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二章
29話 指輪
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追試で調合予定の魔術薬の名前を伝えると、ローボは資料も見ずに目的の薬草の場所まで連れて行ってくれた。
「これは細かく刻むより手で大雑把に千切った方が調合の成功率高いんやで」
「そ、そうなのか!」
「あとこっちの金色の実はな……」
薬草に随分と詳しいらしい。
ローボは追試に必要な薬草だけでなく、周辺にあるものの知識までピングに教えてくれた。
強制的に覚えなければならない知識ではないからだろう。全ては覚えられずとも、ピングは楽しんで聞くことができた。
先ほどローボが絞っていた実は、魔力増幅薬を作る時には必需品なのだと言う。
「それを使えばもう少しマシな魔術が使えるのかもな」
本音がポロリと口から転がり出てしまった。
魔力が強くなってもそれを制御できなくては意味がない。分かってはいても、ピングとて一度くらいは皆が驚くような豪快な魔術を使ってみたいと思うのだ。
巨大なドラゴンを召喚したリョウイチや、ホワイトタイガーを駆使して空を掛けるティーグレ、シャチに炎や雷を纏わせて優雅に舞わせ操るアトヴァルのように。
自分の足元で、何もないのに蹴つまずいて転がっているペンギンを起き上がらせながらピングは夢想する。
すると、褐色の手がポンっと癖のある金髪を撫でた。
「大変やなぁ皇子っちゅうんは。良くても悪くても噂になって気ぃ休まらんやろ」
「……仕方ない」
皇后がしてくれるのと同じ幼子をあやすような撫で方と声に、ピングは鼻がツンと熱くなる。
まともに会話を交わしたのは初めてなのに、「全部分かっている」と言ってくれるような温かさだった。
ローボは彼の故郷では国一番の大商人の息子。もしかすると同じような重圧があるのかもしれない。
立ち上がったペンギンを抱きしめながら、ピングは自然と力が抜けてきた。
だが、続いたローボの言葉に一気に赤面することになる。
「好きな男、弟にとられたままでええん? 一発色仕掛けでもしてみたらどうや」
「そ、そそそ」
どうしてリョウイチのことを知っているのか。
そんなことが噂になっているというのか。
色仕掛けとは、つまりローボが男子生徒にしていたようなことをリョウイチにしろということなのか。
それしきのことで、リョウイチがアトヴァルとしていたようなことをピングとするというのか。
様々なことが頭を埋め尽くしごちゃ混ぜになって、ピングの頭の黒鍋の中で爆発して霧散した。
「おーい?」
ペンギンに顔をうずめて動かなくなってしまったピングをローボが覗き込んでくる。
目を合わせないまま、ピングはなんとか言葉を探した。
「そんなので、手のひら返すやつ、お断りだ」
無抵抗のペンギンを抱きしめる力を強める。
リョウイチはそんなことで揺らぐ男じゃないはずだ。困り果てた顔をするのを想像して、実際にやったわけじゃないのに罪悪感を覚える。
ピングと同じ目線までしゃがみ込んだローボは、面白そうに覗き込んでくる。
「気持ちええのに」
「もう未練もない。不思議なくらいスッキリしてる」
心の底からそう思った。リョウイチと前のように話していても、甘いトキメキは感じない。
すぐに切り替えることができたのは、慰めてくれたティーグレのおかげだろう。まともに慰めてくれるまでの適当な対応も、逆に元気がでて良かったのかもしれない。
ペンギンを抱えて心を落ち着かせるピングを見て、ローボはうんうんと柔らかく頷いてみせた。
「ほんで、新しい恋がしたいんやって?」
「スッキリしてるから必要ないって話だ」
「これな、恋のお守りなんやけど」
「聞いてくれ」
キラキラと輝く紫水晶のような石がついた銀の指輪を差し出される。ピングはペンギンを引きずり距離を取った。たった今想像していた幼なじみの瞳と髪を思わせる組み合わせが怖い。
「今なら特別無料やで」
