人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆17:死闘ふたたび-1

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「――『手弱女が髪のMARAK如く縺れる-A-R束縛の銀よ-A-K』」

 
 山刀マシェットを構え圧倒的なプレッシャーを伴って突進してくるシドウ。それにまず反応したのは、先ほどから黙して後方でおれに交渉を任せてくれていたチーフだった。

 プレートを掲げた詠唱に合わせて、ペンを操るのに使っていた銀の糸が水に溶けた塩のようにほどけ、目映く輝く蜘蛛の糸と化してシドウを捕らえようと迫る。そして真凛は迎撃の態勢。チーフが移動を封じて真凛が仕留める、即席のコンビネーションだった。

「私たちに二度も同じ手が――」

 そこに割って入る涼やかな声は、あちらの後方に控えていた『風の巫女』のものだった。前回の戦いで見せた疾風の魔弾は、凄まじい威力を誇る反面、長時間の精神集中が必要のようだ。すなわち、おれからしてみれば非常に妨害しやすい格好のカモ。そう思ってカウンターに備えていたのだが。

「通じるとは思わないでください!」

 無造作とも思えるほど素早く弦を引き、矢を放つ。詠唱もないので当然、あの凶悪な疾風の魔弾ではない。狙いも甘く、ただおれ達の方角に向けて放っただけ。ただの牽制攻撃か。ならば取るに足りない――おれはそう判断を下しかけ。

 
 そこでようやく気がついた。板東山の大気を震わせ、高らかに響き渡る笛の音を。

 
「そうか、『蟇目ひきめ』があったか!」

 日本の矢には、穴を開けた金具を先端に取り付けて射る事で、風を吸い込みあたかも笛のように音を鳴り響かせる類のものがある。これを蟇目と言い、神社ではしばしばこの矢を放つ儀式が執り行われる。

 清めの音を以て邪を打ち払う魔障退散の一撃……すなわちそれは戦場において、いびつな理によって生み出された怪異を退ける呪術破りスペルブレイクと化す。

「今です!四堂さん!!」

 チーフが展開した魔術の銀糸が、響き渡った大気の震えにまるで打ちのめされるかのように青白い火花を発し、千切れて消える。

 最初から支援を予期していたのか、四堂は一切動じる事無く当初の予定通り突進。立ちふさがった真凛に向けて巨大なナイフを振り下ろす――いや、そんな雑な動作ではなかった。

 それは何万回と繰り返され磨き上げられた武道の動き。小太刀の撃ち込みと呼ぶべきものだった。肩に食い込み、鎖骨を無惨に打ち割り腹まで斬り下げる斬撃が真凛を捕らえた、かに思われた。わずかでも反応が遅れれば本当にそうなっていただろう。

 だがしかし、必殺の一撃は、甲高い金属音と共に受け止められていた。

「……そっちばっかり武器を持ってると思わないでよね!」

 真凛の両手に握られ山刀を十文字に食い止めているのは一本の棒。その正体は、おれが昨日斜面を滑り降りるときに使用した縄梯子、『ハン荷バル君』である。この羽美さんご自慢のチタン製の小道具は、ワンアクションでヌンチャクや三節根にも……そして、刃を受け止める木刀もどきにも変形するのだった。

「ふっ!」

 不意に力を抜き、受け止めていた木刀の角度をゆるめる。食い込んでいたシドウの山刀が耳障りな音と火花を立てて下方に流された時にはすでに、真凛の強靱な手首が翻り、苛烈な面への撃ち込みに化けていた。これまた必殺の軌道。

 だがそこに、下方に流されて崩れたはずのシドウの山刀が魔法のように肩口から出現し、真凛の撃ち込みに合わせてきた。「受け止めて」、「流す」のではない。一挙動で「受け流す」、精妙な受太刀の捌き。

「……上手い……ッ!」

 真凛の驚嘆。言葉と動きのどちらが先だっただろうか。透明なガラス球の表面を滑るように弾かれた己の一撃。その隙間に入り込むように、またも魔法じみた挙動で今度は下段から跳ね上がるシドウの小太刀。首筋を狙ったその横薙ぎの一撃に、振り下ろしてしまった木刀での受けは間に合わない。

 刹那の思考、そして決断。大道芸じみた挙動でとっさに上体を海老のように反らせ、暴風の一撃にかろうじて空を切らせた。額のすぐ側を刃先がかすめ、浮き上がった前髪が数本中空で両断される。

 そのまま体重を後方に預け、鮮やかにとんぼを切って着地する真凛。距離を取って仕切り直し。対するシドウ、すでに山刀を片手正眼に戻し、微動だにせず。
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