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一章
12話 居残り
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黒鍋に手をかざし呪文を唱えると、小さな魔法陣が光る。泡立てないように、調合棒でゆっくりと中身を混ぜ合わせていく。
魔術薬の教室にいるのは、ピング一人だ。
居残りを言い渡された時の嘲笑がまだ聞こえているような気がして、ブンブンと首を左右に振った。
それでも耳にこびりついた声たちがピングを苛む。
「また居残り殿下は……」
「そういえばアトヴァル殿下はさ」
子どものころから侮られるのにも、アトヴァルと比べられるのにも慣れている。それでも何も感じないわけじゃない。
父親譲りの金髪しか似ていない弟の涼しい顔が頭を過る。アトヴァルなら授業で習う調合など、何かの片手間に出来てしまうのだろう。
(それもこれもペンギンのせいだ! 終わったらさっさとアトヴァルに謝って……謝って……許してもらえなかったらどうしよう)
材料が溶けてきた黒鍋の中で弾けた気泡を見つめて、ピングは手を止めた。
唐突に降って湧いた疑問のせいで、腹から喉にかけて異物が詰まったような感覚に陥る。
あの時、すぐに謝っていたら悩まなかっただろうに。
時間が経ってしまったから余計なことを考えてしまう。
(そういえば……アトヴァルには謝られたことはあったけど謝ったことなかったかも)
ピングとアトヴァルは異母兄弟だ。
この国の皇族は母親のそばで育てられることが多いため、あまり関わることがなかった。
幼いころにアトヴァルと話せたのは公の場か、皇后であるピングの母が側妃であるアトヴァルの母をお茶会に誘った時くらいだろうか。
それ以外は、周囲の声でしかお互いのことを知らない。
(子どものころは、声をかけようとしてた時期もあったけど……)
成人して学園に入学してからは、顔を合わせる機会も増えたものの。
嫉妬心からピングが一方的に噛みついて謝らせるような状況はあっても、逆はない。
アトヴァルから関わってくることなんて、ない。
自分の言動を振り返って、ピングはどんどん顔色が悪くなっていく。
「う……絶対嫌われてるしな……謝ったらここぞとばかりに責められるんじゃ……」
「ないない」
深く、しかし軽い調子の声がして、ふわふわと温かいものが足元をくすぐった。振り返らなくても誰だか分かったピングは、俯いたまま口を動かす。
「ティーグレぇ」
「泣きそうな声してどうしたんですか」
「何を根拠に『無い』なんて言えるんだ」
ピングは眉を下げ、情けない声のままでティーグレを見上げた。隣に立ったティーグレは、先に足元まで来ていたホワイトタイガーの尾をスルリと撫でて笑う。
「完全無欠でいようと必死なアトヴァル殿下が、済んだことをネチネチ言うなんてカッコ悪いことしませんって」
「ぐぬ」
言外にお前の発想はカッコ悪いと言われているようだ。実際、そういう意味を含んでいるのだろう。
確かに発想が子供っぽかったかとピングは少し恥ずかしくなった。
嫌われているのは間違いないかもしれないが、確かにアトヴァルが無意味にピングを責めるとも思えない。
「出来る奴は余裕があるからな……」
「んー……それより、止まってたらまた失敗しますよ」
「あ、そ、そうか」
妙にアトヴァルに詳しいティーグレの歯切れが悪くなったと思いきや、鍋を指さされたのでピングは慌ててかき混ぜる。
魔術薬の教室にいるのは、ピング一人だ。
居残りを言い渡された時の嘲笑がまだ聞こえているような気がして、ブンブンと首を左右に振った。
それでも耳にこびりついた声たちがピングを苛む。
「また居残り殿下は……」
「そういえばアトヴァル殿下はさ」
子どものころから侮られるのにも、アトヴァルと比べられるのにも慣れている。それでも何も感じないわけじゃない。
父親譲りの金髪しか似ていない弟の涼しい顔が頭を過る。アトヴァルなら授業で習う調合など、何かの片手間に出来てしまうのだろう。
(それもこれもペンギンのせいだ! 終わったらさっさとアトヴァルに謝って……謝って……許してもらえなかったらどうしよう)
材料が溶けてきた黒鍋の中で弾けた気泡を見つめて、ピングは手を止めた。
唐突に降って湧いた疑問のせいで、腹から喉にかけて異物が詰まったような感覚に陥る。
あの時、すぐに謝っていたら悩まなかっただろうに。
時間が経ってしまったから余計なことを考えてしまう。
(そういえば……アトヴァルには謝られたことはあったけど謝ったことなかったかも)
ピングとアトヴァルは異母兄弟だ。
この国の皇族は母親のそばで育てられることが多いため、あまり関わることがなかった。
幼いころにアトヴァルと話せたのは公の場か、皇后であるピングの母が側妃であるアトヴァルの母をお茶会に誘った時くらいだろうか。
それ以外は、周囲の声でしかお互いのことを知らない。
(子どものころは、声をかけようとしてた時期もあったけど……)
成人して学園に入学してからは、顔を合わせる機会も増えたものの。
嫉妬心からピングが一方的に噛みついて謝らせるような状況はあっても、逆はない。
アトヴァルから関わってくることなんて、ない。
自分の言動を振り返って、ピングはどんどん顔色が悪くなっていく。
「う……絶対嫌われてるしな……謝ったらここぞとばかりに責められるんじゃ……」
「ないない」
深く、しかし軽い調子の声がして、ふわふわと温かいものが足元をくすぐった。振り返らなくても誰だか分かったピングは、俯いたまま口を動かす。
「ティーグレぇ」
「泣きそうな声してどうしたんですか」
「何を根拠に『無い』なんて言えるんだ」
ピングは眉を下げ、情けない声のままでティーグレを見上げた。隣に立ったティーグレは、先に足元まで来ていたホワイトタイガーの尾をスルリと撫でて笑う。
「完全無欠でいようと必死なアトヴァル殿下が、済んだことをネチネチ言うなんてカッコ悪いことしませんって」
「ぐぬ」
言外にお前の発想はカッコ悪いと言われているようだ。実際、そういう意味を含んでいるのだろう。
確かに発想が子供っぽかったかとピングは少し恥ずかしくなった。
嫌われているのは間違いないかもしれないが、確かにアトヴァルが無意味にピングを責めるとも思えない。
「出来る奴は余裕があるからな……」
「んー……それより、止まってたらまた失敗しますよ」
「あ、そ、そうか」
妙にアトヴァルに詳しいティーグレの歯切れが悪くなったと思いきや、鍋を指さされたのでピングは慌ててかき混ぜる。
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