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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆16:決戦の朝-4
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その言葉を聞いて、むしろ土直神は安堵した。この青年は土直神の提案を否定しているわけではない。どうせなら恩を売って優位に立とうとしているだけだ。そうであれば後は交渉の世界である。
「へえ。じゃあ兄サン達は、地中深く埋まった遺体を手作業で掘り返すつもりなのかい?」
手に持ったタッチペンを振ってみせる土直神。
「オイラの力なら、五分とかからず掘り出すことが出来る。そう悪くない話だと思うんだけどサ。――そうだろ、シドーさん?」
水を向けられても、四堂は無言のままだった。己の激情と理性がせめぎ合っているのか。その眼は閉じられ、硬く握られた拳が細かく震える。だが、
「……そうだな」
眼を開いた時には、すでに己の中で一つの決着をつけていた。
「今は任務が優先だ」
絞り出された声は、鋼の塊をこじ開けたかのようだった。
「だってサ。ってのがこっちの提案なんだけど。そっちはどうするよ?」
「陽司……どうするの?」
『殺捉者』が亘理陽司を見上げる。その亘理はと言えば、土直神達四人をなにやら意味ありげにじっと観察していた。そして四堂を一度だけ視線で薙いで、ひとつ息をつき――
「はぁ?冗談じゃねぇな。こちとらそいつに殺されそうになった恨みがあるんだよ」
どぎつい嘲笑を浮かべて、そう言い放った。
「亘理、貴様――」
「おっと、お前にどうこう言われたかないぜシドウ。こりゃあ元々お前の方から売ってきた喧嘩だからな」
四堂を睨み付けつつ、己の首筋を撫でる。
「ヒトを殺しかけておいてハイやっぱり無かったことにしましょう、なんて話が通用するわけ無いだろ。まずはテメェにきっちり落とし前をつけなきゃ帰れない。シドウ・クロード。二度と再生できないようバラバラに刻んでこの山奥に埋めてやるよ」
相手の怒気を含んだ挑発。それに応じる土直神は、むしろ興醒めといった態だった。
「……兄サンはもっと頭の良さそうな人だと思ってたんだけどなー。残念だよ」
土直神がタッチペンを掲げる。
「交渉決裂、ってことだぁね」
すでに清音も弓を構え、矢筒に手を伸ばしている。そして、
「せっかく自制してくれたんだけどシドーさん、好きにやっていいって話らしいや。こうなりゃ例のブツも使っていいんじゃないの?」
無言で頷くと、四堂は己の背中に腕を回し、シャツと背広の間に背負っていた一つの得物を鞘から抜き放つ。それは刃物。だが、厳密に言えば”剣”ではなかった。
オンタリオ社製、米軍公式採用の山刀。
分類上は”藪を切り払うために制作されたナイフ”ではある。だが六十センチに及ぶ黒焼き入り炭素鋼の刀身が放つ禍々しさは、もはや直刀と呼ぶ方がよほどに相応しい。
そしてこの『ナイフ』のもう一つ恐ろしい所は、分類上はあくまでも『道具』であるがゆえ、日本国内でも比較的入手が容易であるという事だった。専用の得物を持たず、あくまで武器の現地調達を旨とする『粛清者』が、戦力の補強を期して、昨日ショッピングモールに入っていたキャンパー向けのショップで買い求めていたのがこの『道具』だった。
だが殺気を総身に漲らせる四堂に握られたその姿は、もはや『凶器』以外のなにものでもない。もうこの男を制止する理由は何もない。その視線の先には、先ほどから挑発の薄ら笑いを浮かべている青年。
「土直神さん、徳田さん。ここは私達が食い止めますので、二人は先に遺体のある場所へ向かってください」
「いいの?清音ちん」
「ええ。あくまで一般人の徳田さんと、事前準備が必要な土直神さんの能力はここでは発揮できませんし」
土直神は苦笑いをせざるを得ない。
「はっきり言うなあ。流石に女の子に正面切って役立たずって言われるとへこむさね」
「すみません。ここに居てもらって下手に巻き込むくらいなら、先に向こうで準備しててもらった方が助かりますし、それに――」
「それに?」
清音が例の清楚で物騒な笑みを浮かべる。
「私たちがあの三人程度に遅れを取ると思いますか?」
「……了解。じゃあ任せたよ、清音ちんに四堂さん」
頷く二人。しびれを切らしたように向こうからかかる声。
「能書きはもういいのか?それじゃあさっさと……」
「能書きを垂れているのは貴様だろう」
四堂が青年の長広舌を断ち切る。
「……ああそうだな。それじゃあ始めるとしようか!」
