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第十三話、国芳の胸中

(五)

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 日が少し経つ。
 人の子の婚姻とは違う様式ではあるが俺とすず子はもう番だった。
 それでも今夜も俺の寝所で「どきどきしますね」と酒を少し舐めながら三日後に迫る披露目の日に向けての心の内を聞かせてくれる。

 だが、俺はもう一度だけすず子に問おうと心に決めていた。

「すず子、以前にも同じ話をしたが最後にもう一度だけ話をする」

 盃を猫足の膳台に置いて正座に座り直す。

「お前は人の子だ。俺の我が儘でこの神域に連れて来てしまった。この先、ここで暮らすとなればお前の人としての魂はいずれ神域に馴染み……常人では到底生きられぬ時間を過ごす事になるだろう。ずっと長い時を俺と生きる事になる。俺はお前を攫い、連れて来た責任と覚悟は勿論あるが」

 すず子が両手の指先で持っている薄い盃の中の酒が揺れている。

「お前の父母にも心配を掛けぬよう――神職であると偽ってはしまうがいずれ人の姿で話をする。お前がしたいのなら神前の式でもなんでもしよう」

 お前はそれでも良いか、と問う俺に伏し目になっていたすず子も盃をそっと膳台に置いて座り直した。
 そしてすう、と息を吸って口を開く。

「今振り返っても不思議な縁でしたね。あの日、私が遠出をしていなければ出会わなかったかもしれないのに。私がお昼寝をしている癖っ毛な三毛の猫ちゃんに気を惹かれて近寄らなければ、あなたに私の指先を差し出さなければ……これは偶然だったのでしょうか。それとも、神様はご存じの事で……?でも私は、私の意思で、あなたのお嫁さんになりたいんです」

 これからも、末永くよろしくお願いします。
 それはとても落ち着いた声で、俺の目を見て言う。その言葉に嘘偽りがない事など、探らなくとも分かった。

「いつかその時が来るまで、どうか俺の我が儘に付き合っていてくれ」

 頷くすず子の瞳から涙がはらはらと落ちてゆく。
 恥ずかしそうに微笑んでいるのに溢れる感情が涙となっている姿の愛おしさ。俺は膳台をよけてその体を正面から抱き込んでしまう。
 人の子は嬉しさが感極まると涙をこぼす。愛おしい妻がそんな姿を見せてくれるのは何よりも嬉しく思った。

 ああ、風呂上りで良かった。
 すず子の首には組紐の首飾りが付けられていない。身に付けていたらきっと鳴りやまない鈴の音を心配して玉と黒がこちらに来てしまうだろう。

「国芳さんの耳、ずっと横になってて……ふふっ。真剣な表情をされているのに、耳だけがぺたん、と」
「だろうな。こればかりはどうにもならん」

 すず子が涙を溢れさせてしまうように、俺の猫の耳もそうなのだ。感情を如実に表してしまう。
 涙を拭って、可笑しそうに腕の中で笑っているすず子の背を撫でながら俺たちはまた、どれくらい話をしただろうか。夜通し、色々な話をした。
 すず子と出会う前の俺の事、俺と出会う前のすず子の事、好きな物の話、なんてことはない。小さな他愛ない話の数々でも、それらは以前にも増して――まるで俺たちにとってはきらきらと光り輝いているようだった。


 二人で寄り添うように凭れていた姿勢も崩れて、布団の中に潜り込む。体を交える事と変わらない充実した夜の時間……そしてそれも過ぎた朝、既に身支度を整えてしまった俺たちは茶をしていた。すず子を迎えに来た玉の白い猫の耳は横にへたり「いいなあ」と呟く。

 その言葉に反応したすず子が優しく微笑んでいたのがとても印象的だった。
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