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一章
27話 新しい恋
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「どおおおせ私はー!」
ピングはベッドに突っ伏して枕を濡らす。
まだ陽の高い時間に寮の部屋に帰ったが、もう窓の外はオレンジ色になっていた。
そのまま泣き疲れて寝てしまいそうな勢いで泣き喚いているピングを、ティーグレはずっと椅子に座って眺めていた。
「失恋如きでそこまで泣きます?」
「それが失恋した友人に対する慰めの言葉か!?」
「いつでも慰めてあげるって言ってるじゃないですか。体で」
「もう出ていけー!」
この部屋に帰ってきて、三回目の台詞と共に三回目の枕投げをする。
しかし枕はティーグレには当たらず、小ぶりになったホワイトタイガーが嬉しそうに口でキャッチした。これも三回目である。
ずっとこの調子で、あまり慰めてくれる気配はない。
似たようなやり取りを繰り返す主人たちの横では、ペンギンがホワイトタイガーの背中を滑っている。
ピングの胸中とは裏腹に、なんとも平和な光景だった。
「お前だってアトヴァルが好きなんだろ! 悔しくないのか!」
泣き腫らした顔でようやく起き上がったピングは、ビシッと人差し指をティーグレに向ける。ティーグレは目を瞬かせ、胸を張った。
「俺のアトヴァル殿下への愛はそういうんじゃないです」
「どう違うんだ。忠誠か」
「違います。邪な目で見てるんで」
「邪な目……」
それがどういう意味なのか、分からない幼児だったら良かったのだが。残念ながら意味は察せられる。
恥ずかしげもなく堂々と答えられてしまったピングは、混乱で首を捻った。
「そ、それはやはり恋愛とかそういうのじゃ」
「リョウイチに泣かされるアトヴァル殿下で抜くことはあっても、直接抱きたいとは思わないというか」
「ま、待て。やはり聞くのを止める」
ピングは手のひらを出して静止する。
これ以上は危険だ。
変なやつだと思っていた幼なじみを見る目も、リョウイチとアトヴァルを見る目も変わってしまいそうだった。
「はは、残念」
ティーグレはいつも通り軽く流して、特に気にしていない様子を見せる。
話している内にだんだん落ち着いてきたピングだったが、
「邪か……きっと今頃、あの二人は……っ」
想像してぶり返した。
「あんなことやこんなことはしてます」
「うわぁああん!」
トドメを刺されてしまった。
魔術薬の教室の時のようなことや、それ以上のことまでしているかもしれないと頭を掻きむしる。
止めたくても考えることを止められない。
「そりゃ、どうせ童貞の私よりアトヴァルの方が」
「処女奪われてるだけだから童貞あんまり関係ないんじゃないですかね」
「え?」
不思議なほど断定的な言いように、ピングは思わず全ての動きを止める。
完全無欠で無表情な異母弟と、明るく優しい初恋の相手を思い浮かべてみた。
あの二人がもし、ピングが見た以上のことをするとすれば。
「アトヴァルが……抱かれるわけないだろう」
という感想にしかならなかった。
だがティーグレは指を組んで肘を膝に置き、真剣な表情になる。
「抱かれるわけないのが抱かれてるから良いんでしょ」
「お前の趣味は知らん。そもそもリョウイチの方が可愛いし」
「待ってください。リョウイチかわいいですか?」
「かわいい」
妄想癖が暴走しているらしい幼なじみに現実を見せようと、ピングははっきりと言い切った。
体は大きいがどちらかといえば童顔だし、人の良い笑顔もはにかんだ表情も、どれもキュンとするほど可愛い。
ピングが言えたことではないが、「告白されたのは初めて」と言っていたし、恋愛経験も少なそうだ。
それに対してアトヴァルは、成人前からティーグレと共に令嬢にも令息にも大人気。皇太子のピングよりも言い寄る者が多かった。
この学園に来てからもそれは変わらない。
澄まし顔で何人かに手を出しているに違いない、とピングは思っている。
しかしティーグレは納得できないらしい。怪訝そうに眉を顰めていた。
