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三章
65話 恐怖
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魔獣たちから出てくる地響きのような咆哮や唸り声、鼓膜を引き裂こうとするような鳴き声の中で、ピングの耳を一番震わせる音が混ざる。
「いやだーーーーーーー!!!! 怖いーー!!!」
自分自身の悲鳴だ。
ピングは魔獣の群れを縫うように動いていくホワイトタイガーにしがみついて涙目になっていた。
唾液の滴る牙、大きく鋭い爪、どこを見ているのか分からない白い瞳や、逆にはっきりとこちらを睨んでいるのが分かる血に飢えた瞳。
「ひっ」
目があってしまってブワッと全身鳥肌が立つ。
体表が鱗で覆われているものもいれば、固い岩のような皮膚に覆われているものもいる。
とにかく、魔獣との距離が近い。こんなに魔獣に近寄ったのは、授業で眠らされた個体を見た時だけだ。
寝ていても禍々しい魔力が滲み出ていて怖かったと言うのに、今は牙を剥いて襲って来ているのだ。恐怖しかなかった。
「演武の時みたいに落雷ばちばちドッカーン! というわけにはいかないのか!?」
「数が多いですし、魔物が本領発揮する夜ですし。一体一体確実に仕留めたいんです」
ピングとは正反対に冷静なティーグレは、魔術で生成した槍に氷を纏わせて魔獣に投げつけた。見事に命中した槍を中心に、魔獣は氷漬けになる。
「近くて怖い!」
ホワイトタイガーの毛並みに半分体を埋めるようにして、ピングは魔獣の目の方に手のひらをかざす。出現した魔法陣から炎の矢が放たれた。瞳孔が縦長になっている獰猛な瞳を矢が射抜く。
肉が焼ける臭いだというのに生臭く、ピングは鼻の息を止めた。
ティーグレはピングの近くの魔獣に向けていた魔術を他の魔獣に起動修正して笑う。
「素直でかわいい。そして怖がりながらちゃんと仕留めてるのが逆に怖い。火事場の馬鹿力怖い」
ひぃひぃと喚いているピングだったが、本人が思うより上手く魔術を操っていた。これまで習った呪文を滑らかに紡ぎ、操作して狙った場所に攻撃している。実に見事なものだった。
だが悲しいかな、本人は必死すぎて努力の成果には気づいていない。
「うわぁあもうやだ! ……っ!?」
最早数えきれない泣き言と共に、目の前の翼の生えた魔獣が吹っ飛んだ。
髪をなびかせたピングは止まりかけた心臓を抑える。
目の前に突如現れた巨大な熊。
魔獣ではなく、使い魔だと一目で分かった。
「皇太子殿下、ご無事で!」
「怠い体に鞭打って駆けつけたけど、来んでも良かったかもやな」
生真面目な低い声と、場にそぐわない軽やかな声が耳に届く。
熊の使い魔を操るオルソと、狼に乗ったローボが闘技場内に現れたのだ。
助けを呼んだ覚えもないのに登場した2人に、ピングの瞳は驚きながらも期待に煌めく。
ローボは狼をホワイトタイガーの近くに寄せてきた。ピングは仲間が増えた安心感で口元が緩む。
「な、なんで……?」
「魔術演武で興奮しとったから控え室で……あー、寝とってな? 防音の魔道具のせいで今まで気づかんかったんや。効果ありすぎて逆に危ないなコレ」
興奮してたから寝ていたの意味は分からなかったが、疲れていたの言い間違いだろう。
見せてきたローボの手のひらには赤い魔石がある。小指の先ほどの大きさの立方体のそれは、以前ピングに「やる」と言っていたものだった。
体力を消耗する魔術演武後に、防音魔道具を使った控え室でオルソと共に寝てしまったようだ。
納得して頷いたピングに、ローボは手を差し伸べる。
「皇太子様、こっちくるか? ティーグレ様のが俺より火力あるし、守る方やるで」
「そ、そうか?」
ティーグレの足手纏いになっているのも申し訳なかったピングは、褐色の手をとりかける。
が、腰をグッとティーグレに抱き寄せられた。
「ダメ。ピング殿下の定位置はここ」
「でも、邪魔じゃ」
「邪魔じゃない」
「……なんや見せつけられて終わる俺、可哀想やと思わん?」
行き場のなくなった手をプラプラと振るローボの声の先では、オルソが剣を振るっていた。
持ち歩くのが難しそうな大剣は、魔術で生成されているのだろう。振り抜く度に鋭い風が巻き起こって砂塵が舞う。
「魔獣はもっと厳重に扱うべきだな」
オルソはローボの問いかけには全く反応をしない。使い魔の熊と共に魔獣を叩き伏せることに集中している。
「来年からの課題かなー」
オルソの真剣な顔での呟きに、ティーグレが苦笑した。加勢が来たことで、ティーグレの肩の力が少し抜けたのが声のトーンで伝わってくる。
魔術演武の時よりも3人の攻撃魔術が見事なのはもちろん、ピングも力を尽くして魔獣たちを圧倒していく。
しかしキリがなかった。
魔獣は魔力が尽きていなければ、傷が浅いと人間では考えられないほど早く回復するのだ。
