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一章
11話 魔術薬学授業
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魔術薬の調合は繊細な作業だ。
少しでも材料を間違えれば、全く別のものが出来上がることがある。
本来であれば材料の調達から行うのが「魔術薬学」である、というのが担任のシュエットの口癖であった。
学生の内に材料調達の授業もあるが、それはまだ先の話である。
さて。
その繊細な作業を、心ここに在らずの状態で行ったらどうなるか。
大きなミスをした乱れた心のまま、材料を混ぜ合わせたらどうなるか。
「わぁああっ!」
ボンっと爆発音が教室に響いた。
桃色の薬草を持ったピングの目の前で、黒い鉄鍋の中身が燃えている。慌てて蓋を閉めたピングは、ため息を吐いて肩を落とす。
「なんで出来ないんだ……」
机の上に置いた鉄鍋に用意された材料を順番通り放り込み、簡単な呪文を唱え、決められた時間煮込むだけなのに。
何故か全く完成する気配がない。
「そりゃ、集中してないからですよ」
隣の席では、ティーグレが透き通るような桃色の薬を完成させていた。
部屋の汚れから傷口の菌まで様々なものを浄化してくれる薬が、鍋から熟した果実のような甘い匂いを漂わせている。
ティーグレはとろりとした液体を提出用の瓶に移し替えながら、肩をすくめている。
「さっさと謝ってスッキリすりゃいいのに。何日経ってると思ってるんですか」
「ぐ……」
図星を突かれたピングは調合用の混ぜ棒を握りしめる。眉間に深く皺を刻んで、校庭での出来事を思い出した。
アトヴァルに、謝ることが出来なかった。
使い魔をコントロールできなくてすまなかったと。傷付けるつもりは一切無かったのだと弁明することすら、できていない。
本人の言う通り、優秀なアトヴァルならリョウイチが助けずとも上手く防いでいたかもしれない。
でも、だからといってこのままでいいわけがない。わざとでなくても謝らなければ。
ピングはタイミングを見計らって何度もアトヴァルに声をかけようとしているのだが。
いざ姿を見かけると、何故かいつもリョウイチと一緒にいる。
そうするとついついリョウイチにだけ声をかけて、アトヴァルにはいつも通りツンケンして終わってしまうのだ。
「なんで! ごめんが! 言えないんだっ!」
火が消えた黒鍋に、ピングは乱暴に材料を放り込んでいく。
「ヤキモチ妬いてそれどころじゃなくなってるからでしょ。優先順位考えましょうよ」
「分かっってるんだよ! でもなんか! でもなんか! どうしてもアトヴァルには冷静に対応できないんだ!」
鍋に手をかざして調合用の短い呪文を唱える。
すると、ポンっと使い魔のペンギンが鍋の上に姿を現した。
「なんで出てくるんだ……呼んでないぞ……」
「呼ばれたと思ったんでしょうね。かわいいじゃないですか」
水かきに付いた薬草や鉱石を蹴っているペンギンを、ティーグレはニコニコと撫でる。
使い魔がこんなに思い通りにならないなんて話は聞いたことがない。
脱力しているピングの代わりに、ティーグレがペンギンを床に下ろしてくれた。
ピングは気を取り直して、魔術薬の材料を鍋に投入していく。
深緑の鉱石のカケラを砕き黒い粉を混ぜながら、アトヴァルたちのことを改めて思い出した。
二人が同じクラスというのもあるのだろうが、最近どんどん距離が近くなっている気がする。
胸のモヤモヤがどんどん膨らんで、謝罪しようという気持ちを追いやってしまうのだ。
(良くないって分かってるのに……リョウイチも、アトヴァルが良いのか……)
リョウイチは優しいから誰にでも好意的だ。
でもそれにしたってアトヴァルと一緒に居すぎだと、ピングはふっくらとした唇が白くなるほど噛み締める。
ティーグレは何も言わずに、最後に必要な材料を手渡してくれた。
「……やっぱり、一緒に謝りに行ってくれるかティーグレ」
まるで幼い子どものようだと躊躇していたが、自分で律せないなら他人に頼るしかない。
項垂れたピングの頭を撫で、ティーグレは微笑んで頷いた。
「仰せのままに」
それだけでピングは肩の荷が軽くなる。
ティーグレとは、気まずくなっているわけにはいかないと再確認した。
先日のことは、虎に噛まれたと思って綺麗さっぱり水に流そう。
ようやく調合に集中し、呪文を唱えたピングは鍋をかき混ぜる、
教科書にある通り、じっくり、ゆっくりと。
その時だ。
ペンギンが机によじ登ってきた。
興味があるのかと、ピングはそのままにしてかき混ぜ続ける。
それがいけなかった。
鍋を覗き込んだペンギンが、床に落ちていた薬草の切れ端を鍋に入れたのだ。
「あ」
鍋の中で薄桃に色づき始めていた液体は、煮えたぎる赤色に変化した。
ブクブクと泡を立て煮えたぎり、ピングは思わずかき混ぜ棒を離す。そして頬に手を当てて叫んだ。
「ぺ、ペンギンー!!」
本日一番派手な破裂音と共に、愛らしいペンギンは真っ黒焦げになってしまう。
「使い魔でよかったよな本当に……」
