アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

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クリスマスの日、帰宅してから毎日ではないが不定期で寺嶋と連絡を取っている。

「ねぇ、小宮さん、何かいいことでもあった?」

年末最後の営業日のお昼のことだ。
食堂でナポリタンを食べていたルリ子に先輩が尋ねる。

「え、どうしてですか?」

「なんか雰囲気変わったよね。それに前まで少し元気なかったじゃない?」

「うっ、そうですか?そんなつもりなかったんですけど…」

サキのことやら仕事やらでモヤモヤしていたのは事実である。
それが寺嶋に会えたおかげか毎日、幸せに過ごせているのが外に出ているのかルリ子は急に恥ずかしくなった。

「あ、気にしないで!元気な小宮さんを見て勝手に私が癒されてるだけだから」

「癒される…?」

ルリ子は首を傾げる。

「うん、小宮さん最近、ものすごく癒しオーラ出てるよ!」

「ええええ」

「え、なに、何の話?」

そこに日替わり定食をのせたトレイを持った別の先輩社員がやってきた。

「小宮さん、なんか最近癒しオーラ出てない?」

「あ、わかる、ほんわかしてるよね」

先に座っていた先輩の隣に腰かけた彼女が同意する。

「うう、自覚は全くないのですが…」

「悪いことじゃないからそんなに気にしないで」

「わかった、メイク変えた?」

たしかにルリ子はクリスマスの次の日、自分にプレゼントとして新しいアイシャドウのパレットを購入して、今日初めてそれを使ってメイクをして出社していた。
先輩の観察眼の鋭さに思わず舌をまいてしまうルリ子だった。

「アイシャドウ、新しいの買ったんです」

「発色いいね、ラメがさりげない感じもいいし」

「色もすごく小宮さんの肌になじんでるよね」

しばらくコスメ談議になり、ルリ子から話題が離れたと安心したが、そう上手くはいかなかった。

「化粧変えたってことは…もしかして小宮さん恋でもした?」

先輩が冗談半分でルリ子に投げたその一つの質問でルリ子は思わずフリーズしてしまった。

「あ、や、いや、恋、ではないのですが…」

ルリ子は動揺を隠せないでいる。

「めっちゃ動揺してるよ」

「それはもう恋だね」

「動揺してるだけで?」

「うん、ただの友達だったら絶対動揺しないでしょ」

「たしかに」

先輩はルリ子の動揺に乗じてどんどん盛り上がってしまう。
ルリ子はその後、休憩時間が終わるぎりぎりまで取り調べられたのだった。



「はぁ、疲れた」

寺嶋に会ってからも、ルリ子は日課の彼のラジオ動画の視聴を辞められなかった。

「今日はどの話題にしようかしら…」

文字おこし動画をあげている人のプレイリストは話題ごとに分けてくれているので、その日の気分に合わせて動画がチョイスしやすくなっている。



「今日はちょっといつもとは違うテーマでおたよりをいただいています。道端でお金を拾ったらぶっちゃけどうする?です。では早速、お便りを紹介したいと思います。ラジオネーム、トイレットペーパーの芯なしさんから、この前一円玉拾いました。いつもは財布に入れますが、その日はなんだか募金をしなければ行けないという義務感に駆られ、近くのスーパーマーケットの募金箱にいれました。自分のことなのにとても不思議な気分でした、とのことです」

「それはたしかに不思議な気分ですね」

寺嶋が相槌をうつ。

「現金を道端で見る機会自体、昔よりも減ってませんか?」

「そうかもしれないですね。僕も今よりも小学生の時とかの方がよく拾ってたかも」

「わかります、通学路とか暇なのでいっつもお金落ちてないか探しながら歩いてました。寺嶋さんは拾ったら自どうされますか?」

「う~ん、まず拾ったお金の人生について考えるかな」

「え?人生ですか?」

「いや、人じゃないから人生はおかしいか…歴史っていえばいいのかな」

「歴史…?」

女性アシスタントが訝し気な声をあげる。

「誰が落としたのかなとか、どういう状況でお財布から零れ落ちたのかなとか考えない?

「考えないですね」

ばっさり答える女性アシスタントに寺嶋は苦笑する。

「即、自分の財布に?」

「はい、もちろん」

寺嶋の問に勢いよく答える女性アシスタント。

「それで歴史を考えた後、どうするんですか?」

「考えに考えて、これは誰が触ったかどうやって管理されてたかわかんなくて、とても汚いものに思えてしまうんだよね」

「あれ?寺嶋さん、潔癖でしたっけ?」

「そうじゃないんだけどね、ただの考えすぎなだけ」

「なるほど」

「とりあえず小銭入れの使わない、仕切りの真ん中みたいなところに入れて神社に行ったときに清めて奉納する」

「へぇ…」

女性アシスタントが納得していない声で相槌をうった。

「子供の頃はお金落ちてたってだけで嬉しかったのに、今じゃ考えすぎてしまう自分に、いつ変わっちゃうのかなぁって悲しくなるよね」

「いや拾ったお金をどうするかでそんな深いオチになります?」

「たしかに」

二人の笑い声でこのテーマトークは終わるのだった。



動画を再生した後でルリ子は母親から留守番電話が入っていたことに気が付いた。

「もしもし、ルリ子、あなたお正月は帰ってくるのでしょう?連絡がないからお母さん心配で…後で折り返し頂戴ね」

ルリ子はメッセージを聞いて慌てて折り返す。
大みそかから三が日にかけて仕事は休みなので帰省しようと思っていたものの、実家に連絡するのを忘れていたのだった。




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