43 / 71
「吹雪に咲く桜」貴女を誰にも渡さない。
しおりを挟む今日は亜貴と会えない・・・
亜貴が来なければ予定もない。朝寝坊を決め込んだ・・・・しかし、地面が常に揺れる。布団に寝ていれば背中に直に地震が響く。
「亜貴 おはよー 今日もいーーーっぱい愛してるからねーーー」
毎朝の定例メールを送った・・・その文章が変わった。
「大好き」という言葉が「愛してる」に変わった。
今まで書きたくても、言いたくても言えなかった言葉・・・昨日、初めて伝えた・・・そして亜貴からも言ってもらった。
「愛してる」と言える喜び、書ける幸せを噛み締めた。
起きて、備え付けのインスタントコーヒーを入れた。
テレビをつけて窓から外を見る・・・今日も快晴、陽射しが柔らかい。春の眺めだ。
・・・玄関前・・・昨日は、ここに亜貴の車が止まっていた。
亜貴の旦那さんは流通業で働いていた。・・・・もちろん現場じゃなく管理部門・・・エリートコースってわけだ。
・・・知れば知るほど旦那さんに劣等感を感じる。
国立大卒で、スポーツマンで、高身長・・・おまけに実家は地元の名士だ。
そして長男。家長。
・・・にもかかわらず、亜貴と母・・・嫁姑の折り合いが悪いと判断するや、実家を飛び出し、亜貴のために一戸建てを建てる男気。・・・・亜貴への深い愛情。
勤め先は一部上場企業・・・
どこをとってもボクが太刀打ちできる部分はない・・・・
水しか出ないシャワーを浴びた。
窓からの陽射しほどには気温は高くない。・・・むしろ肌寒い。
スッキリするより、ただ寒いだけだ。
・・・亜貴の旦那さんは流通業ということで、休みは決まった曜日ではなく不定期。直前までわからない。・・・運悪く、今日がその日だった。
携帯に着信ランプがない・・・亜貴からの返事が来ない・・・今日は旦那さんが休みだ・・・なかなかメールもできないんだろう・・・
昨日、亜貴と初めてSEXをした・・・身を焦がすような・・・狂おしいSEXだった。
果てることが、終わることが悔しくて・・・亜貴とSEXできる幸せを手放したくなくて、時間の許す限り抱き続けた・・・亜貴の身体を、膣を使い続けた。
亜貴は鳴き続け、何度も、逝き、果てた・・・その果てたばかり、逝ったばかりの身体を引き戻して、さらに責め続けた。
精力は普通だと思う。・・・いや、弱い方かもしれない。
1日に何度もSEXするということがなかった。
愛し合っていても、1度SEXすれば、それで満足してしまう。
その日のうちに・・・時間が経ったからといって1日に何度もSEXしたいとは思わない・・・それが、昨日は何度も求めた・・・お弁当を食べ・・・午後にコーヒーを飲んだ・・・それ以外の時間を全て布団で過ごした・・・抱き合った・・・亜貴の身体を使い続けた・・・抱いても抱いても・・・使っても使っても・・・責めても責めても欲情が果てることがなかった・・・身体が果てても、果てたままに亜貴を求めた・・・常にシルクの肌が欲しく・・・常に唇が欲しくて・・・常に舌を絡めた・・・
・・・亜貴が帰る時間ギリギリまで亜貴を抱き続けた。責め続けた。
・・・信じられなかった。
SEXだけじゃない・・・ボクは人間関係が苦手な人間だ。欠点だとすら自覚している。・・・だから「ひとり」でいることを好んだ。
他人と一緒に行動することが苦手だ。一緒に過ごすことが苦手だ。
・・・・なのに、亜貴とは、いつまででも一緒にいたいと思った。
話していることが楽しかった。・・・映画・・・本・・・話題に事欠かない・・・いくらでも話していられた。
・・・ほとんどボクが喋っていた。
ボクが一方的に喋り・・・亜貴はニコニコしてボクの話を聞いていた・・・なんというんだろう・・・ボクの顔を見てニコニコしていた。
「生カズくんだぁ・・・」
亜貴の、その言葉が象徴していた。
「やっと会えた」
亜貴の笑顔の中に、その言葉が滲んでいた。
ただ、それだけで嬉しい。
ボクも全く同じ気持ちだった。
いくつもの奇跡の積み重ねの上で、やっと会えた。
・・・良くも悪くも、奇跡が起こらなければ会えなかった・・・会うことはなかった。
もちろん、ただニコニコしているだけじゃない。笑ってほしいところで笑ってくれて、喜んでほしいところで喜んでくれた。
・・・こんな女性がいるのかと思った・・・いや、こんな人間が存在するのかと思った。
亜貴の全てが完璧だと思った。
