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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆12:ルート・ジャンクション-2
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そして校門へ。無骨な新宿区の道路とキャンバスを隔てる並木を見上げ、ふといつぞやのフィギュア奪還の仕事を請け負ったときのことを思い出す。あの頃はセミが鳴いていたというのに、今はもう葉が舞い落ち、枝をさらし始めている。ちょうど午後の授業が終わった時刻で、教室を移動する学生が校舎からあふれ出してくる。
「ここがメインストリートだね。向かって右側が法学部の校舎、左側が政治経済学部。奥にあるのは教育学部と理工学部」
「相盟大学……ここが……」
ざっくりとしたおれの説明に、しきりに周囲を見回すお姫様。もちろん数時間で全部を見て回れるはずもないから、今日のところは感触さえ掴んでもらえればいい。
「ボクも中に入ったのは初めてですよ」
「真凛さんはどこの学校に通われているんですか?」
「あ、この近くにある、別の女子高です。大学も近くにあるんですよ」
「とりあえず、この通りの突き当たりに留学生向けのセンターがあるんだ。入学したとしたら何かとそこを拠点とするだろうし、まずはそこまで案内するよ」
掃除をしてもすぐ埋もれてしまう落ち葉を踏みしめつつ中へ。穏やかな晩秋の午後、設えられたベンチに腰掛けた学生たちが、皆思い思いに時間を過ごしている。試験に向けてノートの回し読みをしていたり、女子同士のおしゃべりに花を咲かせていたり、携帯ゲーム機での対戦に興じていたり、おそらくサークル活動なのだろう、楽器を演奏していたり。ごくごくありきたりのキャンバスの風景だった。
「あの方たちは、政治について意見を交わしているのでしょうか?」
ファリスの視線の先では、三人ほどの学生が、何やら政治家の献金問題について与党の隠蔽体質と、野党の追求の弱腰ぶりについてアツい討論を交わしていた。
「まぁ、ネットの掲示板で流れているのに毛とツノが生えたくらいだけどね」
最高学府の学生の議論といえども、九割程度はそんなものである。だが残りの一割くらいには魅せる論を吐くヤツやユニークな指摘をするヤツがおり、そのうちジャーナリズムの世界に身を投じたり、政界に進むヤツも出たりするからなかなか侮れない。
「往来で政治の話を口に出来るのですね……」
「ま、まあね。最近だとこう、ツイッターで色々幅広くやりあってるヤツもいるよ」
ちなみに『アル話ルド君』も対応済である。
「ツィッターですか。私の国でもみんなやっていますよ」
「へぇ、それはちょっと意外かな」
「あれなら、ネットワークが検閲されていても外の情報を手に入れられますから」
「……」
いかん、どうにも話題が深い方に沈んでいってしまう。
「しかし、東京でも大学は数あるだろうに、なんでまたウチの大学を?」
所長に聞いた話だが、家庭教師について学んだファリス皇女の学力はかなりのもので、国の学校が機能していないため点数づけ等はされていないものの、日本のどこの大学でも充分に狙えるほどだとか。
「それは……、フレイムアップさんの事務所から近いと聞いていましたから」
「……ふぅん、そう」
おれはぞんざいに頷くと、歩を進めた。やがて大きな噴水に辿り着く。
「ここがキャンバスの中央、『相盟の井戸』、ってやつ。もともとウチの学校はこの井戸のそばにあった私塾が元になってるんだってさ」
今ではその井戸も石造りの噴水へと造り替えられ、各校舎の間を移動する学生たちのジャンクションとなっている。ちょうど午後の授業が終わった時刻で、多くの学生が校舎からあふれ出してくる。
