私は修道女なので結婚できません。私の事は忘れて下さい、お願いします。〜冷酷非情王子は修道女を好きらしいので、どこまでも追いかけて来ます〜

舞花

文字の大きさ
上 下
155 / 169
生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない

貴方以外と口付けた事がない

しおりを挟む
 マリーは焦る。

(リシャール様、笑ってる……?)

 さすがのマリーも理解した。この男はやばい。

 この場に及んでリシャールはいつになく目が怖い。
 リシャールは口元だけで笑っている。

(なんか、危ない気がする……!)

 リシャールは綺麗な王子様なだけではない。

 恐ろしく顔もいいし、身分の良い。魔法も上手。
 しかも冷たそうに見えて案外親切で人もいい。
 だけど。ものすごく人間として危ない部分がある。

 吹っ切れたら何をするか分からない、そんなタイプだ。

 今までだってマリーは何度リシャールを振ったのか分からない。
 その度、彼に追いかけられ、身を捧げてきた。
 はじめは口付けを、次は愛撫を、最後はこの身を。
 そんな恋だった。
 でも、その恋は終わったはずだった。

 それなのに、どうして、彼はこんな辺境地まで遠路はるばる訪ねて来たのか。
 さっき、豪快に振ったのに、何故部屋に来たのか。

 まっとうな神経の男性なら憤慨したり、名誉棄損で訴えたり、もしくはとっとと王都に帰るのが筋じゃないだろうか。
 
 プライドはないのか? 言葉は通じないのか?
 それとも執着なのだろうか。
 
 リシャールはマリーの心配をよそに、急にマリーから離れて、部屋の隅に向かった。

「ローゼは私の事が好きなのに、何を思って逃げているのか分からないが……」

 そして、リシャールはマリーのゴミ箱に捨てられた手紙を拾った。

「あ、それは……! 返して……!」
「私に宛てた手紙なのに、何故返さなきゃならない」

 リシャールは手を伸ばすマリーの静止を振り切って、その手紙に目を通した。

「見ないで……!」
「手紙には好きだ好きだと書いてあるのに、何故きみは私から逃げるんだろうか。意味が分からないなぁ。……おや、机の上にもたくさん私に宛てた手紙があるな。どれもこれも……私が聞いた事がない言葉ばかりだな。なになに、『殿下が今まで出会った人の中で一番好き』だって書いてあるぞ? 本当かこれは……?」
「返してお願いっ!」

 その手紙はどれもリシャールが好きだと書いてある。

 マリーが正面から言えなかった本心がそこにはあった。
 マリーは赤面して手紙を奪い取ろうとするが、背が高いリシャールには届かなかった。

「お願いします! 捨ててぇ!」
「嫌だ」

 マリーの抵抗も虚しく、リシャールはその手紙を転送魔法をかけてどこかへ送った。

「あとでじっくり読ませてもらうよ」
「私の……手紙……!」

 マリーは床に項垂れた。
 リシャールはため息をついて、膝を折り、マリーを見下ろした。

「まったく、きみはやっていることが支離滅裂だな」
「うっ……うう……。私だっていろいろ考えなきゃいけない現実があるんです! 貴方には分からないかもしれませんがっ!」
「ああ。私には全く理解できない。きみは、私を好きなのに私から逃げて、逃げて逃げまくって、その挙句身を引く事が正しいと思い込み、悲しんでいる」
「……」
「私には、きみ以外いないのに」
「は……?」
「だから、きみと結婚しないなら生涯ひとりで過ごす予定だ」
「嘘……?」
「嘘のわけあるか。きみの代わりなんていないのだから。だから……早くその『私が他の女と結ばれて幸せになる』とか言う変な妄想はやめてくれないか?」
「も、妄想……?」

 マリーは間抜けなオウム返ししかできない。

「私は何としてでもきみと結婚する。ローゼは一生、死ぬまで私といるんだから」
「し、死ぬまで……」
「ましてや、他の男なんて渡さない。鬼ごっこも、恋人ごっこも、もう終わりにしょう」
「終わりって……?」
「結婚するんだよ。そしてきみは私から離れられない。全部、私のものだ」
「全部……?」
「それが結婚という契約だろう?」

