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三章
63話 嫉妬
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「あー……いつのまにか日が沈む時間だ……」
闘技場の皇族席はオレンジ色に染まっている。ピングはぐったりと体を背もたれに預けていた。クッションのある椅子は座り心地がいいが、さすがにずっと座っていると疲れてしまう。
魔術演武の後、ピングはずっとここにとどまる事になってしまった。
演武を見に来ていた本国の貴族、騎士団長に魔術師団長、異国の商人までもがこぞって挨拶に来たからだ。
昨年も同じ状況になったが、今年は父である皇帝が来られなかったためピングに重責がのしかかった。
そしてやはり、誰もがピングとアトヴァルを見比べているのか伝わってくる。
被害妄想ではない。座る位置でどちらが皇太子かなど分かっているはずなのに、あからさまにアトヴァルの方に丁寧に接する者もいた。
これまでのアトヴァルはそういった無礼に特に何かいうわけではなかったが、
「皇太子殿下に最大の礼を尽くせ」
と、今回ははっきりと切り捨てたのだ。
ピングは「そんなこと言って大丈夫なのか!?」と内心では飛び上がりそうだったが、それ以降は平穏無事に過ごすことができた。
しかし、疲れたことには変わりない。
「飯を食う間もなかったですね。これどうぞ」
挨拶を受けている間もずっと後ろに控えてくれていたティーグレが、温かいものを差し出してくれる。ふわりと漂ってくる揚げたパンの香りに、ピングは頬がどうしようもなくゆるむ。
「どうして欲しいものが分かるんだ」
「ピング殿下、これはいつでも欲しいでしょ。買っといて良かった」
初日に食べてとても気に入った出店のお菓子パン。ティーグレは種類も覚えてくれていたらしい。
砂糖をまぶしたカリッとした生地に歯を立ててピングは幸せに浸る。
癒しの甘みに目を細めて顔を上げれば、まだ薄明るい中で星の筋が見えてきた。暗くなった闘技上は、魔術の炎が自動的に灯り始める。
「今日が最後か」
「名残惜しいですねー」
一緒に夜空を眺めてくれるティーグレは、疲れているはずなのに全くそうは見えない。腰に手を当てて、涼しげな顔をしている。
絵になる姿に胸がときめくのを、ピングは唇についた甘味を舐めとって誤魔化す。
「なんというか、今日はアトヴァルとの差を思い知ったな」
「アトヴァル殿下がああやって言えるようになったのは、ピング殿下が歩み寄ったからですよ」
「そうだろうか……っ!?」
素直に頷けないでいるピングの口元にティーグレが手を伸ばしてくる。唇からはみ出して舌では拭い切れなかった砂糖を、温かい親指が拭っていく。
驚いて固まるピングに口端を上げ、指先の砂糖を赤い舌が舐めとった。その仕草がとても様になり色気があって、ピングは目が眩む。
紫の瞳は、星がとめどなく流れる空を再び見上げた。
「そうそう。しかしまぁ、かっこよかったですよね。神々しくて目が潰れるかと」
「お前はほんとにアトヴァルが好きだな」
弾んだ声を聞いて、浮かれかけた気持ちが萎えていく。アトヴァルの話をしている時のティーグレは本当に楽しそうだ。
ティーグレとは正反対に俯いたピングは、バクバクと甘いパンを頬張った。どんな気持ちで食べても美味しいものは美味しいが、なんだか少しだけ味が薄くなってしまった気がする。
「もしかして妬いてます?」
「……」
ピングは覗き込んできたティーグレから顔を逸らし、パンを口いっぱいになるまで詰め込んだ。リスの頬袋のようになった頬を、ティーグレは緩く突っついてくる。
膨れた顔がおかしいのか、笑みを深めながらだ。
「そんな反応されたら期待しちゃいますよ」
「本気じゃないくせによく言う」
「え?」
砂糖のついた頬を行儀悪くローブの袖で拭うと、ピングは口の中のものを飲み下した。
目を丸くしている優男を、眉を吊り上げてキッと睨め付ける。
「お前が女性しか好きにならないのはもう知ってるんだぞ」
「それは、あー……」
「アトヴァルだけは、男でも良いみたいだけどな」
全部全部、ただの嫉妬だ。
自分が選んでもらえないから、例外にすらなれないから悲しいだけだ。
友人に悪ふざけをしているだけのティーグレは悪くない。
しかし、声に出し始めると止まらなかった。
ティーグレは困惑しているようだ。目線を泳がせて、頭を掻きむしっている。銀髪を揺らしてしばらく地面と睨めっこしていた。
「あの、ピング殿下、ちょっと説明? というか言い訳を」
「もう私に関わらないでくれ!」
本当は、もっと伝えるべきことがあった。聞くべきこともある。
しかしピングは自分の中の煮えたぎる醜悪なものを全部吐き出さないことで精一杯で、ティーグレの言葉を最後まで聞けなかった。
呪文を唱えて目の前にペンギンを召喚する。更にペンギンに向かって魔術を重ねた。
最近覚えた、使い魔の大きさを変化させる魔術だ。
精神が乱れて魔術を行使するのに適さない状態な上に、ピングのこの魔術の成功率は五分五分。
うまく効果が現れペンギンが馬のような大きさになったのは奇跡と言える。
