侍従でいさせて

灰鷹

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選定の儀

選定の儀(1)

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 城門をくぐり、いくつかの角を曲がってアーチをくぐると、しばらくして馬車が停止した。外から扉が開くと同時に目に飛び込んできた光景に、ほぅ、と感嘆を洩らす。

 広々とした芝生の庭園は、幾何学的な紋様に芝が刈り取られていて、その周りには色とりどりの花が咲き、噴水つきの広い池まである。その奥にそびえ立つ宮殿は、まるで山のように大きなお城だった。

 御者から降りるように促されて、地面に向かって足を伸ばす。
 故郷を出てからずっと、地に足がついていない、ふわふわした気分でいたが、それはきっと、四六時中、馬車に揺られていたせいでもあるのだろう。
 継母ははが用意してくれた新品の革靴越しに感じるのは固い地面の感触で、初めてこの場所に降り立ったことをしかと実感させてくれた。

 
 ここはシャマラーン帝国の首都、ミルヘイムのほぼ中央に位置する、王族の住まいであり政治の中枢でもある、ミルヘイム宮殿だ。
 地方貴族の庶子であるユリウス・イェーガーが馬車で5日間かけて都まで出向いてきたのは、ここで今日行われる『選定の儀』とやらに参加するためだった。

 選定の儀とは、国中から平民のオメガが集められ、王族の妾を選ぶ儀式らしい。

 ユリウスの父は伯爵の地位にあるが、その妾だった母は平民だった。
 この国では、両親が揃って貴族じゃないと、貴族の身分をもらえない。
 その上、平民のオメガに至っては結婚の自由がない。


 ユリウスに続いて馬車から降りようとした付き添いの家令じいやに、「あとは一人で大丈夫だよ」と声をかける。

「しかし……、せめて、宮殿の入り口まで……」

 庭園の中心を真っすぐに宮殿へ向かって伸びる道は、目算で300パッススはありそうに思える。歩数にして、600歩分。50才を越えて足腰の弱って来たじいやにその距離を往復させるのは忍びなかった。
 貴族の場合は宮殿の入り口まで馬車を乗り入れることができるらしいが、平民は庭の手前で馬車から降りるようにと城門の衛兵から言われている。

「せっかくだから、庭を楽しみながら一人でのんびり歩きたいんだ。じいやはみんなと一緒に姉様のところで待っていて。日暮れ前に迎えに来てくれたらいいから」

 城門までは、護衛役として郷里から一緒に来ている男性の使用人たちが付いてきてくれた。
 宮廷の官吏に嫁いだ姉が都に住んでいるので、都に到着した昨日から、皆で義兄の家に厄介になっている。

 少し不服そうなじいやに手を振って扉を閉め、馬車が動き出すのを見送ってから、庭園の中の舗装路を歩き出した。
 季節は春で、景色が最も色鮮やかになる季節だ。この庭園も、きっと今が一番の見頃だろう。
 
 そんなことを思いつつも、実際のところは花を楽しむ心の余裕はなかった。
 遠くの花々に向けていた視線を正面の宮殿へと戻す。

 もし、王族の誰かに見染められたら、あの宮殿で暮らすことになるのだろうか……。

 故郷を出たときから抱えていた不安は、宮殿に近づくにつれどんどん膨れ上がっていく。

 こんな大きな城で暮らす自分は、全く想像できなかった。ただ、広大な庭の片隅で薬草を育てている自分なら、少しだけ想像できる。勉強も武芸も楽器も苦手だったユリウスの唯一の趣味は、薬草の栽培だ。

 これだけ広いのだから、頼んだら少しくらい場所を貸してもらえるのではないかと思う。
 それで季節や体調に合わせた薬草茶を作って、主となる殿下に喜んでもらえたらいい。

 不安を紛らわすためにそんな他愛ない未来を思い描いている間に、宮殿の入り口に辿り着いた。




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