私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

好きな人は憧れの人①

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「はっきり言おう。エマ、つまり私は修道女ではないし、ローゼが目指すような人物ではない。もし、私のようになりたければ私に教えを乞うべきだ」
「道理的には……そう、ですね」

 マリーは混乱しつつも、リシャールの言葉に納得する。

 10年前、マリーの実家が火事で轟々と燃え、火柱が高くそびえ立ち、煙が辺りを充満したあの日。

 エマはその日に、重度の火傷を負うマリーと弟のライアンの命を驚異的な回復魔法で救った恩人であり、マリーの生きる目標となった存在だ。

(エマが、リシャール様だったなんて……!)

 その憧れていたエマが目の前にいるのだ。
 マリーはエマにいくらお礼を言っても足りないくらい感謝していた。
 生きている間に再会したいとずっと思い続けていた人だ。

 エマがリシャールならば、話は早い。

 リシャールの言う通り、エマみたいになりたいのなら、本人であるリシャールに魔法を教えてもらえばいい。
 彼は教えるのが大好きだし、魔法も修道院にいる筆頭修道士よりも上手だ。
 並外れた魔力も、センスも持っている。

(好きな人と憧れの人が同一人物。ある意味ラッキーなのかもしれないけど……。一番の問題はそこじゃないわ)

 しかし、今はその事実よりももっと気になる事があった。

(リシャール様がエマなら、私は……この10年何をしていたの?)

 マリーはリシャールに支えられていた体勢をなんとか整え、ふらつきながら立った。
 マリーは血の気が引き、顔色は青ざめていた。
 あまりのショックにしばらく言葉が出ない。

 それもそのはず。
 マリーは今までの修道院での苦労を瞬時で思い出していたのだ。

(私は勘違いしていたの……10年も? あんなに頑張ったのに……)

 確かに上っ面だけの貴族社会よりも、修道院は皆何だかんだで優しかったが、長年下っ端であった苦労は計り知れない。

 伯爵令嬢だったマリーは、エマを目指して、朝から晩まで新入りに混じって家事を雑務をこなしてきたのだ。

 時には馬鹿にもされたし、手はぼろぼろになるまで掃除洗濯に勤しみ、休日もなく、給料もなく、それでもエマみたいになるためなら仕方ないと思いながら、そんな待遇でも頑張って来たと言うのに。

(私は……今まで何をしていたというの?)

 それなのに、エマが修道女でないという非情な事実。
 目指すものは、畑違いだ。人違いにもほどがある。
 
 マリーが目指していたのは、修道女ではなく、王子であるリシャールだった。

 マリーはリシャールにすがるような思いで訊いた。
 どうか悪い冗談であってほしいと。
 でないと、マリーは勘違いの馬鹿者じゃないか。

「じゃあ、私は勘違いして修道女になったということですか……?」
「そうだ」

 リシャールは容赦なく断言した。全くの迷いもなく言い切る。

「そ、そんな……!」

 マリーは泣きたくなった。いや半分泣いていた。
 今までの事を思うと、涙が目からあふれそうになる。

「そんなに悲しまなくてもいいだろう……?」
「だって私の10年は、私の苦労は……!」

 リシャールは床にひれ伏すように後悔をするマリーを、やや困惑した顔で見下ろした。

「きみが勘違いしなかったら、私はもっと早くきみを迎えに行ったのに」
「どういう意味ですか……?」

 リシャールは長いまつげを伏せた。
 少し間をおいてから、彼はマリーの知らない真実を告白した。

「当時私は逃亡中だったから身分を隠していたが、出会った当初からずっときみの事が好きだった」
「え……?」

 リシャールには珍しく照れ臭そうに、目線を逸らしていた。本当に恥ずかしそうだった。
 修道院に乗り込んできた時の威厳のある表情とは打って変わって、今は年が近い青年のような顔をしている。
 彼にとっては珍しいことだ。

「落ち着いたら求婚しようと思っていたのに、きみは私が修道女だと思い込んで出家したんだ。……私の身にもなれ」

 リシャールはその声は穏やかだが、どこか甘酸っぱい初恋を語るようでもあり、苦味もある。

 マリーはそのずっとマリーの事が好きだったという発言に戸惑う。

「え、じゃあ、私は本当に、ファーストキスは女の子とふざけてしたアレではなく、いや女の子じゃなくてリシャール様としたという事ですか? えっと、それ以外にもいろいろはじめてな事をしましたが……」
「そうだ。というか……私以外の他のやつとそういう事をしたことがあるのか?」

 リシャールはその瞬間、やけに真剣な顔をした。マリーの肩をがしっと掴んで険しい目つきになったのだ。

 例えるなら、今にも憎くて憎くて誰かを殺めそうな目だ。

 マリーはあまりの剣幕に一瞬怯む。

(何を心配しているの……? さっきは青年みたいでちょっと可愛かったのに、今は物凄く顔が怖いわ……!)

 リシャールは眉を顰めてかなり怖い顔をしているので、マリーはぎょっとする。

 まさに犯罪者の顔だ。
 皆が恐れるのもわかるくらい、目が据わり、顔の表情、色が全くない。

「どうなんだ?」
「どう、って……」
「きみに触れたやつがいるのか、と聞いているんだ」

 マリーは伯爵令嬢の時も婚約者に邪険に扱われていたし、修道院に居た時も色事とは無縁の地味な女だったから、キスはおろか異性(フレッドとダンス時を除く)とまともに手を繋いだこともなかった。
 それなのに、リシャールは何故そこまで怖い顔をして心配しているのかわからない。

 リシャールは念を押す様に問いただした。

「誰か居たのか? 私がいない間に、そういう相手が……?」
「なにを言っているんですか……!」
「神とか修道士とか市民とか親戚とか男はたくさんいるだろう?」

 やけにたくさんある選択肢だな、とマリーは思う。

「いえ。全くいないですけど」
「神は、どうなんだ?」
「は? ユートゥルナ様ですか? 貴方が何を勘違いしているかわかりませんが、神様は神様で上司ですし、修道士は兄弟みたいなものですし、市民は守るべき存在です。親戚は親戚以外何でもありません」
「それは本当か……?」
「はい。それに、私は色ごととは一番縁遠い人間です。だいたい修道女は、恋する人もいますが、それどころじゃないくらい忙しいのですよ」
「やはり……自覚がないんだな。……そういうところが心配だが」

 リシャールは小声で呟いた。

「はい? 何か言いました?」
「何でもない」

 リシャールは安心したようにゆっくりと息を吐いた。
 そして、「よかった。神を殺さずにすんだ」と呟いたが、マリーには聞こえなかった。

 リシャールは気を取り正してマリーに向き合った。

「とにかく、ローゼ。私はただのしつこい盲目な王子ではない。ローゼを好きになったのは随分前だし、年月がある。他の誰も好きになれずに今日まできた。私には……はじめからきみしかいない。古教会で再会してからもローゼしか見えない。この思いは本物だ」

 本物というより、一途過ぎる純愛にマリーは言葉が出ない。

 10年以上も思い続けていた恋。
 しかも、女嫌いと言われて他の令嬢と色沙汰もなかったというリシャール。

 『きみしかいない』

 それは恋人も作らずにずっといた彼にとって誠の事実だ。
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