【完結】ペンギンに振り回されてばかりの出来損ない皇太子は、訳あり幼なじみの巨大な愛に包まれているらしい

虎ノ威きよひ

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二章

38話 乳兄弟

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 自分の能力が至らないからと一方的に嫉妬して、売り言葉に買い言葉で糾弾して。
 もし子どもの頃にこのやりとりができていたなら、まだ叱ってくれる人がいただろうに。

 ティーグレはベッドに乗り上げて、柔らかく抱き締めてくれる。浅葱色の詰め襟だけになっている肩にピングの額を当ててくれるから、遠慮なくそこを濡らした。

「私は、言ってはいけないことを、言った」
「あれはお互い様でしょ」
「本当は仲良くしたかった」
「知ってますよ。ピング殿下、昔はよくそう言ってました」
「そう、だったかな」

 鼻を啜りながら先ほどまで夢で見ていた幼い頃の記憶の小窓を覗く。

 皇太子のピングには同年代の友人が居なかった。みんなが遠慮して、上位貴族の令息にも令嬢にも、一歩引かれてしまっていて。
 ティーグレでさえ、あまりピングに関わろうとしなかったくらいだ。

 同い年の弟だけは、対等に接してくれると期待して、裏切られた。
 幼いが故に空気を読まず何度か挑戦できたが、それでも結局は心が折れてしまった時。
 
 皇后に心配をかけないように庭園の隅で隠れて泣いているピングに声を掛けてくれたのが、ティーグレだった。

『アトヴァルと仲良くしたいのに』
『そんな風に思ってたんですか』

 今のように抱きしめてくれて、頭を撫でてくれた。

「あの時から、お前は優しくなった気がする」
「そうでしたっけ?」

 ティーグレが惚けた表情をしたので、ピングは鼻の赤い顔を上げて眉を寄せる。
 忘れたとは言わせない。誰にでもにこやかに接するティーグレが、ピングにだけは冷ややかな目をしていたことを。

「私が何か失敗するたびに鼻で笑ってたくせに」

 掠れた声で指摘してやると、ティーグレは白いハンカチでピングの顔を拭い始めた。目元を布で遮られて表情は見えないが、穏やかな声のまま言葉を紡ぐ。

「それまでは、要らんことしぃのやな奴だと思ってたんですよ」
「事実なのがつらい」
「あとまぁ……俺も子どもだったんで。恥ずかしながら母親を取られたと思って、へそ曲げてたんです」

 ティーグレの母親であるグリチーネ侯爵夫人は、ピングの乳母であった。
 このマーレ帝国では、皇族の乳母は赤子から成人するまでの世話係兼教育係の筆頭になる。

 幼い頃から母親がピングの世話で忙しかったティーグレからしたら、ピングは母親を独り占めする邪魔者だったのは納得だ。

 しかもピングは人一倍世話がかかる子どもだった。
 皇后が忙しい合間を縫って会いに来てくれてはいたが、テキパキ世話をしてくれるグリチーネ侯爵夫人にもピングは甘えに甘えていた。
 逆の立場だったなら大癇癪を起こしている自分が想像できたピングは、ティーグレの腕の中で居心地悪そうに体を小さくした。

「それはその……そこまで気が回らず申し訳ないことを……」
「ピング殿下が気を回すとこじゃなかったでしょ。これは俺と母親の問題だし……ほんもんの子どもだったから仕方ないってことで」

 軽く笑ったティーグレは、本気で気にしていないようだった。ハンカチを持った手の甲が、ピングの湿った頬を直接撫でてくる。
 ピングがおずおずと大きな瞳を揺らせば、男らしく薄い唇が、明日には腫れ上がっているであろう瞼に柔らかく触れた。

「指を傷だらけにして、一生懸命ハンカチに刺繍したんだって気づいた時からかな。ピング殿下が何しても可愛く見えてきて」
「え……」
「いつも可愛い……愛おしい、かな」

 胸が大きく脈打つ。抱きしめ合った状態で、互いの心臓と心臓が叩き合った。
 煌めくアメジストの瞳に吸い込まれるように、ピングは呼吸も忘れて見つめる。
 瞬きすらしたくないほど、囚われた。

「ティーグレ、それは……どういう……」
「俺はピング殿下のこと、すごく大事に思ってるってことです」

 そうではない。それはピングにも分かっていた。

 言葉には色々な意味がある。「大事」にも「愛おしい」にも「好き」にも色んな感情が乗せられる。
 その中の、ティーグレの気持ちは何なのかが聞きたかった。

 何と聞けば欲しい答えが得られるのかと、ピングは熱を持った頭を働かせる。

『俺、女の子専門』

 浮かんだ言葉に、急に冷水を浴びせられた。

(あ、そうだ……ティーグレの好きは、違う)

 何が違うのか。それはもう考えない方がいい。
 ピングは頬に当たるティーグレの手に一回り小さくて細い自分の手を添えて、瞼と共に心のカーテンを下す。

 胸の鼓動が三十回ほど鳴る間だけ温もりを楽しみ、次に目を開けた時には青空色の瞳はただの幼なじみを写していた。
 ティーグレは落ち着いたピングから体を離し、ポンポンと両肩を叩く。

「さて、喧嘩の後は何しないといけないか分かりますか?」

 皇太子を慰めるお勤めは終わったらしい。
 華やかな顔を完璧な笑みの形にして、清々しい声で問いかけてきたティーグレ。

 ピングは正反対に表情を引き攣らせ、機械仕掛けのようにぎこちなく首を明後日の方へと向けた。

「あ、合わせる顔が」
「それは向こうも同じ。先に歩み寄った方がかっこいいですよ」
「うう……でも……ん?」

 ティーグレの言葉と共に手元を何かに擽られて目線を落とす。
 黒いローブをカーペットに引きずって咥えているペンギンが、純粋無垢な表情で見上げてきていた。
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