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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆09:”勇者よ、国を救ってください”(出題編)-3
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「掘り出された金はどうなったんですか?」
「恐らくは、各勢力に裏で支援をしている中国やロシアに、だぶついた所を格安で買い叩かれたのではないかと思います」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。内戦に使用される武器や弾薬はどこから?」
「それらは中国やロシア系の商人から購入しているはずです」
「……つまりそりゃ、同胞を撃ち殺すための銃器を買い揃えるために、自分とこの金山を無理矢理掘り進めてるってことになるよな?」
「その通り……です」
ベッドの上で握りしめられたファリスの拳が、わずかに震える。
「現状は、セゼル大帝が初めに恐れていた状態なのです。王家が力を失い、諸外国にいいように搾取されている。いえ、なまじ金鉱が見つかってしまった分、予想よりはるかに悪い状態です」
「そのうえ、金鉱そのものさえ掘り尽くされてしまったとしたら……」
おれは状況をシミュレートしてみる。ルーナライナは現在、金の取り合いで争いとなっているが、同時に金の産出国として成り立ってもいる。この状況で金が枯渇した事が判明したら、諸外国との交易は打ち切られ、後には戦争の傷跡のみが残ってしまうこととなる。
政治と経済は崩壊するだろう。国土はロシアと中国に切り分けられ、国民達は難民としてキャンプにでも押し込められることになるかも知れない。国を失った人々がどれほど惨めな目に会うか想像できる人間は、戦後生まれの日本人にはいないのではないだろうか。
「だから、存亡の危機、ってわけか。ニュースで流れているよりも、よっぽど事態は深刻ってことだな」
「えっと……国の偉い人を決めるためにみんながケンカして、ケンカをするためのお金が欲しいから、みんなが国中の金山を子供まで使って掘らせている。でも、金山そのものがもう掘り尽くされてきたから、偉い人を決めるどころか、国そのものがなくなっちゃうかも、ってこと?」
「そういうことになるな。だが……」
対策など立てようもない。森や畑であれば、乱獲を抑えてしばらく休ませるという方法もある。だが金山となれば、何年か掘らずに休ませていたら金がまた沸いてくる、ということはあり得ない。このままではどのみち、ルーナライナの滅亡は避けられないのだ。
「改めてルーナライナの現状が厳しいということはわかったよ。でもそれが、君が日本に来ることとどうつながるんだい?」
ここまではすべて、状況の説明にすぎない。ここからが依頼であるはずだった。
ファリスはちらり、と桜庭さんの方を見やった。静かに頷く桜庭さん。そしてファリスはその紫水晶の瞳で、おれをじ、と見つめる。――信ずるに足る者か、重要な事を託せる相手か、必死に自らの判断で見極めようとする目。美少女に見つめられてうれしいなあ、などと軽口を叩く気にはなれなかった。
「――今は形だけの王ですが、私の父アベリフは、セゼル大帝から一つの『鍵』を受け継いでいました」
そういうとファリスは自らのうなじに両の手を伸ばし、銀の髪をかき上げる。露わになったすべらかな褐色の首には、細く黒いチョーカーが巻かれていた。慎重な手つきでそれを取り外す。
「真に国が存亡の危機に陥ったとき、それを使えと託された、『鍵』が」
革の裏側に指を這わせると、そこには目立たない切れ込みがあった。ごく小さく薄いものを隠すときの、スパイ用の小道具。一国の王女には似つかわしくないもの。
「これを」
チョーカー裏の切れ込みから引っ張り出されたのは、一枚の古い紙片だった。おれと真凛は目の前で繰り広げられる事態に呆気にとられたまま、その紙片を手にする。
おれもこの仕事を初めてそれなりに長いが、まさかこんな「らしい」仕事を請け負うことになるとは。紙片を開く。そこにびっちりと書き記されていたのは、数字の羅列。
「これは……」
おれと真凛の声がハモる。
「暗号、かい?」
こくりと頷くファリス。
「セゼル大帝は晩年にこう言ったそうです。”極東の地に在りし、うずもれたもう一つの数式。『鍵』と『箱』を揃えたとき、失われし我らの最後の鉱脈が示される”と」
ファリスは、いや、ルーナライナ王国第三皇女ファリス・シィ・カラーティは、その紫の瞳でおれと真凛を真っ直ぐに見つめ、静かに告げた。
「ここに記されしは、大帝セゼルが唯一手をつけずに秘した、ルーナライナ最後の大金鉱の『鍵』。これこそが、破綻しつつある我が祖国――ルーナライナを救うための最後の希望なのです。亘理陽司さん、七瀬真凛さん。私の依頼とは、この国に隠された、暗号を解くためのもう一つの数式。『箱』を探すこと。即ち、貴方がたに我がルーナライナを救っていただきたいのです」
