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第2章

◇パニック*圭

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「……っ仕事しましょう、先輩」

 オレが言うと、先輩はふっとオレを見て。それから、ぷっと笑った。

「お前そんなんで仕事できる? 大丈夫?」
「全然できます、大丈夫です」

「ふうん、そう? お前ってほんと面白いよなあ?」

 先輩がクスクス笑ってる。
 オレは、机の鍵を開けようとして、カバンのポケットを漁り、はた、と強張る。

「どした?」
「……鍵、忘れました……」
「あららら……」

 気の毒そうな声に返す言葉もなく、仕方なくオレは立ち上がった。

「……すみません。鍵、借りてきます」
「頑張れよー」

 とぼとぼと歩き、フロアの一番端のキャビネの引き出しを開ける。
 そこには、このフロアの机の合い鍵の山。

 大事な資料が入ってるキャビネの鍵は上司が管理しているから別なのだが、私物を入れておく机の合い鍵はすべてここに集まっている。
 ざっと100は超えているその鍵の中から、自分の机と同じ記号を探さなければならないのだ。その大変さは、回数は多かれ少なかれ、誰もが体験はしているらしく。太一の「頑張れよ」という言葉は、この作業に向けてのもの。

 コレが嫌だから、鍵だけはいつも忘れないようにしていたのに……。

 今日は、会社に来るだけで精一杯で、他に何を忘れていたって、不思議じゃない位で。

 誰か整理しとけば良いのに、と思うけれど、誰もそんな事をやってるヒマはない。
 ……あとで自分のだけ、こっそり印つけとこ……。そんな風に思いつつ。すぐ近くの使用されていない机に、全ての鍵をばらばらと散らした。時間がかかるので、仕方なくそこの椅子に腰掛ける。
 その時。

「……なにやってンだよ?」

 後ろから声がして、ぽん、と肩を叩かれた。
 間違える筈もなく、高瀬の声で、 ドキン、と心臓が弾んだ。

「探すの手伝う。机の記号、いくつ?」

 クスクス笑う高瀬の手が、鍵の束の一つに伸びた。

「――――……エ…… Sの……145」
「ん」

 隣に座って、鍵の記号をチェックしはじめる、高瀬。

「……あり、がと」
「ん。いーよ。 いーから探せよ。 10時からミーティングだってさ」

 クス、と笑う高瀬。
 頷いて、探し始めるけれど、正直、鍵の記号すらちゃんとチェックできてるのかも微妙な位、まったく集中出来ない。

 隣に、居るって、それだけで。
 ――――……もう、頭はパニックで。

 どうしたらいいのかも、分からない。


「――――……お前、落ち着いて考えるって言ったろ?」
「……え?」

 不意に静かな声で言われた言葉に、パニックの頭で一瞬呆けていると。

「……考えた? 結論は?」
「――――……え、と……」

「……まだ結論出てない?」
「………ごめん……」

 小さく、頷くと。 
 そっか、と笑う高瀬。

「――――……もう1回言っとく」
「……?」


「……付き合おうって言ったの本気だからな? オレずっと、織田と一緒に居たいから」

 あまりにまっすぐ見つめられて、もう、ただ見つめ返すしか出来なかった。

 一番最初に好きだと思った、瞳が――――……ふ、と緩んで。 
 優しい笑みを作った。


「……答え。待ってるな、織田?」

「――――……」

 正直どうしたらいいか分からないまま、小さく、頷いた。
 頷くと、高瀬はまた視線を鍵の束に戻した。

 もう、自分の混乱状態はMAXで。
 鍵なんかもうどうでもいいから、今日はこのまま会社から帰りたい位で。


 ――――……高瀬が見つけてくれなかったら、
 一生かかっても鍵なんか見つけられそうな状態ではなかった。





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