一掃するだけなら、命を奪うか魔力の核になる器を破壊すれば良い。だが檻の中に戻してこの騒ぎを無かったことにしたいのだ。
塩梅が難しかった。
「いやだーーーーーーー!!!! 怖いーー!!!」
自分自身の悲鳴だ。
ピングは魔獣の群れを縫うように動いていくホワイトタイガーにしがみついて涙目になっていた。
唾液の滴る牙、大きく鋭い爪、どこを見ているのか分からない白い瞳や、逆にはっきりとこちらを睨んでいるのが分かる血に飢えた瞳。
「ひっ」
目があってしまってブワッと全身鳥肌が立つ。
体表が鱗で覆われているものもいれば、固い岩のような皮膚に覆われているものもいる。
とにかく、魔獣との距離が近い。こんなに魔獣に近寄ったのは、授業で眠らされた個体を見た時だけだ。
寝ていても禍々しい魔力が滲み出ていて怖かったと言うのに、今は牙を剥いて襲って来ているのだ。恐怖しかなかった。
「演武の時みたいに落雷ばちばちドッカーン! というわけにはいかないのか!?」
「数が多いですし、魔物が本領発揮する夜ですし。一体一体確実に仕留めたいんです」
ピングとは正反対に冷静なティーグレは、魔術で生成した槍に氷を纏わせて魔獣に投げつけた。見事に命中した槍を中心に、魔獣は氷漬けになる。
「近くて怖い!」
ホワイトタイガーの毛並みに半分体を埋めるようにして、ピングは魔獣の目の方に手のひらをかざす。出現した魔法陣から炎の矢が放たれた。瞳孔が縦長になっている獰猛な瞳を矢が射抜く。
肉が焼ける臭いだというのに生臭く、ピングは鼻の息を止めた。
ティーグレはピングの近くの魔獣に向けていた魔術を他の魔獣に起動修正して笑う。
「素直でかわいい。そして怖がりながらちゃんと仕留めてるのが逆に怖い。火事場の馬鹿力怖い」
ひぃひぃと喚いているピングだったが、本人が思うより上手く魔術を操っていた。これまで習った呪文を滑らかに紡ぎ、操作して狙った場所に攻撃している。実に見事なものだった。
だが悲しいかな、本人は必死すぎて努力の成果には気づいていない。
「うわぁあもうやだ! ……っ!?」
最早数えきれない泣き言と共に、目の前の翼の生えた魔獣が吹っ飛んだ。
髪をなびかせたピングは止まりかけた心臓を抑える。
目の前に突如現れた巨大な熊。
魔獣ではなく、使い魔だと一目で分かった。
「皇太子殿下、ご無事で!」
「怠い体に鞭打って駆けつけたけど、来んでも良かったかもやな」
生真面目な低い声と、場にそぐわない軽やかな声が耳に届く。
熊の使い魔を操るオルソと、狼に乗ったローボが闘技場内に現れたのだ。
助けを呼んだ覚えもないのに登場した2人に、ピングの瞳は驚きながらも期待に煌めく。
ローボは狼をホワイトタイガーの近くに寄せてきた。ピングは仲間が増えた安心感で口元が緩む。
「な、なんで……?」
「魔術演武で興奮しとったから控え室で……あー、寝とってな? 防音の魔道具のせいで今まで気づかんかったんや。効果ありすぎて逆に危ないなコレ」
興奮してたから寝ていたの意味は分からなかったが、疲れていたの言い間違いだろう。
見せてきたローボの手のひらには赤い魔石がある。小指の先ほどの大きさの立方体のそれは、以前ピングに「やる」と言っていたものだった。
体力を消耗する魔術演武後に、防音魔道具を使った控え室でオルソと共に寝てしまったようだ。
納得して頷いたピングに、ローボは手を差し伸べる。
「皇太子様、こっちくるか? ティーグレ様のが俺より火力あるし、守る方やるで」
「そ、そうか?」
ティーグレの足手纏いになっているのも申し訳なかったピングは、褐色の手をとりかける。
が、腰をグッとティーグレに抱き寄せられた。
「ダメ。ピング殿下の定位置はここ」
「でも、邪魔じゃ」
「邪魔じゃない」
「……なんや見せつけられて終わる俺、可哀想やと思わん?」
行き場のなくなった手をプラプラと振るローボの声の先では、オルソが剣を振るっていた。
持ち歩くのが難しそうな大剣は、魔術で生成されているのだろう。振り抜く度に鋭い風が巻き起こって砂塵が舞う。
「魔獣はもっと厳重に扱うべきだな」
オルソはローボの問いかけには全く反応をしない。使い魔の熊と共に魔獣を叩き伏せることに集中している。
「来年からの課題かなー」
オルソの真剣な顔での呟きに、ティーグレが苦笑した。加勢が来たことで、ティーグレの肩の力が少し抜けたのが声のトーンで伝わってくる。
魔術演武の時よりも3人の攻撃魔術が見事なのはもちろん、ピングも力を尽くして魔獣たちを圧倒していく。
しかしキリがなかった。
魔獣は魔力が尽きていなければ、傷が浅いと人間では考えられないほど早く回復するのだ。
一掃するだけなら、命を奪うか魔力の核になる器を破壊すれば良い。だが檻の中に戻してこの騒ぎを無かったことにしたいのだ。
塩梅が難しかった。
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