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第四章 暗雲

番外編4 ピエールの手紙

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 妻たちが屋敷を出て二週間。慣れない子供たちの世話ですっかり疲れやつれたファハド。普段彼らと遊ぶのは楽しかったが、一日中一緒にいて世話をするのは全く違うことに気づいた。自分が留守だった間、妻たちが仕事を持ちながらもこの生活を続けていたことに驚かされる。彼女たちが帰ってきたら精いっぱい労おう。そして自分をかえりみて、勝手な行動は慎もうと心に誓った。

「ただいま」
「ただいま戻りました」

 ファハドが子供部屋で彼らに追い回されていると、ドアの前に第一夫人のミライ、さらに彼女と一緒に出かけていた第四夫人のエリザベスが立っていた。

「ママ! ベス!」
「ミライ! ベス!」

 子供たちは二人に駆け寄り、ファハドはソファに沈み込んだ。ミライが子供たちと抱き合い、彼らの頭を撫でてからソファに歩いてくる。

「お疲れのようですね、あなた」
「やあ、ミライ。おかえり。君たちの素晴らしさを改めて感じたよ」

 深呼吸をしてから妻を見上げる。彼女はどこか得意げな笑みを浮かべてファハドの隣に腰を下ろした。

「わかってくださってなによりです。お疲様でした」
「ありがとう。もう勝手に家を空けないし、君たちのスケジュールもきちんと把握しておくよ」

 ファハドはミライの髪をかきあげ、頬を撫でた。すると自ら頬を寄せすり寄る仕草が返ってくる。優しい笑顔が愛おしい。

「助かります。公務ですからお忙しいでしょうけど、子供たちのことも大事にしてくださいね」
「ああ、約束するよ」

 心から反省した夫の言葉に、ミライの両目がさらに弧を描いた。いい雰囲気になったところで、玄関ホールからよく通る高い声が届く。

「たっだいま~!」
「ただいま」

 先に聞こえた声がアイシャ、そのあと聞こえた低めの声はビアンカだろう。エリザベスが子供たちを連れ、ホールに向かった。

「ファハド様、私たちも行きましょう。立てますか?」
「もう大丈夫だ。だがその前に……」

 ファハドはミライの唇にキスをしてソファを立った。愛しい妻の手を引き、子供部屋を後にした。

「おかえり。アイシャ、ビアンカ」
「殿下、ミライ、久しぶり! 早速だけど手紙だよ~」
「ピエールからだ」

 アイシャがファハドに手紙を渡す。ビアンカの言うとおり、差出人は従者ピエールだった。

「そうだわあなた、ピエールはいつ戻るのですか?」
「手紙、読んで読んで!」
「私も、ピエールに用事がある」
「私もです!」

 妻たちに急かされ、ファハドはその場で封筒を開いた。内容を確認し、隣に立つミライに渡す。すぐに食い入るように読んでいる姿を見て、彼女たちは自分よりピエールの帰りを心待ちにしていたのではないかと複雑な感情が湧いてきた。

「えーと、拝啓奥様方。私は現在サウード領におります。最近他国からサウード家に嫁いできたアリス様のお力になっていただきたく筆を取りました。彼女はこの荒んだ領地を立て直そうと立ち上がったのです。どうか四賢妃の皆様の知恵と人脈をアリス奥様にお貸しください……」

 ミライが読んだ手紙をアイシャに手渡した。彼女たちは書かれている内容を読み返している。ミライだけは夫を睨みつけた。先ほどまでの甘い空気が一変し、ファハドは肩を震わせた。

「あなた、異国のお嬢様になんてことさせているんですか。そういうことは早く言ってください!」
「さすがにここまでは頼んでいない。領地を見ておいてくれとは言ったが……」

 ファハドは首を振りながら弁解したがミライが許す様子はなかった。

「そんなことを言ったら、真面目な人ならあの地を放っておけるはずないでしょう」
「そこまでは考え至らなかった。すまない」

 ミライは夫の謝罪をフンと鼻息で一蹴し、仲間たちに顔を向ける。

「さあ、みんな。明日には発ちましょう。いい?」

 三人の妻たちは笑顔で頷いた。

「オッケー!」
「ああ、行こう!」
「私も行く!」

ミライと妻たちは顔を見合わせると再び力強く頷いた。

「それじゃあ明日、サウード向けて出発よ!」

>>第五章に続く
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