「金が掛かるなら絶対要らないぞそれ」
胡散臭いにもほどがある。
ローボは聞いているようで全く話を聞いていなかったらしい。相手の話に相槌を打ち油断させておいて、何がなんでも自分の商品の話に持っていく強引な商人のやり口だ。
それにしても強引すぎて、ピングでも騙されない。
立ち上がってそっぽを向いて見せても、異国の商人の子はめげなかった。赤い三つ編みを揺らして、ローボはにっこりと笑みを深め見上げてくる。
「ほんもんやで?」
食い下がられると余計に疑わしい。指輪の石は、恋愛に関する効果のある魔石なのだろうか。
恋人がいるローボならば、もう恋が叶ったから指輪が必要なくなったという可能性もある。
ピングは怪しい輝きを放つ紫を見つめた。
「お前はそれで恋が叶ったのか」
「あいにく恋とは縁がなくてなぁ」
「え」
肩をすくめるローボの尖らせた唇に、ピングは思わず目を向けてしまう。
頭に浮かぶのは離れていても音が聞こえそうなほど濃厚な口付け。あの時の相手はなんだったというのだろう。
ピングの視線の意味にローボは気づいたらしい。楽しげに目尻を下げ、口元が妖艶に弧を描く。
「あいつはオトモダチや。身体込みの、な」
人差し指を唇に当てて片目を瞑る姿を映すピングの目は、魔物でも見るかのようだった。
そもそも「恋は大事だ」と話しかけてきたくせに。謎の指輪を押し付けようとする本人は恋もしたことがなく、身体だけの関係を持つ相手がいるだけだとは。
赤いのか青いのか分かりかねる顔色で絶句しているピングの白い手を、ローボは優美な仕草で持ち上げた。
「そういうわけやから、やるわ」
問答無用で指輪を握らされた時、狙ったかのように予鈴が鳴る。
ピングは慌てて指輪を突き返そうとしたが、ローボは狼を召喚してそれに飛び乗った。
「ほなな、追試頑張ってええ夢見てや」
灰色の艶やかな毛並みの狼の上でローボが手を振ったかと思うと、ピングが瞬きしている間にもう温室の出口まで駆けていってしまった。
「狼も……かっこいいな……」
最後に見えた金の瞳と見上げてくるペンギンの黒いつぶらな瞳を比べながら、ピングは指輪の紫を撫でた。
「これは細かく刻むより手で大雑把に千切った方が調合の成功率高いんやで」
「そ、そうなのか!」
「あとこっちの金色の実はな……」
薬草に随分と詳しいらしい。
ローボは追試に必要な薬草だけでなく、周辺にあるものの知識までピングに教えてくれた。
強制的に覚えなければならない知識ではないからだろう。全ては覚えられずとも、ピングは楽しんで聞くことができた。
先ほどローボが絞っていた実は、魔力増幅薬を作る時には必需品なのだと言う。
「それを使えばもう少しマシな魔術が使えるのかもな」
本音がポロリと口から転がり出てしまった。
魔力が強くなってもそれを制御できなくては意味がない。分かってはいても、ピングとて一度くらいは皆が驚くような豪快な魔術を使ってみたいと思うのだ。
巨大なドラゴンを召喚したリョウイチや、ホワイトタイガーを駆使して空を掛けるティーグレ、シャチに炎や雷を纏わせて優雅に舞わせ操るアトヴァルのように。
自分の足元で、何もないのに蹴つまずいて転がっているペンギンを起き上がらせながらピングは夢想する。
すると、褐色の手がポンっと癖のある金髪を撫でた。
「大変やなぁ皇子っちゅうんは。良くても悪くても噂になって気ぃ休まらんやろ」
「……仕方ない」
皇后がしてくれるのと同じ幼子をあやすような撫で方と声に、ピングは鼻がツンと熱くなる。
まともに会話を交わしたのは初めてなのに、「全部分かっている」と言ってくれるような温かさだった。
ローボは彼の故郷では国一番の大商人の息子。もしかすると同じような重圧があるのかもしれない。
立ち上がったペンギンを抱きしめながら、ピングは自然と力が抜けてきた。
だが、続いたローボの言葉に一気に赤面することになる。
「好きな男、弟にとられたままでええん? 一発色仕掛けでもしてみたらどうや」
「そ、そそそ」
どうしてリョウイチのことを知っているのか。