「魔術薬の教室で、二人のアレを一緒に見てましたよね?」
「だ、だからどうした!」
確かに、覗いた時のリョウイチは別人のように男の顔をしていた。押されていたのはどちらかといえばアトヴァルだ。
だが、それはそれとして気高いアトヴァルが体を差し出すとは到底思えなかった。
ティーグレは真顔で唸り声を上げる。
「あれを見てリョウイチが受けだと思ったならなかなか上級者だな……襲い受けと喘ぎ攻めも、まぁありだけど」
「なんの話だ! お前の話は意味がわからん!」
普段以上に饒舌なティーグレに手元の枕を投げようとするが、ベッドのシーツを指で掠めただけだった。
枕は未だにホワイトタイガーとペンギンが遊んでいる。なんだか手持ち無沙汰になってきたため、ピングはペンギンに枕を寄越すように指示を出した。
その間に、ティーグレはソワソワし始めた。
「つーか、本当にちゃんとやってるか見ときたくなってきた」
「何をだ」
「あの二人の初エッチ」
「消え失せろ変態!!」
珍しくペンギンが言う通りに持ってきた枕を改めて叩きつける。確実に当てるために直接、だ。
バフンッといい音がして、手ごたえがあった。
と、思ったのだが。
「まー……とりあえずピング殿下が元気になったからいいかぁ」
「くそー! 防御魔術をするな!」
息をするように魔術が使える幼なじみは、地団駄を踏むピングを見て楽しげに微笑む。
そして、
「わぁあっ」
枕を持った手を掴まれ、引き寄せられる。
胸に収まったピングの背中を、ティーグレはポンポンと優しく撫でてくれた。
「リョウイチのことは、とりあえず早く忘れてくださいね」
「どうやって」
「そうですねぇ」
ようやくまともに慰めてくれる雰囲気に甘えて、ピングは擦り寄った。人の温もりは、やはり心地良い。
「やっぱり、新しい恋を見つけるのが一番じゃないですか」
つい先ほどまでとは別人のように爽やかに言うものだから。
難しいことを、と言ってやりたい気持ちと。
もうすぐそこまで何かが見えている気持ちと。
よく分からないまま。
ピングはティーグレの腕の中で、最後の雫を落とした。
一章完
ピングはベッドに突っ伏して枕を濡らす。
まだ陽の高い時間に寮の部屋に帰ったが、もう窓の外はオレンジ色になっていた。
そのまま泣き疲れて寝てしまいそうな勢いで泣き喚いているピングを、ティーグレはずっと椅子に座って眺めていた。
「失恋如きでそこまで泣きます?」
「それが失恋した友人に対する慰めの言葉か!?」
「いつでも慰めてあげるって言ってるじゃないですか。体で」
「もう出ていけー!」
この部屋に帰ってきて、三回目の台詞と共に三回目の枕投げをする。
しかし枕はティーグレには当たらず、小ぶりになったホワイトタイガーが嬉しそうに口でキャッチした。これも三回目である。
ずっとこの調子で、あまり慰めてくれる気配はない。
似たようなやり取りを繰り返す主人たちの横では、ペンギンがホワイトタイガーの背中を滑っている。
ピングの胸中とは裏腹に、なんとも平和な光景だった。
「お前だってアトヴァルが好きなんだろ! 悔しくないのか!」
泣き腫らした顔でようやく起き上がったピングは、ビシッと人差し指をティーグレに向ける。ティーグレは目を瞬かせ、胸を張った。
「俺のアトヴァル殿下への愛はそういうんじゃないです」
「どう違うんだ。忠誠か」
「違います。邪な目で見てるんで」
「邪な目……」
それがどういう意味なのか、分からない幼児だったら良かったのだが。残念ながら意味は察せられる。
恥ずかしげもなく堂々と答えられてしまったピングは、混乱で首を捻った。
「そ、それはやはり恋愛とかそういうのじゃ」
「リョウイチに泣かされるアトヴァル殿下で抜くことはあっても、直接抱きたいとは思わないというか」
「ま、待て。やはり聞くのを止める」
ピングは手のひらを出して静止する。
これ以上は危険だ。
変なやつだと思っていた幼なじみを見る目も、リョウイチとアトヴァルを見る目も変わってしまいそうだった。
「はは、残念」
ティーグレはいつも通り軽く流して、特に気にしていない様子を見せる。
