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二章
37話 異母兄弟
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「アトヴァル、私たちは同い年の兄弟だろう? ピングって呼んでくれ」
「できません。皇太子殿下」
何度頑張っても手を取ってもらえなかったから、ピングはアトヴァルとの関わりを諦めてしまった。
マーレ帝国皇帝には二人の皇子がいる。
一人は皇后との間に生まれた皇太子、ピング・オーロ・ヴェ・ルデマーレ。
もう一人は側妃との子である第二皇子、アトヴァル・ゴルト・ヴェ・ルデマーレ。
ピングとアトヴァルは1日違いで生まれた、同い年の異母兄弟だ。
皇后は同盟国の姫、側妃はマーレ帝国の貴族の娘。
母親の身分の差から考えても、皇太子はピング以外には考えられなかった。生まれた順番が逆でなかったことは幸運だと思われた。
問題があるとすれば、二人の能力の差。
どんなに皇帝がこの子が皇太子だと示そうとも、どんなに皇后が皇太子を愛そうとも、皇太子本人が努力しようとも。
第二王子アトヴァルは、まごうことなき皇帝の資質だった。
誰もが感じているが、誰も口に出すことはない事実が常に皇太子ピングに重しとなってのしかかる。
それでも、幼いピングはアトヴァルに歩み寄ろうとした。家庭教師たちが揃って優秀だと褒め称えるアトヴァル。
羨ましさや妬ましさと共に、憧れもあったからだ。
皇后が開いた茶会に側妃がアトヴァルと出席した時にはいつも声をかけた。何度話しかけてもアトヴァルの反応は薄かったが、ピングはめげなかった。
アトヴァルが転けてしまった時には、全く手を貸さない側妃の代わりに自分より体の大きいアトヴァルを助け起こした。
「母上は、私が転んだ時はこうやってしてくれる」
抱きしめて、頭を撫でた。
「泣かなくて偉いぞアトヴァル」
一日だけでも自分が兄だからと背伸びしたかったのもあるだろう。とにかくアトヴァルと仲良くしたいと思っていた。
それでも、アトヴァルの氷のように凍てついた心は溶けることはない。いや、むしろ関わろうとすればするほど、頑なになっていた。
その理由をよく考えられない状態で、決定的なことが起こる。
「母上に教わって、アトヴァルにって作ったんだ」
差し出したのは、アトヴァルの名前を刺繍したハンカチだった。いびつな文字だったが、何度も何度もやり直して一番上手にできたものだ。
喜んでもらおうと、皇太子教育の合間を縫ってひと針ひと針丁寧に縫った。
針で突き刺してしまってキズだらけの手の上に乗る白いハンカチを一瞥したアトヴァルは、
「私には必要ありません」
そう言って、受け取りもせずピングに背を向けた。
あの時、一瞬だけ淡青色の瞳が温度を持ったのも、一瞬だけ手がハンカチの方に動いたのも。
気がついていたのに、ピングは悲しさが勝ってそれ以上は歩み寄ることが出来なくなった。
「アトヴァル……ん?」
薄らと空色の瞳が瞼から覗く。
唇からこぼれた掠れた声に自分自身が驚いて、本格的に目が覚めた。口を抑えてピングが起き上がると、見慣れた顔が優しく目を細めて見下ろしてきている。
「気がつきましたか、ピング殿下」
「ティーグレ」
揺れる短い銀髪と澄んだ紫色の瞳、その背景に見えるのは一年以上生活して馴染んだピングの自室だった。
体の中にポッカリ穴が空いたような気持ちでぼんやりと部屋を眺める。どうして自分がここに居るのかを思い出そうとするが、記憶が曖昧だ。
また、夢だったのだろうか。どこからが夢だったのだろうかと心が現実逃避する。
夢でなければ、ピングとアトヴァルの魔術が拮抗して大爆発するなんてあり得ない。
「派手な兄弟喧嘩でしたねー」
「ティーグレ」
「魔術同士の相性って怖いですね。熱いと冷たいがぶつかってドカン、なんて」
「……てぃーぐれぇ」
優しい表情と声で現実に引き戻してくる残酷な幼なじみに、ピングは両腕を伸ばした。
空色の瞳からハラハラと、泉のように雫が溢れてくる。