会うまでは「美化」が入っていると思っていた・・・しかし、会ってみれば・・・現実の亜貴は、その「美化」すら易々と超えていく存在だった。
地球上には70億人からの人間が存在する。
その中には、必ず、自分と相性がピッタリ合う人間がいるんだと思う。・・・捜せば必ずいるんだと思う。
だけど、簡単に出会うことはできない。・・・同じ国にいるとは限らない・・・自分の行動範囲にいるとは限らない・・・人間の一生で出会う人数など、高が知れている。
その数少ない、知り合う人間の中で、相性が寸分違わずピッタリと合う人間に出会うことなど、奇跡以外の何物でもない。
そして、それは人生にとって、最大の「幸福」なんだと思う。
・・・・出会ってしまったのかもしれない・・・・
・・・考えてみれば・・・あの公園で初めて会った時、すぐに、お互いが恋に落ちたんだろう。
顔も、名前も・・・何も知らされず・・・純粋に話をしただけ・・・しかも、文字のやりとりだけで瞬時に恋に落ちた・・・
そうでなければ、初めてで、あんなに話せるはずがない。
次の日にも会いたいと思った。
・・・会えば次の日にも・・・そして次の日にも・・・もっともっともっと・・・会えなければ、話せなければ、その日、一日気分がひどく落ち込んだ。
亜貴とボクは出会ってしまった。
・・・・今日、亜貴は「旦那さんとふたりっきり」だ。
昼間は学校で娘さんもいない。・・・・ふたりっきり・・・・
夫婦だ。SEXしたっておかしくない。
「旦那さんとSEXするよ。夫婦だから当然でしょ」
亜貴に言われた。・・・・ボクにヤキモチをやかせるためだとはいえ、人生のトラウマにすらなるほどショックな言葉だった。
身体が悶えた・・・狂おしいほどに身悶えた・・・今すぐ亜貴に会いたいと焦燥感が募った・・・勝てないと・・・ボクでは太刀打ちできない旦那さんへの、嫉妬の焔が燃え上がる・・・亜貴の身体に触れさせたくない・・・・
正確には「求められたら」という前言葉がついていた。
「求められたら旦那さんとSEXするよ。夫婦なんだから当然でしょ」
・・・亜貴からはしないということか・・・安心していいのか・・・いや、求められれば拒否はしないということだ・・・夫婦なんだから当然だと・・・求められたら拒否はしない・・・夫婦なんだから拒否してはいけない・・・求められたらSEXするってことだ・・・
今日は「旦那さんと二人っきり」だ。もし旦那さんが身体を求めたら、亜貴はどうするんだろう・・・
・・・嫌だ・・・嫌だ・・・
亜貴の官能的な裸体が・・・鳴き声を手の甲で隠す仕草・・・悦楽に真っ赤に染まった痴態が浮かぶ・・・魅力的な鳴き声が耳に木魂する・・・
・・・旦那さんとSEXさせたくない・・・
「亜貴・・・愛してる・・・亜貴はボクだけのものなんだからね・・・・」
居ても立っても居られずメールを書く・・・送信ボタン・・・押せない・・・「ボクだけのもの」・・・亜貴が返事に困りはしないのか・・・削除した・・・
朝から・・・メール・・・亜貴からの返事はこない・・・・
プリウスに乗り込んだ。
電源を入れて走り出す。コテージのゲートをくぐった。
亜貴が来てくれなければ、お昼ご飯にもありつけない。
・・・それに、少し喉が痛かった。風邪じゃないと思う。
幹線道路には自衛隊車両、ダンプが走り回っていた。ダンプには廃材なんかがいっぱいだった。倒壊した建物もいっぱいある。・・・空気は靄がかかったような感じだった。
たぶん「粉塵」の影響で喉が痛いんだと思った。
薬局と食い物を探す。
交差点。幹線道路に出るか、さらに山道を奥へと進むのか・・・
泊まっているコテージは「白石蔵王」・・・・山の中にあった。
交通量は少ない・・・・ほとんど対向車にも出会わない。ここは空気も澄んでいた。
なんとなく、幹線道路の粉塵を嫌った。山の中の澄んだ空気から離れたくなかった。奥へと進んで行く。
山道を抜ければ田園風景。平野部に出た。
道なりでプリウスを走らせる。
対向車にも、前にも後ろにも車はいない。見渡す限り走ってる車がいなかった。
・・・・全国展開のドラッグストアがあった。
学校のグランドくらいの広い駐車場に車を入れる。
駐車場にはボクの車だけだ。
・・・・営業してないのか・・・??
車を降りて、店の前に立てば自動ドアが開いた。・・・営業はしてるみたいだ・・・・建物が新しかった。オープンしたばっかりか・・・?