先ほど以上にごった返すキャンパス。おれは真凛とファリスをはじっこに寄せてやり過ごしつつ、なんとなく辺りを見回す。と、おれは見知った顔を見つけ声をかけた。
「どーも、就活お疲れ様っす」
「おー亘理、亘理じゃねーの。おめーが顔出すなんて珍しいじゃん」
ベンチで遅めの昼食を摂っていた学生が顔を起こす。周囲の緩んだ私服姿の学生とは異なり、黒の背広一式を身に纏っている。この人はおれが時々顔を出すサークルの三年生で、飲み会に誘ってもらう程度には仲が良かった。
「調子はどうっすか」
質問しつつも回答はだいたい予測できていた。まだ新しいのに妙に|草臥(くたび)れた背広、まだ世慣れない学生の仕草と不釣り合いな疲れ切った表情が、昨今の就職活動の厳しさを物語っている。
「どーもこーもねーぜったく。二次面接までこぎ着けたのが二社。一次が七社。あとは全部|ES(エントリーシート)でハネられちまったわ」
「マジっすか……」
この先輩、ゆるい口調とは裏腹に、経営学の論文で賞を取る程の優秀な人だったりもするのだが、その彼にしてこの戦績とは。つね日ごろニュースで流れている就職氷河期の恐ろしさを改めて実感する。
「午後から虎ノ門でまた面接だよ。……おめーも二年だろ?そろそろ準備を始めておいた方がいーぜ。ま、おめーは要領いーからそこらへんは抜かりねーだろーけどよー」
「肝に銘じておきますよ」
つい半年前までは徹夜で酒を飲んでバカ話をしていた先輩の世知辛い話に、やや暗澹たる気持ちになりながら相づちを打つ。
「先輩は銀行志望でしたよね」
「あー。ウチほれ、親が町工場で兄貴が結婚して継いだだろ。だから俺はカタいとこ行って、イザって時はカネ関係で助けられるよーにってネライさ」
「……立派だと思います」
過不足無しにそう思った。大学時代とはある意味特殊な空間なのだと思う。個々人が背負った環境や背景から解放され、『学生』という平等な存在として扱われる。
共に学びバカをやり、そして学生生活が終盤を迎える時、家の都合、経済状況、親の期待といったものに追いつかれ、過ごしてきた時間が夢のように楽しく貴重だったと気づくのだ……なんてのは余りにも穿った見方だろうか。
「って亘理、後ろの二人は?」
「ああ、見学希望者ですよ」
おれはさらりと流した。
「ここがメインストリートだね。向かって右側が法学部の校舎、左側が政治経済学部。奥にあるのは教育学部と理工学部」
「相盟大学……ここが……」
ざっくりとしたおれの説明に、しきりに周囲を見回すお姫様。もちろん数時間で全部を見て回れるはずもないから、今日のところは感触さえ掴んでもらえればいい。
「ボクも中に入ったのは初めてですよ」
「真凛さんはどこの学校に通われているんですか?」
「あ、この近くにある、別の女子高です。大学も近くにあるんですよ」
「とりあえず、この通りの突き当たりに留学生向けのセンターがあるんだ。入学したとしたら何かとそこを拠点とするだろうし、まずはそこまで案内するよ」
掃除をしてもすぐ埋もれてしまう落ち葉を踏みしめつつ中へ。穏やかな晩秋の午後、設えられたベンチに腰掛けた学生たちが、皆思い思いに時間を過ごしている。試験に向けてノートの回し読みをしていたり、女子同士のおしゃべりに花を咲かせていたり、携帯ゲーム機での対戦に興じていたり、おそらくサークル活動なのだろう、楽器を演奏していたり。ごくごくありきたりのキャンバスの風景だった。
「あの方たちは、政治について意見を交わしているのでしょうか?」
ファリスの視線の先では、三人ほどの学生が、何やら政治家の献金問題について与党の隠蔽体質と、野党の追求の弱腰ぶりについてアツい討論を交わしていた。
「まぁ、ネットの掲示板で流れているのに毛とツノが生えたくらいだけどね」
最高学府の学生の議論といえども、九割程度はそんなものである。だが残りの一割くらいには魅せる論を吐くヤツやユニークな指摘をするヤツがおり、そのうちジャーナリズムの世界に身を投じたり、政界に進むヤツも出たりするからなかなか侮れない。
