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一章
13話 手伝い
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薄桃色の液体に広がる乱れた水紋は、まるでピングの胸中を現しているようだ。
すると、調合棒を持つ手に大きな手が重なった。
「焦らないでゆっくり動かして」
「こ、こう……か?」
「そう、上手です」
ティーグレは、ピングが思っているよりもゆったりとした動きで一緒に混ぜてくれる。
手の甲からじんわりとティーグレの熱が広がっていく。
こんな風に、文字通り手取り足取り教えてくれることは珍しいことじゃない。
でも、先日の準備室での出来事のせいだろうか。今まではなんとも思わなかったのにドキドキと胸が高鳴る。
心を落ち着けようとしたピングは、脈絡なく明るい声を出した。
「ティーグレ、いつもこうやって助けてくれて感謝してる」
「どうしたんですか今更。ちょっと怖いですよ」
普段ティーグレの助けを当然のように享受しているせいで、気持ち悪がられてしまう。ピングは慌てて、他意はないと伝えようとした。
「た、たまにはきちんと感謝しようという私の気持ちだ! 受け取れ!」
「はは……まぁ居残りイベ、回収されたら困るので」
「なんだって?」
「なんでもー?」
ティーグレはいつものように微笑みながら、ピングなんかよりよっぽどおかしなことを言っている。
聞き返しても、全く答える気はなさそうだ。
誤魔化すためなのか、額にそっと口付けられてしまった。
「終わったらご褒美あげるんで、頑張ってくださいね」
「ご、ごごご褒美って……」
ピングの顔は湯気が出そうなほど急激に赤くなっていく。
額へのキスのせいではない。それは幼い頃からティーグレがピングを宥めるためによくすることだから。
問題はその後。
『居残り頑張ったご褒美ってことで』
そう言って、今ピングの手を包み込んでいる手が愛撫してきたことを思い出す。
恥ずかしいのに気持ちが良くて。
終わってすぐは憤慨していたピングだったが、あの時のことを体は忘れられずにいた。
思わず準備室への扉に視線を向けてしまう。
ピングの気持ちを知ってか知らずか。
ティーグレはゴソゴソとローブの中を漁って、何かを差し出してきた。
「これです。ご褒美」
目の前に差し出されたのは、透明な包み紙にくるまったクッキーだ。チョコレートが混ざったそれは、間違いなくピングが好きなものだった。
偶然手に入るものではないから、わざわざ用意してくれたに違いない。
しかし、
「私は子どもか!」
ピングは素直に礼を言うことができなかった。
ほっとしたようながっかりしたような、複雑な感情が体の中で暴れ回る。
頬を膨らませたピングの様子に口元を緩めたティーグレは、至近距離に顔を寄せてきた。
「大人のご褒美が良かったですか?」
「ひゃ……!」
背を撫でるような声が耳に直接吹き込まれた。
肩を跳ねさせるピングに構わず、耳の形に沿って舌先が這っていく。
「この間みたいに、隠れて」
腰が痺れて足が震える。調合棒をギュッと握ってピングは耐えた。
快感を思い出した体が、奥の方から熱くなっていく。いけないと思う心とは裏腹に、あの刺激を期待してしまう。
否応なしに顔を赤く染めたピングは、もじもじと膝を擦り合わせた。
「ティ、ティーグレ……、私は」
「あ、まずい」
「え?」
突然、素面に戻ったティーグレの声を聞いてピングは首を傾げた。その時。
ボン!!