「ピング、俺の話を……!」
声を振り切りピングはペンギンの背に飛び乗った。
闘技場の皇族席はオレンジ色に染まっている。ピングはぐったりと体を背もたれに預けていた。クッションのある椅子は座り心地がいいが、さすがにずっと座っていると疲れてしまう。
魔術演武の後、ピングはずっとここにとどまる事になってしまった。
演武を見に来ていた本国の貴族、騎士団長に魔術師団長、異国の商人までもがこぞって挨拶に来たからだ。
昨年も同じ状況になったが、今年は父である皇帝が来られなかったためピングに重責がのしかかった。
そしてやはり、誰もがピングとアトヴァルを見比べているのか伝わってくる。
被害妄想ではない。座る位置でどちらが皇太子かなど分かっているはずなのに、あからさまにアトヴァルの方に丁寧に接する者もいた。
これまでのアトヴァルはそういった無礼に特に何かいうわけではなかったが、
「皇太子殿下に最大の礼を尽くせ」
と、今回ははっきりと切り捨てたのだ。
ピングは「そんなこと言って大丈夫なのか!?」と内心では飛び上がりそうだったが、それ以降は平穏無事に過ごすことができた。
しかし、疲れたことには変わりない。
「飯を食う間もなかったですね。これどうぞ」
挨拶を受けている間もずっと後ろに控えてくれていたティーグレが、温かいものを差し出してくれる。ふわりと漂ってくる揚げたパンの香りに、ピングは頬がどうしようもなくゆるむ。
「どうして欲しいものが分かるんだ」
「ピング殿下、これはいつでも欲しいでしょ。買っといて良かった」
初日に食べてとても気に入った出店のお菓子パン。ティーグレは種類も覚えてくれていたらしい。
砂糖をまぶしたカリッとした生地に歯を立ててピングは幸せに浸る。
癒しの甘みに目を細めて顔を上げれば、まだ薄明るい中で星の筋が見えてきた。暗くなった闘技上は、魔術の炎が自動的に灯り始める。
「今日が最後か」
「名残惜しいですねー」
一緒に夜空を眺めてくれるティーグレは、疲れているはずなのに全くそうは見えない。腰に手を当てて、涼しげな顔をしている。
絵になる姿に胸がときめくのを、ピングは唇についた甘味を舐めとって誤魔化す。
「なんというか、今日はアトヴァルとの差を思い知ったな」
「アトヴァル殿下がああやって言えるようになったのは、ピング殿下が歩み寄ったからですよ」
「そうだろうか……っ!?」
素直に頷けないでいるピングの口元にティーグレが手を伸ばしてくる。唇からはみ出して舌では拭い切れなかった砂糖を、温かい親指が拭っていく。
驚いて固まるピングに口端を上げ、指先の砂糖を赤い舌が舐めとった。その仕草がとても様になり色気があって、ピングは目が眩む。
紫の瞳は、星がとめどなく流れる空を再び見上げた。
「そうそう。しかしまぁ、かっこよかったですよね。神々しくて目が潰れるかと」
「お前はほんとにアトヴァルが好きだな」
弾んだ声を聞いて、浮かれかけた気持ちが萎えていく。アトヴァルの話をしている時のティーグレは本当に楽しそうだ。
ティーグレとは正反対に俯いたピングは、バクバクと甘いパンを頬張った。どんな気持ちで食べても美味しいものは美味しいが、なんだか少しだけ味が薄くなってしまった気がする。
「もしかして妬いてます?」
「……」
ピングは覗き込んできたティーグレから顔を逸らし、パンを口いっぱいになるまで詰め込んだ。リスの頬袋のようになった頬を、ティーグレは緩く突っついてくる。
膨れた顔がおかしいのか、笑みを深めながらだ。
「そんな反応されたら期待しちゃいますよ」
「本気じゃないくせによく言う」
「え?」
砂糖のついた頬を行儀悪くローブの袖で拭うと、ピングは口の中のものを飲み下した。
目を丸くしている優男を、眉を吊り上げてキッと睨め付ける。
「お前が女性しか好きにならないのはもう知ってるんだぞ」
「それは、あー……」
「アトヴァルだけは、男でも良いみたいだけどな」
全部全部、ただの嫉妬だ。
自分が選んでもらえないから、例外にすらなれないから悲しいだけだ。
友人に悪ふざけをしているだけのティーグレは悪くない。
しかし、声に出し始めると止まらなかった。
ティーグレは困惑しているようだ。目線を泳がせて、頭を掻きむしっている。銀髪を揺らしてしばらく地面と睨めっこしていた。
「あの、ピング殿下、ちょっと説明? というか言い訳を」
「もう私に関わらないでくれ!」
本当は、もっと伝えるべきことがあった。聞くべきこともある。
しかしピングは自分の中の煮えたぎる醜悪なものを全部吐き出さないことで精一杯で、ティーグレの言葉を最後まで聞けなかった。
呪文を唱えて目の前にペンギンを召喚する。更にペンギンに向かって魔術を重ねた。
最近覚えた、使い魔の大きさを変化させる魔術だ。
精神が乱れて魔術を行使するのに適さない状態な上に、ピングのこの魔術の成功率は五分五分。
うまく効果が現れペンギンが馬のような大きさになったのは奇跡と言える。
「ピング、俺の話を……!」
声を振り切りピングはペンギンの背に飛び乗った。
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