『生まれてこなければ良かった』
なんてことを言ってしまったのか。言わせてしまったのか。
「できません。皇太子殿下」
何度頑張っても手を取ってもらえなかったから、ピングはアトヴァルとの関わりを諦めてしまった。
マーレ帝国皇帝には二人の皇子がいる。
一人は皇后との間に生まれた皇太子、ピング・オーロ・ヴェ・ルデマーレ。
もう一人は側妃との子である第二皇子、アトヴァル・ゴルト・ヴェ・ルデマーレ。
ピングとアトヴァルは1日違いで生まれた、同い年の異母兄弟だ。
皇后は同盟国の姫、側妃はマーレ帝国の貴族の娘。
母親の身分の差から考えても、皇太子はピング以外には考えられなかった。生まれた順番が逆でなかったことは幸運だと思われた。
問題があるとすれば、二人の能力の差。
どんなに皇帝がこの子が皇太子だと示そうとも、どんなに皇后が皇太子を愛そうとも、皇太子本人が努力しようとも。
第二王子アトヴァルは、まごうことなき皇帝の資質だった。
誰もが感じているが、誰も口に出すことはない事実が常に皇太子ピングに重しとなってのしかかる。
それでも、幼いピングはアトヴァルに歩み寄ろうとした。家庭教師たちが揃って優秀だと褒め称えるアトヴァル。
羨ましさや妬ましさと共に、憧れもあったからだ。
皇后が開いた茶会に側妃がアトヴァルと出席した時にはいつも声をかけた。何度話しかけてもアトヴァルの反応は薄かったが、ピングはめげなかった。
アトヴァルが転けてしまった時には、全く手を貸さない側妃の代わりに自分より体の大きいアトヴァルを助け起こした。
「母上は、私が転んだ時はこうやってしてくれる」
抱きしめて、頭を撫でた。
「泣かなくて偉いぞアトヴァル」
一日だけでも自分が兄だからと背伸びしたかったのもあるだろう。とにかくアトヴァルと仲良くしたいと思っていた。
それでも、アトヴァルの氷のように凍てついた心は溶けることはない。いや、むしろ関わろうとすればするほど、頑なになっていた。
その理由をよく考えられない状態で、決定的なことが起こる。
「母上に教わって、アトヴァルにって作ったんだ」
差し出したのは、アトヴァルの名前を刺繍したハンカチだった。いびつな文字だったが、何度も何度もやり直して一番上手にできたものだ。
喜んでもらおうと、皇太子教育の合間を縫ってひと針ひと針丁寧に縫った。
針で突き刺してしまってキズだらけの手の上に乗る白いハンカチを一瞥したアトヴァルは、
「私には必要ありません」
そう言って、受け取りもせずピングに背を向けた。
あの時、一瞬だけ淡青色の瞳が温度を持ったのも、一瞬だけ手がハンカチの方に動いたのも。
気がついていたのに、ピングは悲しさが勝ってそれ以上は歩み寄ることが出来なくなった。
「アトヴァル……ん?」
薄らと空色の瞳が瞼から覗く。
唇からこぼれた掠れた声に自分自身が驚いて、本格的に目が覚めた。口を抑えてピングが起き上がると、見慣れた顔が優しく目を細めて見下ろしてきている。
「気がつきましたか、ピング殿下」
「ティーグレ」
揺れる短い銀髪と澄んだ紫色の瞳、その背景に見えるのは一年以上生活して馴染んだピングの自室だった。
体の中にポッカリ穴が空いたような気持ちでぼんやりと部屋を眺める。どうして自分がここに居るのかを思い出そうとするが、記憶が曖昧だ。
また、夢だったのだろうか。どこからが夢だったのだろうかと心が現実逃避する。
夢でなければ、ピングとアトヴァルの魔術が拮抗して大爆発するなんてあり得ない。
「派手な兄弟喧嘩でしたねー」
「ティーグレ」
「魔術同士の相性って怖いですね。熱いと冷たいがぶつかってドカン、なんて」
「……てぃーぐれぇ」
優しい表情と声で現実に引き戻してくる残酷な幼なじみに、ピングは両腕を伸ばした。
空色の瞳からハラハラと、泉のように雫が溢れてくる。
『生まれてこなければ良かった』
なんてことを言ってしまったのか。言わせてしまったのか。
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