青年の言葉が臨界寸前の空気を発火させる。四堂が地を蹴り、『殺捉者』がそれに応じる。土直神と徳田は遺体のある方角へと向けて走り出し、清音が矢を取り出しつがえ、青年とコートの男が後方で詠唱に入る。半日前の戦闘が同じ場所で、だがより一層苛烈な戦意を以て再開されようとしていた。
「へえ。じゃあ兄サン達は、地中深く埋まった遺体を手作業で掘り返すつもりなのかい?」
手に持ったタッチペンを振ってみせる土直神。
「オイラの力なら、五分とかからず掘り出すことが出来る。そう悪くない話だと思うんだけどサ。――そうだろ、シドーさん?」
水を向けられても、四堂は無言のままだった。己の激情と理性がせめぎ合っているのか。その眼は閉じられ、硬く握られた拳が細かく震える。だが、
「……そうだな」
眼を開いた時には、すでに己の中で一つの決着をつけていた。
「今は任務が優先だ」
絞り出された声は、鋼の塊をこじ開けたかのようだった。
「だってサ。ってのがこっちの提案なんだけど。そっちはどうするよ?」
「陽司……どうするの?」
『殺捉者』が亘理陽司を見上げる。その亘理はと言えば、土直神達四人をなにやら意味ありげにじっと観察していた。そして四堂を一度だけ視線で薙いで、ひとつ息をつき――
「はぁ?冗談じゃねぇな。こちとらそいつに殺されそうになった恨みがあるんだよ」
どぎつい嘲笑を浮かべて、そう言い放った。
「亘理、貴様――」
「おっと、お前にどうこう言われたかないぜシドウ。こりゃあ元々お前の方から売ってきた喧嘩だからな」
四堂を睨み付けつつ、己の首筋を撫でる。
「ヒトを殺しかけておいてハイやっぱり無かったことにしましょう、なんて話が通用するわけ無いだろ。まずはテメェにきっちり落とし前をつけなきゃ帰れない。シドウ・クロード。二度と再生できないようバラバラに刻んでこの山奥に埋めてやるよ」
相手の怒気を含んだ挑発。それに応じる土直神は、むしろ興醒めといった態だった。
「……兄サンはもっと頭の良さそうな人だと思ってたんだけどなー。残念だよ」
土直神がタッチペンを掲げる。
「交渉決裂、ってことだぁね」
すでに清音も弓を構え、矢筒に手を伸ばしている。そして、
「せっかく自制してくれたんだけどシドーさん、好きにやっていいって話らしいや。こうなりゃ例のブツも使っていいんじゃないの?」
無言で頷くと、四堂は己の背中に腕を回し、シャツと背広の間に背負っていた一つの得物を鞘から抜き放つ。それは刃物。だが、厳密に言えば”剣”ではなかった。
オンタリオ社製、米軍公式採用の山刀。
分類上は”藪を切り払うために制作されたナイフ”ではある。だが六十センチに及ぶ黒焼き入り炭素鋼の刀身が放つ禍々しさは、もはや直刀と呼ぶ方がよほどに相応しい。
そしてこの『ナイフ』のもう一つ恐ろしい所は、分類上はあくまでも『道具』であるがゆえ、日本国内でも比較的入手が容易であるという事だった。専用の得物を持たず、あくまで武器の現地調達を旨とする『粛清者』が、戦力の補強を期して、昨日ショッピングモールに入っていたキャンパー向けのショップで買い求めていたのがこの『道具』だった。
だが殺気を総身に漲らせる四堂に握られたその姿は、もはや『凶器』以外のなにものでもない。もうこの男を制止する理由は何もない。その視線の先には、先ほどから挑発の薄ら笑いを浮かべている青年。
「土直神さん、徳田さん。ここは私達が食い止めますので、二人は先に遺体のある場所へ向かってください」
「いいの?清音ちん」
「ええ。あくまで一般人の徳田さんと、事前準備が必要な土直神さんの能力はここでは発揮できませんし」
土直神は苦笑いをせざるを得ない。
「はっきり言うなあ。流石に女の子に正面切って役立たずって言われるとへこむさね」
「すみません。ここに居てもらって下手に巻き込むくらいなら、先に向こうで準備しててもらった方が助かりますし、それに――」
「それに?」
清音が例の清楚で物騒な笑みを浮かべる。
「私たちがあの三人程度に遅れを取ると思いますか?」
「……了解。じゃあ任せたよ、清音ちんに四堂さん」
頷く二人。しびれを切らしたように向こうからかかる声。
「能書きはもういいのか?それじゃあさっさと……」
「能書きを垂れているのは貴様だろう」
四堂が青年の長広舌を断ち切る。
「……ああそうだな。それじゃあ始めるとしようか!」
青年の言葉が臨界寸前の空気を発火させる。四堂が地を蹴り、『殺捉者』がそれに応じる。土直神と徳田は遺体のある方角へと向けて走り出し、清音が矢を取り出しつがえ、青年とコートの男が後方で詠唱に入る。半日前の戦闘が同じ場所で、だがより一層苛烈な戦意を以て再開されようとしていた。
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