「往来で政治の話を口に出来るのですね……」
「ま、まあね。最近だとこう、ツイッターで色々幅広くやりあってるヤツもいるよ」
ちなみに『アル話ルド君』も対応済である。
「ツィッターですか。私の国でもみんなやっていますよ」
「へぇ、それはちょっと意外かな」
「あれなら、ネットワークが検閲されていても外の情報を手に入れられますから」
「……」
いかん、どうにも話題が深い方に沈んでいってしまう。
「しかし、東京でも大学は数あるだろうに、なんでまたウチの大学を?」
所長に聞いた話だが、家庭教師について学んだファリス皇女の学力はかなりのもので、国の学校が機能していないため点数づけ等はされていないものの、日本のどこの大学でも充分に狙えるほどだとか。
「それは……、フレイムアップさんの事務所から近いと聞いていましたから」
「……ふぅん、そう」
おれはぞんざいに頷くと、歩を進めた。やがて大きな噴水に辿り着く。
「ここがキャンバスの中央、『相盟の井戸』、ってやつ。もともとウチの学校はこの井戸のそばにあった私塾が元になってるんだってさ」
今ではその井戸も石造りの噴水へと造り替えられ、各校舎の間を移動する学生たちのジャンクションとなっている。ちょうど午後の授業が終わった時刻で、多くの学生が校舎からあふれ出してくる。
先ほど以上にごった返すキャンパス。おれは真凛とファリスをはじっこに寄せてやり過ごしつつ、なんとなく辺りを見回す。と、おれは見知った顔を見つけ声をかけた。
「どーも、就活お疲れ様っす」
「おー亘理、亘理じゃねーの。おめーが顔出すなんて珍しいじゃん」
ベンチで遅めの昼食を摂っていた学生が顔を起こす。周囲の緩んだ私服姿の学生とは異なり、黒の背広一式を身に纏っている。この人はおれが時々顔を出すサークルの三年生で、飲み会に誘ってもらう程度には仲が良かった。
「調子はどうっすか」
質問しつつも回答はだいたい予測できていた。まだ新しいのに妙に|草臥(くたび)れた背広、まだ世慣れない学生の仕草と不釣り合いな疲れ切った表情が、昨今の就職活動の厳しさを物語っている。
「どーもこーもねーぜったく。二次面接までこぎ着けたのが二社。一次が七社。あとは全部|ES(エントリーシート)でハネられちまったわ」
「マジっすか……」
この先輩、ゆるい口調とは裏腹に、経営学の論文で賞を取る程の優秀な人だったりもするのだが、その彼にしてこの戦績とは。つね日ごろニュースで流れている就職氷河期の恐ろしさを改めて実感する。
「午後から虎ノ門でまた面接だよ。……おめーも二年だろ?そろそろ準備を始めておいた方がいーぜ。ま、おめーは要領いーからそこらへんは抜かりねーだろーけどよー」
「肝に銘じておきますよ」
つい半年前までは徹夜で酒を飲んでバカ話をしていた先輩の世知辛い話に、やや暗澹たる気持ちになりながら相づちを打つ。
「先輩は銀行志望でしたよね」
「あー。ウチほれ、親が町工場で兄貴が結婚して継いだだろ。だから俺はカタいとこ行って、イザって時はカネ関係で助けられるよーにってネライさ」
「……立派だと思います」
過不足無しにそう思った。大学時代とはある意味特殊な空間なのだと思う。個々人が背負った環境や背景から解放され、『学生』という平等な存在として扱われる。
共に学びバカをやり、そして学生生活が終盤を迎える時、家の都合、経済状況、親の期待といったものに追いつかれ、過ごしてきた時間が夢のように楽しく貴重だったと気づくのだ……なんてのは余りにも穿った見方だろうか。
「って亘理、後ろの二人は?」
「ああ、見学希望者ですよ」
おれはさらりと流した。
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