話している内にだんだん落ち着いてきたピングだったが、
「邪か……きっと今頃、あの二人は……っ」
想像してぶり返した。
「あんなことやこんなことはしてます」
「うわぁああん!」
トドメを刺されてしまった。
魔術薬の教室の時のようなことや、それ以上のことまでしているかもしれないと頭を掻きむしる。
止めたくても考えることを止められない。
「そりゃ、どうせ童貞の私よりアトヴァルの方が」
「処女奪われてるだけだから童貞あんまり関係ないんじゃないですかね」
「え?」
不思議なほど断定的な言いように、ピングは思わず全ての動きを止める。
完全無欠で無表情な異母弟と、明るく優しい初恋の相手を思い浮かべてみた。
あの二人がもし、ピングが見た以上のことをするとすれば。
「アトヴァルが……抱かれるわけないだろう」
という感想にしかならなかった。
だがティーグレは指を組んで肘を膝に置き、真剣な表情になる。
「抱かれるわけないのが抱かれてるから良いんでしょ」
「お前の趣味は知らん。そもそもリョウイチの方が可愛いし」
「待ってください。リョウイチかわいいですか?」
「かわいい」
妄想癖が暴走しているらしい幼なじみに現実を見せようと、ピングははっきりと言い切った。
体は大きいがどちらかといえば童顔だし、人の良い笑顔もはにかんだ表情も、どれもキュンとするほど可愛い。
ピングが言えたことではないが、「告白されたのは初めて」と言っていたし、恋愛経験も少なそうだ。
それに対してアトヴァルは、成人前からティーグレと共に令嬢にも令息にも大人気。皇太子のピングよりも言い寄る者が多かった。
この学園に来てからもそれは変わらない。
澄まし顔で何人かに手を出しているに違いない、とピングは思っている。
しかしティーグレは納得できないらしい。怪訝そうに眉を顰めていた。
「魔術薬の教室で、二人のアレを一緒に見てましたよね?」
「だ、だからどうした!」
確かに、覗いた時のリョウイチは別人のように男の顔をしていた。押されていたのはどちらかといえばアトヴァルだ。
だが、それはそれとして気高いアトヴァルが体を差し出すとは到底思えなかった。
ティーグレは真顔で唸り声を上げる。
「あれを見てリョウイチが受けだと思ったならなかなか上級者だな……襲い受けと喘ぎ攻めも、まぁありだけど」
「なんの話だ! お前の話は意味がわからん!」
普段以上に饒舌なティーグレに手元の枕を投げようとするが、ベッドのシーツを指で掠めただけだった。
枕は未だにホワイトタイガーとペンギンが遊んでいる。なんだか手持ち無沙汰になってきたため、ピングはペンギンに枕を寄越すように指示を出した。
その間に、ティーグレはソワソワし始めた。
「つーか、本当にちゃんとやってるか見ときたくなってきた」
「何をだ」
「あの二人の初エッチ」
「消え失せろ変態!!」
珍しくペンギンが言う通りに持ってきた枕を改めて叩きつける。確実に当てるために直接、だ。
バフンッといい音がして、手ごたえがあった。
と、思ったのだが。
「まー……とりあえずピング殿下が元気になったからいいかぁ」
「くそー! 防御魔術をするな!」
息をするように魔術が使える幼なじみは、地団駄を踏むピングを見て楽しげに微笑む。
そして、
「わぁあっ」
枕を持った手を掴まれ、引き寄せられる。
胸に収まったピングの背中を、ティーグレはポンポンと優しく撫でてくれた。
「リョウイチのことは、とりあえず早く忘れてくださいね」
「どうやって」
「そうですねぇ」
ようやくまともに慰めてくれる雰囲気に甘えて、ピングは擦り寄った。人の温もりは、やはり心地良い。
「やっぱり、新しい恋を見つけるのが一番じゃないですか」
つい先ほどまでとは別人のように爽やかに言うものだから。
難しいことを、と言ってやりたい気持ちと。
もうすぐそこまで何かが見えている気持ちと。
よく分からないまま。
ピングはティーグレの腕の中で、最後の雫を落とした。
一章完
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