大きな破裂音が鳴って鍋の中から煙が上がる。
「混ぜすぎた……」
「またやり直しかー!」
魔術薬の調合をしながら邪なことを考えてしまった報いだ。
自業自得なので、ピングは頭を抱えて地団駄踏むことしかできない。
派手な音の割に、被害が黒鍋の中に収まっていることが救いだ。
ティーグレが鍋の中を綺麗にしてくれている間、ホワイトタイガーの背中に顔を埋めて悶々とするピングであった。
すると、調合棒を持つ手に大きな手が重なった。
「焦らないでゆっくり動かして」
「こ、こう……か?」
「そう、上手です」
ティーグレは、ピングが思っているよりもゆったりとした動きで一緒に混ぜてくれる。
手の甲からじんわりとティーグレの熱が広がっていく。
こんな風に、文字通り手取り足取り教えてくれることは珍しいことじゃない。
でも、先日の準備室での出来事のせいだろうか。今まではなんとも思わなかったのにドキドキと胸が高鳴る。
心を落ち着けようとしたピングは、脈絡なく明るい声を出した。
「ティーグレ、いつもこうやって助けてくれて感謝してる」
「どうしたんですか今更。ちょっと怖いですよ」
普段ティーグレの助けを当然のように享受しているせいで、気持ち悪がられてしまう。ピングは慌てて、他意はないと伝えようとした。
「た、たまにはきちんと感謝しようという私の気持ちだ! 受け取れ!」
「はは……まぁ居残りイベ、回収されたら困るので」
「なんだって?」
「なんでもー?」
ティーグレはいつものように微笑みながら、ピングなんかよりよっぽどおかしなことを言っている。
聞き返しても、全く答える気はなさそうだ。
誤魔化すためなのか、額にそっと口付けられてしまった。
「終わったらご褒美あげるんで、頑張ってくださいね」
「ご、ごごご褒美って……」
ピングの顔は湯気が出そうなほど急激に赤くなっていく。
額へのキスのせいではない。それは幼い頃からティーグレがピングを宥めるためによくすることだから。
問題はその後。
『居残り頑張ったご褒美ってことで』
そう言って、今ピングの手を包み込んでいる手が愛撫してきたことを思い出す。
恥ずかしいのに気持ちが良くて。
終わってすぐは憤慨していたピングだったが、あの時のことを体は忘れられずにいた。
思わず準備室への扉に視線を向けてしまう。
ピングの気持ちを知ってか知らずか。
ティーグレはゴソゴソとローブの中を漁って、何かを差し出してきた。
「これです。ご褒美」
目の前に差し出されたのは、透明な包み紙にくるまったクッキーだ。チョコレートが混ざったそれは、間違いなくピングが好きなものだった。
偶然手に入るものではないから、わざわざ用意してくれたに違いない。
しかし、
「私は子どもか!」
ピングは素直に礼を言うことができなかった。
ほっとしたようながっかりしたような、複雑な感情が体の中で暴れ回る。
頬を膨らませたピングの様子に口元を緩めたティーグレは、至近距離に顔を寄せてきた。
「大人のご褒美が良かったですか?」
「ひゃ……!」
背を撫でるような声が耳に直接吹き込まれた。
肩を跳ねさせるピングに構わず、耳の形に沿って舌先が這っていく。
「この間みたいに、隠れて」
腰が痺れて足が震える。調合棒をギュッと握ってピングは耐えた。
快感を思い出した体が、奥の方から熱くなっていく。いけないと思う心とは裏腹に、あの刺激を期待してしまう。
否応なしに顔を赤く染めたピングは、もじもじと膝を擦り合わせた。
「ティ、ティーグレ……、私は」
「あ、まずい」
「え?」
突然、素面に戻ったティーグレの声を聞いてピングは首を傾げた。その時。
ボン!!
大きな破裂音が鳴って鍋の中から煙が上がる。
「混ぜすぎた……」
「またやり直しかー!」
魔術薬の調合をしながら邪なことを考えてしまった報いだ。
自業自得なので、ピングは頭を抱えて地団駄踏むことしかできない。
派手な音の割に、被害が黒鍋の中に収まっていることが救いだ。
ティーグレが鍋の中を綺麗にしてくれている間、ホワイトタイガーの背中に顔を埋めて悶々とするピングであった。
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