「恐らくは、各勢力に裏で支援をしている中国やロシアに、だぶついた所を格安で買い叩かれたのではないかと思います」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。内戦に使用される武器や弾薬はどこから?」
「それらは中国やロシア系の商人から購入しているはずです」
「……つまりそりゃ、同胞を撃ち殺すための銃器を買い揃えるために、自分とこの金山を無理矢理掘り進めてるってことになるよな?」
「その通り……です」
ベッドの上で握りしめられたファリスの拳が、わずかに震える。
「現状は、セゼル大帝が初めに恐れていた状態なのです。王家が力を失い、諸外国にいいように搾取されている。いえ、なまじ金鉱が見つかってしまった分、予想よりはるかに悪い状態です」
「そのうえ、金鉱そのものさえ掘り尽くされてしまったとしたら……」
おれは状況をシミュレートしてみる。ルーナライナは現在、金の取り合いで争いとなっているが、同時に金の産出国として成り立ってもいる。この状況で金が枯渇した事が判明したら、諸外国との交易は打ち切られ、後には戦争の傷跡のみが残ってしまうこととなる。
政治と経済は崩壊するだろう。国土はロシアと中国に切り分けられ、国民達は難民としてキャンプにでも押し込められることになるかも知れない。国を失った人々がどれほど惨めな目に会うか想像できる人間は、戦後生まれの日本人にはいないのではないだろうか。
「だから、存亡の危機、ってわけか。ニュースで流れているよりも、よっぽど事態は深刻ってことだな」
「えっと……国の偉い人を決めるためにみんながケンカして、ケンカをするためのお金が欲しいから、みんなが国中の金山を子供まで使って掘らせている。でも、金山そのものがもう掘り尽くされてきたから、偉い人を決めるどころか、国そのものがなくなっちゃうかも、ってこと?」
「そういうことになるな。だが……」
対策など立てようもない。森や畑であれば、乱獲を抑えてしばらく休ませるという方法もある。だが金山となれば、何年か掘らずに休ませていたら金がまた沸いてくる、ということはあり得ない。このままではどのみち、ルーナライナの滅亡は避けられないのだ。
「改めてルーナライナの現状が厳しいということはわかったよ。でもそれが、君が日本に来ることとどうつながるんだい?」
ここまではすべて、状況の説明にすぎない。ここからが依頼であるはずだった。
ファリスはちらり、と桜庭さんの方を見やった。静かに頷く桜庭さん。そしてファリスはその紫水晶の瞳で、おれをじ、と見つめる。――信ずるに足る者か、重要な事を託せる相手か、必死に自らの判断で見極めようとする目。美少女に見つめられてうれしいなあ、などと軽口を叩く気にはなれなかった。
「――今は形だけの王ですが、私の父アベリフは、セゼル大帝から一つの『鍵』を受け継いでいました」
そういうとファリスは自らのうなじに両の手を伸ばし、銀の髪をかき上げる。露わになったすべらかな褐色の首には、細く黒いチョーカーが巻かれていた。慎重な手つきでそれを取り外す。
「真に国が存亡の危機に陥ったとき、それを使えと託された、『鍵』が」
革の裏側に指を這わせると、そこには目立たない切れ込みがあった。ごく小さく薄いものを隠すときの、スパイ用の小道具。一国の王女には似つかわしくないもの。
「これを」
チョーカー裏の切れ込みから引っ張り出されたのは、一枚の古い紙片だった。おれと真凛は目の前で繰り広げられる事態に呆気にとられたまま、その紙片を手にする。
おれもこの仕事を初めてそれなりに長いが、まさかこんな「らしい」仕事を請け負うことになるとは。紙片を開く。そこにびっちりと書き記されていたのは、数字の羅列。
「これは……」
おれと真凛の声がハモる。
「暗号、かい?」
こくりと頷くファリス。
「セゼル大帝は晩年にこう言ったそうです。”極東の地に在りし、うずもれたもう一つの数式。『鍵』と『箱』を揃えたとき、失われし我らの最後の鉱脈が示される”と」
ファリスは、いや、ルーナライナ王国第三皇女ファリス・シィ・カラーティは、その紫の瞳でおれと真凛を真っ直ぐに見つめ、静かに告げた。
「ここに記されしは、大帝セゼルが唯一手をつけずに秘した、ルーナライナ最後の大金鉱の『鍵』。これこそが、破綻しつつある我が祖国――ルーナライナを救うための最後の希望なのです。亘理陽司さん、七瀬真凛さん。私の依頼とは、この国に隠された、暗号を解くためのもう一つの数式。『箱』を探すこと。即ち、貴方がたに我がルーナライナを救っていただきたいのです」
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※
・非王道気味
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