何があったのか分からずキョトンとしているペンギンを見下ろし、苦笑したティーグレは誰にともなく呟いたのだった。
少しでも材料を間違えれば、全く別のものが出来上がることがある。
本来であれば材料の調達から行うのが「魔術薬学」である、というのが担任のシュエットの口癖であった。
学生の内に材料調達の授業もあるが、それはまだ先の話である。
さて。
その繊細な作業を、心ここに在らずの状態で行ったらどうなるか。
大きなミスをした乱れた心のまま、材料を混ぜ合わせたらどうなるか。
「わぁああっ!」
ボンっと爆発音が教室に響いた。
桃色の薬草を持ったピングの目の前で、黒い鉄鍋の中身が燃えている。慌てて蓋を閉めたピングは、ため息を吐いて肩を落とす。
「なんで出来ないんだ……」
机の上に置いた鉄鍋に用意された材料を順番通り放り込み、簡単な呪文を唱え、決められた時間煮込むだけなのに。
何故か全く完成する気配がない。
「そりゃ、集中してないからですよ」
隣の席では、ティーグレが透き通るような桃色の薬を完成させていた。
部屋の汚れから傷口の菌まで様々なものを浄化してくれる薬が、鍋から熟した果実のような甘い匂いを漂わせている。
ティーグレはとろりとした液体を提出用の瓶に移し替えながら、肩をすくめている。
「さっさと謝ってスッキリすりゃいいのに。何日経ってると思ってるんですか」
「ぐ……」
図星を突かれたピングは調合用の混ぜ棒を握りしめる。眉間に深く皺を刻んで、校庭での出来事を思い出した。
アトヴァルに、謝ることが出来なかった。
使い魔をコントロールできなくてすまなかったと。傷付けるつもりは一切無かったのだと弁明することすら、できていない。
本人の言う通り、優秀なアトヴァルならリョウイチが助けずとも上手く防いでいたかもしれない。
でも、だからといってこのままでいいわけがない。わざとでなくても謝らなければ。
ピングはタイミングを見計らって何度もアトヴァルに声をかけようとしているのだが。
いざ姿を見かけると、何故かいつもリョウイチと一緒にいる。
そうするとついついリョウイチにだけ声をかけて、アトヴァルにはいつも通りツンケンして終わってしまうのだ。
「なんで! ごめんが! 言えないんだっ!」
火が消えた黒鍋に、ピングは乱暴に材料を放り込んでいく。
「ヤキモチ妬いてそれどころじゃなくなってるからでしょ。優先順位考えましょうよ」
「分かっってるんだよ! でもなんか! でもなんか! どうしてもアトヴァルには冷静に対応できないんだ!」
鍋に手をかざして調合用の短い呪文を唱える。
すると、ポンっと使い魔のペンギンが鍋の上に姿を現した。
「なんで出てくるんだ……呼んでないぞ……」
「呼ばれたと思ったんでしょうね。かわいいじゃないですか」
水かきに付いた薬草や鉱石を蹴っているペンギンを、ティーグレはニコニコと撫でる。
使い魔がこんなに思い通りにならないなんて話は聞いたことがない。
脱力しているピングの代わりに、ティーグレがペンギンを床に下ろしてくれた。
ピングは気を取り直して、魔術薬の材料を鍋に投入していく。
深緑の鉱石のカケラを砕き黒い粉を混ぜながら、アトヴァルたちのことを改めて思い出した。
二人が同じクラスというのもあるのだろうが、最近どんどん距離が近くなっている気がする。
胸のモヤモヤがどんどん膨らんで、謝罪しようという気持ちを追いやってしまうのだ。
(良くないって分かってるのに……リョウイチも、アトヴァルが良いのか……)
リョウイチは優しいから誰にでも好意的だ。
でもそれにしたってアトヴァルと一緒に居すぎだと、ピングはふっくらとした唇が白くなるほど噛み締める。
ティーグレは何も言わずに、最後に必要な材料を手渡してくれた。
「……やっぱり、一緒に謝りに行ってくれるかティーグレ」
まるで幼い子どものようだと躊躇していたが、自分で律せないなら他人に頼るしかない。
項垂れたピングの頭を撫で、ティーグレは微笑んで頷いた。
「仰せのままに」
それだけでピングは肩の荷が軽くなる。
ティーグレとは、気まずくなっているわけにはいかないと再確認した。
先日のことは、虎に噛まれたと思って綺麗さっぱり水に流そう。
ようやく調合に集中し、呪文を唱えたピングは鍋をかき混ぜる、
教科書にある通り、じっくり、ゆっくりと。
その時だ。
ペンギンが机によじ登ってきた。
興味があるのかと、ピングはそのままにしてかき混ぜ続ける。
それがいけなかった。
鍋を覗き込んだペンギンが、床に落ちていた薬草の切れ端を鍋に入れたのだ。
「あ」
鍋の中で薄桃に色づき始めていた液体は、煮えたぎる赤色に変化した。
ブクブクと泡を立て煮えたぎり、ピングは思わずかき混ぜ棒を離す。そして頬に手を当てて叫んだ。
「ぺ、ペンギンー!!」
本日一番派手な破裂音と共に、愛らしいペンギンは真っ黒焦げになってしまう。
「使い魔でよかったよな本当に……」
何があったのか分からずキョトンとしているペンギンを見下ろし、苦笑したティーグレは誰にともなく呟いたのだった。
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