店内に入った。
「・・・!!」
驚いた。
天井の1/3くらいが落ちていた。なくなっていた。・・・骨組だけが残っている。そこから天井内部のコンクリートが剥き出しで見えた。・・・地震で落ちたのは明らかだ。
落ちた天井材は片付けられている。・・・いや、天井が落ちてる以外は何事もなかったような店内だ。・・・新規開店・・・天井補修の工事だけが間に合ってないって感じだ。
店員さんたち全員が品出しの最中だった。
・・・客はボクだけだ。
品物は豊富にあった。
・・・・日常生活へと回復していく途中なんだろう。
喉の薬を買って店を後にした。
しばらく走ってコンビニを見つけて入る。
・・・しかし、お弁当がなかった。パンもない。
・・・いや、お菓子も・・・「食い物」というものが全くなかった。
・・・車を走らせる。
山々の稜線が見える。
平野部は「ブルー」一色だった。・・・・ブルーシートの色だ。
巨大地震だった。
建物が崩壊しなくても「建てつけ」は悪くなっている。瓦が落ちている。雨漏りがするに違いない。・・・泊っているコテージの壁にもヒビが入っている・・・中の扉は閉まらなくなっていた。
応急処置のブルーシートが全ての建物にされていた。村、町、街・・・全ての建物がブルーだった。
山々・・・春の新緑・・・そのところどころに淡いピンク・・・ポツンポツンとピンク色があった。花が咲いていた。・・・・「桜」だ。
震災から1ヶ月。
こんな時にも「桜」は咲いていた。
・・・・綺麗だった。美しかった。
鮮やかな緑の山々。ポツンポツンと桜色。
なんと鮮やかな色なんだろう・・・・
余震は続いていた。
常に小さく地面は揺れていた。時々くる大きな余震。
・・・・そんな中でも「桜」は咲いていた。
食い物を求めて幹線道路に向かう。
再び山道に入っていった。・・・標高が上がっていく・・・
・・・・・!!
突然、雪がフロントガラスを叩く・・・いや「雹」だった。水を含んだ霙じゃない・・・霰じゃない・・・フロントガラスに真っ白な飴玉ほどの雹・・・固形物が屋根に叩きつけられる音が響く。
山の天気は変わりやすい。・・・・とはいえ4月だ。
それなのに、すぐにワイパーが効かないほどの「雹」に襲われた。
風が出ている。空は真っ暗だ。ライトを点ける。
曲がりくねった山道。危険だ。
ハザードを出して速度を落とした。
しばらく走ると道路脇が広くなっていた。ちょっとした展望スペースのような感じ・・・・車を入れた。
・・・・風が強い。ライトを消し、ワイパーを消した。
フロントガラス、雹から霰になっている・・・真っ白に積もっていく・・・暖房のせいで窓が曇っていく・・・
亜貴からメールが来ていた。
「カズくん おはよー なかなかメールできなくてゴメンね カズくん 今日も愛してるからね」
・・・返信を考える。
「亜貴はボクだけのものだからね」
・・・書けない・・・送れない・・・他には思いつかない・・・今日、亜貴は旦那さんと一緒だ・・・その焦燥感だけが募る・・・
返信できないで携帯を胸ポケットにしまった。
・・・・雪に変わっていた。
風は相変わらず強い。それでも昼間の明るさに戻った。・・・曇った窓から視界に入ってきた・・・鮮やかな色が踊っていた・・・気になった。
車を降りた。・・・・・見た。
展望台の脇に1本「桜」が立っていた。
凛として、孤高に立っていた。
花・・・いや「華」が美しく咲き誇っている。
・・・・初めて見た。
吹雪に向かって咲く「桜」を初めて見た。
冬の雪と、春の桜が同時に存在する風景を初めて見た。
・・・なぜだか・・・・涙が出た。
東北大地震。東日本大震災。
未曾有の大災害だ。
原子力発電所も爆発した。
国家規模の危機だといっていい。
そんな中でも「桜」は咲く。
そして「桜」が吹雪に耐えていた。
吹雪に耐えて、吹雪に向かって華を咲かせていた。
吹雪に「桜」が散っていた。
何があっても「桜」は咲く。
華を咲かせる。
たとえ散らされようとも華を咲かせる。
今日、雹に散らされようとも、明日は、また見事な華を咲かせるだろう。
どんな逆境が立ち向かうとも、咲く季節には見事に咲く。
たとえ散ろうとも、毎年毎年、華を咲かせる。見事に、見事に、凛として美しく桜の華は咲く。
・・・・天井の抜けたドラッグストアで黙々と働く人々。
ブルーシートの街。
食料品のないコンビニ・・・・
ボクは泣けてきた。
人生は理不尽だ。
いつだって、誰にとっても、人生は理不尽だ。
それでも生きていく。生きていってやる。
・・・この桜は亜貴だ。
吹雪の中・・・それでも凛として、気高く咲き誇る。
亜貴が好きだ。亜貴を愛してる。
世界の誰よりも亜貴を愛している。
亜貴を誰にも渡したくない。
・・・・誰にも渡さない・・・・
たとえ旦那さんにも・・・・勝るものが何もなくとも・・・・旦那さんに渡したくない・・・
胸ポケットから携帯を取り出した。
「亜貴・・・愛してるからね 亜貴はボクだけのものだからね!」
メールした。
吹雪の中。
「高嶺の華」亜貴にメールした。
プリウスに乗り込む。
電源を入れ、暖房を最大にした。
メールの着信音。
「カズくん・・・愛してる♥♥・・・うん・・・私はカズくんだけのものだからね♥♥」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
74
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる