民のオメガは、オメガであることがわかった時点で、領主の保護を受けることができる。また、領主には、領民がオメガであることが判明したら、それを保護し貞操を守ることが義務付けられている。そして18歳になったオメガは、王族の妾となるために選定の儀に参加する決まりだった。

 平民の中でオメガだけが特別扱いされるのは、他の性に比べてアルファの子供が産まれやすいからだという。そのため、王族の権威を知らしめ、より優秀な人間を王族に集める目的と、オメガがフェロモンを撒き散らして社会に混乱を来たさないようにという建前で、選定の儀が行われるようになったと父からは聞いている。
 選定の儀で選ばれなかった場合や、一度王族の妾になった後で貴族に下賜されることもあるらしい。

 ユリウスは男女の性は男だが、14才で初めて発情期ヒートを起こしたことで自分がオメガであることを知った。発情期ヒートが落ち着いたところで、第二の性や選定の儀のことを教えてもらった。
 その話を聞いたときは一晩中泣き明かすほど絶望的な気持ちになったけど、一方で、すとんと腑に落ちる部分もあった。

 子供の頃から、どんなに一生懸命考えても、姉や弟みたいに家庭教師の言うことをすぐに理解できなかった。鬼ごっこではいつも一番に捕まるし、2才年下の弟と騎士ごっこをしても、ユリウスがまともに打ち込めたことは一度もなかった気がする。

 だから、なぜ、色んなことを姉や弟のように上手くできないのか、子供の頃からずっと疑問に思っていたことに一つの理由を与えられたことで、駄目な自分を受け入れるきっかけになったと今では思っている。姉や弟と同じレベルを目指すのではなく、自分にできることを探そうと開き直ることができた。



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