【完結】ペンギンに振り回されてばかりの出来損ない皇太子は、訳あり幼なじみの巨大な愛に包まれているらしい

虎ノ威きよひ

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二章

28話 追試

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 ピングの心を映し出したかのような空模様だ。
 空を埋め尽くす黒い雲も、降り注ぎ周囲を霞ませる霧雨も。
 頭のてっぺんからつま先まで濡らして一人で走るピングにピッタリだ。

「居残り殿下、最近居残りしないな」
「でも追試らしいわよ」
「アトヴァル殿下はまた首席だったのに」

 頭の中で、ここに来るまでに聞こえてきた言葉がぐるぐる回る。

 どんなに声をひそめていても人混みの中でも、この耳は嫌なことだけは確実に拾い上げてしまう。
 聞き慣れているいつものことだと言い聞かせながら走る。

 そう、いつものことなのだ。だからピングは今起こっている理不尽にだけ怒りを向ける。

「なんっで私が屋根から出た途端に降り出すんだー!!」

 ようやく辿り着いた温室に声を響き渡らせ、肌に張り付く髪を両手で掻き上げた。
 隣では楽しそうに腹で地面を滑っていたペンギンがキョトンと見上げてきている。一切濡れていないのは羨ましいの一言だ。

 先日終わった定期試験。前回まではほとんどが追試だったが、今回は使い魔の制御と魔術薬の試験のみ。
 誰がなんと言おうと、赤点スレスレだろうとも、ピングの努力は少しずつ実っている。

「うーん……上手くいかない……ティーグレに来てもらえばよかった」

 服を乾かそうと魔術をかけてみるものの、全く意味を成さない。仕方なく一番被害の大きい黒いローブを脱いで浅葱色の詰め襟姿になる。
 霧雨だったのが幸いして、ローブと頭以外はほとんど無事だった。

「アトヴァルなら、一瞬で全身元通りなんだろうな」

 全科目で一位をとっても笑顔ひとつ見せず、当然のような顔をしていた美しい造形の横顔を思い出す。

 アトヴァルへの劣等感の増幅は止まることを知らない。だが落ち込んでも、以前より切り替えるのが早くなっているのをピングは感じていた。

 初恋が破れた頃からだ。
 リョウイチの肩越しに見た、アトヴァルの感情を露わにした顔。澄ました顔の後にソレがよぎるようになった。

(我ながら性格が悪いなぁ)

 ざまぁみろと思っているわけではない。それで勝ったとも思わない。
 完全無欠だと思っていたアトヴァルも人間だったのだと再確認出来るのだ。

 練習もする、失敗もする、好いた相手がとられたら悲しい。
 悩みの程度や次元は違うかもしれないが、ピングには無い悩みもあるはずだとすぐに持ち直せるようになったのだ。

 今朝もリョウイチと二人、中庭で話していたのを見た。表情が随分と柔らかくなったなと思っただけで嫉妬の気持ちは湧いて来なかった。
 もっと引きずるかと思ったが、ピングは自分で思っていたより、恋愛についてはサッパリした性格だったのだろう。

『新しい恋を見つけるのが一番』

 温かい腕の中で聞いた言葉がふわりと頭に浮かぶ。

『見つけるもんでもないですけどね。知らないうちに堕ちてるもんなんで』

 と、肩をすくめる笑顔と共に。

 辛い気持ちが忘れられるなら、恋でも落とし穴でもなんでもいいからさっさと落としてくれと思ったが。
 忙しい日常を送っているうちに、感傷に浸っている場合でもなかったからかすぐに薄れて行った。

 もし新しい恋をしてまたフラれたら、あの辛さが戻ってくると思うとため息が出る。

「新しい恋なんて当分要らない」
「えー? 恋は大事やで?」
「わぅああ!!」

 唐突に声をかけられて飛び上がる。本当に飛び上がった。お陰で温室内の木にぶつかり、なっていた黄色い果実がひとつ、地面に落ちてしまった。

 痛む肩を抑えて目を白黒させていると、小麦色の手が伸びてきて丸い実を拾い上げた。

「お、もう熟しとるやん。ちょうど良かったな」
「う、え……あ!」

 白い歯を見せて快活に笑う男子生徒を見上げたピングは、独り言を聞かれた羞恥心を忘れて目を見開いた。

 夕焼けのような赤い髪、ルビーの瞳。そして黒いローブから覗く太陽に愛された小麦色の肌には見覚えがある。
 以前温室で青い髪の生徒と口付けを交わしていた生徒だ。

 あの時は混乱していた上に、リョウイチが一緒にいて舞い上がっていた。
 だから全く思い出せなかったが、ピングはこの生徒を元々知っている。

「ローボ・ルーフスか」

 学園が浮かぶマーレ帝国がある大陸とは別の大陸から、遥々やってきた留学生だ。
 魔術への理解が未熟な国から来たリョウイチとは違い、交換留学という形で学園に通っている。

 ローボは名前を知られていることに全く驚きもせず、にこやかだ。拾った果実に指で光の魔法陣を描いている。

「こないだはどーも。恥ずかしいとこ見せてもうて堪忍な」
「全然恥ずかしそうじゃなかった」

 浮いた小瓶の中に絞られていく赤い果汁をペンギンと共に見つめながら、ピングは即座に突っ込んだ。

 薬草の影に隠れて見ているピングと目線があってから、ローボが相手の男子生徒を誘うように密着していったことは忘れない。
 恥ずかしがるどころか、楽しんで見せつけようとしたとしか思えない。

 ばっさりと切り捨てたピングに、ローボはケラケラと白い歯を見せて笑った。

「恥ずかしいって興奮するやんなぁ」
「変態の発想だな」

 呆れ返った声を出してから、ピングの頭にふと紫の瞳がよぎる。

 ティーグレの手の温もり、唇や舌が耳を這う感覚、それによって引き出された快感。
 自分でも聞いたことのないような声も達する身悶える姿も。決して見られたくない恥ずかしいことのはずなのに、ピングは確かに昂っていた。
 今も、ほんの少し思い出すだけで血の巡りが早くなり頬が熱い。

「お、心当たりあるんや。やるやんか~やっぱり皇太子様はちがうわ」
「お、お前は私が誰だか知ってたのか!」

 図星を突かれたピングは瓶に詰められた果汁のように染まった顔をそのままに、無理矢理話題を変えようとする。

「知らんやつおるん? この国の皇太子殿下やで?」
「だ、だって」

 ローボが赤い果汁で満たされた瓶の蓋を閉めながら目を丸くしてくるが、ピングは全く納得がいかない。
 皇太子であると知った上でこんなに馴れ馴れしい態度をとってくる人間はいない。
 リョウイチですら、皇太子だと明かした直後は敬語を使っていたというのに。 

 読めない男だが、ピングの言葉にならない気持ちは重々理解しているのだろう。ローボはパクパクと口を開閉させるピングに向かって片目をつむった。

「ほら、俺のが先輩やから大目に見たって?」
「構わないが」

 突っ込んだものの、皇太子という立場を煩わしく思うことがあるピングはへりくだって欲しいわけでもない。二つ返事で頷くと、ローボは笑みを深めてピングの白い手を取った。

「薬草探しにきたんやろ? 案内したるわ」

 快活な声も明るい表情もとても健康的な印象なのに、不思議な色気が滲んでいると感じるのは以前の印象を引きずっているからだろうか。

 ピングはドギマギして手を握り返せずにいたが、ローボは気にせずに温室を進んでいく。
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