 マリーは今更ながら重過ぎる愛という名の執着に血の気が引いた。リシャールの話もマリーからしてみれば盲目的で、
その言い方はある種の脅迫だ。
 リシャールは壁に手をつき、マリーを追い込んだ。
 マリーは見慣れた部屋の中を見渡した。

(だ、だめだわ……部屋には机と、ベットと、タンスくらい。逃げ場なんてないわ)

 ちなみにこの部屋に窓はない。
 入り口も一つだ。

 マリーは王都から逃げる様に帰り、先ほど修道院に乗り込んできたリシャールと再会。
 しかし、また自室に逃げて、追いかけてきた。本当に部屋までやって来た。
 これはどういうことだ。

(どこまでこの人は私を追いかけて来るんだろう……?)

 マリーは人生に感じたことのない部類の不安で胸が押しつぶされそうだった。

(これは最早……)

 そして、リシャールはマリーに甘く口付けた。
 口の中に、自分ではないが不快じゃない味が広がった。
 キスを受け入れてしまう。長いキスに息ができない。
 マリーはぼんやりとした頭で思った。

(別れるもなにも、私はこの王子様から……逃げれないのでは?)

 仕事で王都に行っただけなのに、なぜこうなったのだろうか。

 何故この王子様がたかが修道女である自分に執着するのか分からない。

 不可解なことばかりで、マリーは思わずリシャールに訊いた。もう彼女には「私はローゼではありません」なんて、チンケな言い訳なんてする気もなかった。
 部屋まで探し当てるリシャールにそんな嘘は最早通じない。

「なんで私がローゼだとわかったのですか……?」
「ローゼはローゼだ。ミュレー伯爵令嬢でも、修道女でも、ブラン侯爵令嬢でも」

 リシャールはマリーをぎゅっと抱きしめながらはっきり言った。

「……私の事、以前からご存じだったのですか?」

 そうではないと、リシャールはマリーを識別できるわけはないのだ。
 変装魔法は知り合いには効かない。
 修道院の仲間や以前からマリーを知っているものには効力はなく、王都ではじめて会ったものだけが有効なのだ。

 リシャールは何も言わなかった。
 珍しくも気まずそうに、躊躇っているようにも見える。

(なんだか、リシャール様は言いたくないようね……? まぁ、いいわ。そんな事よりはっきりと言わなきゃ)

 リシャールがどんな方法でマリーを知っていてもいい。それよりも、マリーはリシャールにわかって欲しいことがあった。
 マリーは喉をならし、意を決して言う。

「私はエマに、顔向けできる修道女になります。だから、リシャール様も前を向いて、私なんか忘れて生きてーー」
「私がエマだ」
「はっ……?」

 マリーは素っ頓狂な声を出してリシャールを見上げた。
 リシャールは少し視線を逸らして、訳が悪そうに言った。

「きみの敬愛する聖女エマは、修道女ではなく……私だ」
「な、な、なにそれ……! だって、エマは女の子で……!」
「私だってあんな格好をしてまで隠れる事情があったんだ」

 リシャールは12年前に宗教裁判で訴えられ、国王不在の中断罪されそうになり、各地を近衛騎士とともに逃げていたことを明かした。
 彼はマリーの住んでいた町の事、よく2人で遊んだ教会の事、マリーの弟やその他景色も含めマリーよりも鮮明に覚えており、それを語った。

「わ、私の、はじめてのキスは女の子じゃあなかったと言う事ですか……?」
「驚くのはそこなんだな、きみは」

 言われてみれば、似ていた。
 エマもリシャールもアリアナも。
 マリーはリシャールを凝視した。

「なんだ? 何故そんなに不思議そうに見る?」
「いや、その、よくここまで立派に成長したなぁ、と思いまして」
「昔は細くて小柄な方だったんだ。しかも悲しい事に、髪を伸ばせば誰も男だと気づかないくらいに、女顔だったんだ。まぁ、年を取ればさすがに最近は女に間違えられなくなったがな。背も伸びたしな」
「はぁ……エマが、あのエマがあ、ああ……」

 ずっと憧れていた親友エマは、マリーの大好きなリシャールだったという事実。

 マリーは頭が混乱して、倒れそうになるのをリシャールに抱き止められた。

「はっきり言おう。エマ、つまり私は修道女ではないし、ローゼが目指すような人物ではない。もし、私のようになりたければ私に教えを乞うべきだ」

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...