人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆09:”勇者よ、国を救ってください”(出題編)-2

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「ただの権力争いならまだ良かったのです。しかしセゼル大帝の偉業は、一転して大きな災いの要因となってしまった」
「金鉱、か」

 それまでは皇族の利権争いなどと言っても、結局は領地の広さと畑や家畜、細々とした手工業とそこから上がる税の取り合いでしかなかった。だがしかし、セゼルが開発した金鉱は、そんなものが霞んで吹き飛ぶほどに莫大な利益を生み出すものだった。

 王位と、各地に点在する金鉱を手に入れた者は、標準的なルーナライナ人が千年働いても追いつかないほどのカネと力を手にする事ができる。たかだか平民や兵士の命の百や千で購えるのなら安い買い物だ。

「……そこから先はおれが語ってもいいかな。その後も王位継承者と、彼らに組みするそれぞれの勢力が衝突を繰り返し、結果、セゼル大帝の孫のひとり、現在のアベリフ王、つまり君の父上が勝ち残った。そうだろう?」
「はい。でも父は勝ち残ったと言うより、生き残ったという方が正しいのかも知れませんね」

 皮肉でも謙遜でもなく、やはり新聞記事のように淡々と述べるファリス。日本人であるおれが入手できる情報に照らしても、確かにその通りだった。

 もともとアベリフ王は学者肌の人で、王位に興味はなく、また継承順位も高くなかったため、海外の大学で研究に打ち込んでいたらしい。しかし権力争いで目立った候補者が軒並み死亡、失脚してしまった結果、こう言っては何だが、お飾りの王様として呼び戻されることとなったのである。

 そして皮肉にも、各勢力の妥協案として選び出されたこの中立の国王のもとで内乱は一応の終息を見せ、ようやく国は小康状態を取り戻した。それがわずか三年前の出来事である。

「とはいえ、今でも皆自分の勢力を拡大させて、金脈を手に入れようと隙をうかがっているわけだ。どうにも不安定な政情であることは否めないよなあ」
「はい。結局のところ、今の私は傀儡の王の娘に過ぎません。第三皇女などと肩書きだけは立派でも、実権はほとんどないのです」

「えっと、えらい人達が何年も金脈を取り合ってケンカしてたんですよね。ってことは今、ファリスさんの国は……」
「ずいぶんひどいもの、らしいな。道路や官公庁は焼かれ、電線や上下水道は断たれて復旧は進まず。首都の城壁の周りには、諸侯の争いで焼け出された人達がスラムを形成し、犯罪が絶えないらしい。市民が外出できるのは昼のうちだけ、って聞いたぜ」

 おれのCNNからの受け売りの知識に、彼女はひとつ頷いただけだった。

「――日本は、いい国ですね。明るくて、賑やかで、安全で」
「ファリスさん……」

 おれと真凛は、その言葉には容易に返事をすることができなかった。もちろん日本でも、凶悪犯罪がニュースに流れることはある。だが、本当に治安の悪い国では、凶悪犯罪などいちいちニュースでは流さない。日常の出来事なのだから。

 朝を迎えるたび、夜に強盗が入ってこなかったことを感謝する生活など、日本人の大多数にとっては実感できないだろう。せいぜい海外のニュースを見てああ大変だねえと共感する程度だ。おれとてそうした国を訪れた事はあるが、そこに根付いて生きていく事が出来るかと問われれば否と言わざるを得ない。

「空港で、海外旅行帰りの女の子と会いました。ルーナライナの子の多くは、あの歳くらいになると金鉱に連れて行かれて働かされます」
「ええっ、みんな学校は行かないんですか?」
「……学校は、残ってないんです。首都と、そのごく近郊くらいにしか」
「そんなことって……」

 あるのだ。テレビでも時々流れている。ただ実感できないだけの事である。

「ん?ちょっと待ってくれ。たしかセゼル大帝は在位中に多くの採掘機械を導入し、ずいぶん自動化や効率化が進んだはずだ。今さら児童労働なんてやらせる必要があるのか?」
「内戦が激化してから、金鉱を抑えた各勢力は、採掘機械をフル稼働させるようになりました」
「まあ、そりゃそうだな。いつ他の勢力に奪われるかわからない以上、手元にあるうちに出来るだけ金を掘り出しておきたいところだろう」
「ええ。本当に。彼らは24時間休みなく採掘を続け……そして、あらかた掘り尽くしてしまったのです」
「おいおい、そりゃ本当か!?」

 公式のニュースには流れていない話だった。

「未だどの勢力も公にはしていませんが。この数年間、ルーナライナで採掘される金の量は一旦例年の五倍近くに跳ね上がった後、激減しています」
「無茶な採掘で掘れるだけ掘っちまったってわけか……」
「機械が使用できるほどの主力の鉱山はあらかた掘り尽くされ、今では各領主が、その鉱山の機械が使用できないほどの細い鉱脈や、まったく見当違いの山をカン任せで採掘しています。その労働力として使われているのが、ルーナライナの市民、そして子供達です」
「……お貴族様が市民を奴隷のように強制労働ってか。ファンタジーRPGに出てくる国の話なら、いずれ主人公が助けに来る分救いがあるんだがな」

 残念ながら二十一世紀の紛れもない現実である。
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