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◆第一章
2.
しおりを挟むマンションのエントランスの手前に、ペット用に設置されている足洗い場がある。知ってはいたけど、もちろん一度も使ったことのなかったそこで、犬の足を洗ってから、他には持っていないので、オレの手拭き用のタオルで綺麗に拭いた。
エレベーターに乗って、八階まで。ドアが開くと、また犬は先に降りた。
初めての場所でも全く物怖じもしてないし、警戒もしない。この子って……オレについてこい、タイプなのかな。
そんな風に思うと、可笑しくてしょうがない。
エレベーターを出て、左右に廊下は別れているのに、運良くちゃんとオレの部屋がある右側に行くのも何かすごい。部屋の鍵を開けてドアを開くと、犬が当然のように中に入る。
「あ、最後に足とか拭かせて。ちょっと待っててくれる?」
分かってくれるか分からないけれど、でもこの子は分かってくれる気がして、オレはそう伝えると、部屋に急いで、タオルを水に濡らして玄関に戻った。
犬はちゃんと、上がらずに待っていてくれる。
「……ほんと頭いいね、お前」
足を拭いて、それからもう一枚のタオルで、顔と体を拭く間、ずっと大人しくしてくれている。
「はい。どうぞ」
そう言うと、すぐに、犬は部屋に上がった。
オレは玄関に置いていた買い物袋を手に持って、リビングに入る。
とりあえずキッチンのカウンターに、ビニールを置いて、スマホに触れた。
明日の役所を待たなくても、SNSで呼びかけてみるのもありかもしれないと思った。情報収集のために登録だけして全然使ってないアカウントがある。
迷子犬で、拡散してもらえないかなあ……。
そんなことを考えながら、ふと犬を見ると。
リビングの窓から、空を見上げている犬の後ろ姿に、クスッと笑ってしまう。月を見上げてて、なんだかまるで狼みたいに見えてしまった。
犬種って何なんだろう……。あんまり見たこと、ないかも。あんな毛並みの色。高いのかな、もしかして。
この子の写真を投稿して、迷子犬ってしたら、拡散してもらえそうな気がする。
もしかして、すぐ飼い主から連絡が来るかも。ナイスアイデアかも!
「ねね、写真撮ってみてもいい?」
そう言いながら、犬の正面に座って、スマホのカメラを向けた瞬間、ぷい、とそっぽを向かれた。
……あれ??
「ちょ……こっち向いてー?」
ちらっとこっちを向くのだけれど、すぐにそっぽを向かれる。
え。カメラ、嫌い……? ほんと、変な犬。
ぷ、と笑ってしまう。
「ね、こっち向いてよ。写真撮らせて?」
何度か正面に回りこみ、撮ろうと試みるのだけれど、ことごとくそっぽを向かれて、撃沈。
……後で寝たら、寝顔を撮るしかないんだろうか……。
ていうか。カメラを拒否る犬って、何だよー?
思いながら、クスクス笑ってしまう。
しばし試した末、諦めてスマホをリビングのテーブルに置いた。とりあえず、買ってきた食べ物をしまおうと、ビニールを手に開いた時。あ、と手が止まった。
ドックフードとか、買ってくれば良かった。
ああでも、リード無いから外に待たせておけなかったし、しょうがないか。
今、買ってこようかな。
「ちょっと買い物に行ってくるから、待っててくれる?」
きっと話は通じてるはず。そう思いながら犬の頭を撫でた瞬間。
「どこに行くんだ?」
そんな声が、聞こえた。
え?
「何を買いに?」
「何を……ドッグフード……? え???」
どこから、声?
――――……目の前の犬を、見つめるけど。
しゃべってる感じでは、ない。口も、動いてないし。ていうか、そんなの当たり前だし。
ていうか、何この声、なんか耳から聞こえるっていうよりは、頭の中に。
「ドッグフードは食べないから要らない」
また聞こえる。
内容的にも、犬の言葉な気がするけど――――……やっぱり、しゃべってはいない。
でも……。
どうしたらいいか分からず、呆然と、犬を見ていたオレの、目の前に。
不意に――――……人、が、現れた。
「……は?」
何、この、人。
どこから来た…………???
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