そんなことが噂になっているというのか。
色仕掛けとは、つまりローボが男子生徒にしていたようなことをリョウイチにしろということなのか。
それしきのことで、リョウイチがアトヴァルとしていたようなことをピングとするというのか。
様々なことが頭を埋め尽くしごちゃ混ぜになって、ピングの頭の黒鍋の中で爆発して霧散した。
「おーい?」
ペンギンに顔をうずめて動かなくなってしまったピングをローボが覗き込んでくる。
目を合わせないまま、ピングはなんとか言葉を探した。
「そんなので、手のひら返すやつ、お断りだ」
無抵抗のペンギンを抱きしめる力を強める。
リョウイチはそんなことで揺らぐ男じゃないはずだ。困り果てた顔をするのを想像して、実際にやったわけじゃないのに罪悪感を覚える。
ピングと同じ目線までしゃがみ込んだローボは、面白そうに覗き込んでくる。
「気持ちええのに」
「もう未練もない。不思議なくらいスッキリしてる」
心の底からそう思った。リョウイチと前のように話していても、甘いトキメキは感じない。
すぐに切り替えることができたのは、慰めてくれたティーグレのおかげだろう。まともに慰めてくれるまでの適当な対応も、逆に元気がでて良かったのかもしれない。
ペンギンを抱えて心を落ち着かせるピングを見て、ローボはうんうんと柔らかく頷いてみせた。
「ほんで、新しい恋がしたいんやって?」
「スッキリしてるから必要ないって話だ」
「これな、恋のお守りなんやけど」
「聞いてくれ」
キラキラと輝く紫水晶のような石がついた銀の指輪を差し出される。ピングはペンギンを引きずり距離を取った。たった今想像していた幼なじみの瞳と髪を思わせる組み合わせが怖い。
「今なら特別無料やで」
「金が掛かるなら絶対要らないぞそれ」
胡散臭いにもほどがある。
ローボは聞いているようで全く話を聞いていなかったらしい。相手の話に相槌を打ち油断させておいて、何がなんでも自分の商品の話に持っていく強引な商人のやり口だ。
それにしても強引すぎて、ピングでも騙されない。
立ち上がってそっぽを向いて見せても、異国の商人の子はめげなかった。赤い三つ編みを揺らして、ローボはにっこりと笑みを深め見上げてくる。
「ほんもんやで?」
食い下がられると余計に疑わしい。指輪の石は、恋愛に関する効果のある魔石なのだろうか。
恋人がいるローボならば、もう恋が叶ったから指輪が必要なくなったという可能性もある。
ピングは怪しい輝きを放つ紫を見つめた。
「お前はそれで恋が叶ったのか」
「あいにく恋とは縁がなくてなぁ」
「え」
肩をすくめるローボの尖らせた唇に、ピングは思わず目を向けてしまう。
頭に浮かぶのは離れていても音が聞こえそうなほど濃厚な口付け。あの時の相手はなんだったというのだろう。
ピングの視線の意味にローボは気づいたらしい。楽しげに目尻を下げ、口元が妖艶に弧を描く。
「あいつはオトモダチや。身体込みの、な」
人差し指を唇に当てて片目を瞑る姿を映すピングの目は、魔物でも見るかのようだった。
そもそも「恋は大事だ」と話しかけてきたくせに。謎の指輪を押し付けようとする本人は恋もしたことがなく、身体だけの関係を持つ相手がいるだけだとは。
赤いのか青いのか分かりかねる顔色で絶句しているピングの白い手を、ローボは優美な仕草で持ち上げた。
「そういうわけやから、やるわ」
問答無用で指輪を握らされた時、狙ったかのように予鈴が鳴る。
ピングは慌てて指輪を突き返そうとしたが、ローボは狼を召喚してそれに飛び乗った。
「ほなな、追試頑張ってええ夢見てや」
灰色の艶やかな毛並みの狼の上でローボが手を振ったかと思うと、ピングが瞬きしている間にもう温室の出口まで駆けていってしまった。
「狼も……かっこいいな……」
最後に見えた金の瞳と見上げてくるペンギンの黒いつぶらな瞳を比べながら、ピングは指輪の紫を撫でた。
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