157 / 169
生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない
好きな人は憧れの人②
しおりを挟む
「口先だけで、好きとか愛してる、なんて簡単に言えるんだ。きみは私には他の女が似合うと思い込んでいるかもしれないが、私はずっと君しかいらない。昔からずっとだ。だから――」
リシャールはマリーの顎を持ち上げた。
目の前に綺麗な瞳がある。青と緑の間の色。マリーの好きな色だ。
「私を受け入れてほしい」
苦しそうに囁く吐息交じりの声。マリーの胸がざわついた。胸が苦しい。
でも、マリーは顔を背けた。
どうしても腑に落ちない事がある。
「この前の夜はお別れみたいだったのに……もう会えないみたいなこと言っていたのにどうして……」
王都を発つ前の夜。
マリーとリシャールは最後の別れのように情を交わしたはずだ。
だから、リシャールはもう会いに来てくれないと思ったし、恋も終わったと思っていたのだ。
マリーは失恋したと思い、ずっと傷心だったのに、彼は急に会いに来て結婚して欲しいと言ってきた。
だったら、あの夜の出来事はどういうことなのだろう。
「結婚するまで手をつけたくなかったのに、きみが……誘うから」
リシャールは少し気まずそうに、マリーの顎から手を離した。
マリーはリシャールの言いたい事がイマイチ把握できない。だから、リシャールに事の詳細を訝しげに尋ねた。
「もしかして……だから、あの時何度も『殴れ』と?」
リシャールの部屋を訪ねたあの日。
リシャールはマリーに手を出しそうになる自分を殴って逃げろと何度も忠告した事を思い出す。
「私はてっきり、リシャール様は私と結婚できないから、不誠実な行為をしたくないと言う事で、抱きたくないのかと思っていたのですが……?」
「……」
リシャールは無表情で黙り込んだ。
「え? ちょっと待ってください。違うんですか? あの時は、私が、それを嫌じゃなかったから……リシャール様はその夜の雰囲気に流されて……みたいな話では? よくある失恋物の最期のラブシーン的な」
「……何だそれは?」
「……」
暫く二人は沈黙した。
マリーは分からない。
あの夜、リシャールは確かにマリーを抱きたくないようであった。
それは結婚できないから、誠実な男性であるリシャールはマリーに手を出したくないと思っていたからだと。
(え、どう言う事? あの夜は全部嘘なの……?)
マリーが動揺する中、リシャールが意を決して言う。
「乙女には夢があるんだろう。初夜に初体験みたいな夢が」
「まぁ……叶うものなら、そうですね」
今時、王族や上流貴族以外は自由恋愛だからそのような人は少ないが、出来る事なら初めては好きな人と、初めての夜に、と思うのはあるかもしれない。
ところで、何故今その初夜の話になるのか。
「もしきみが任務、つまり仕事で仕方なく私の相手をしている、もしくは、きみは今まで恋愛したことないから男に免疫がなくて私の接触に赤くなるだけという状況だったら」
「だったら……?」
「確実に私の事が好きではないと言う事だから、もう少し時間をおいて、落ち着いてから求婚しようと思っていた。とりあえず修道院には一度は帰りたいだろう? でも結婚式は10月だからもう時間がないからな。少しは焦っていたが」
リシャールはマリーとの結婚を全然諦めていないようだった。
要は初夜のためにマリーに逃げろと言っただけで、結婚は決定事項なわけで。
マリーは愕然として、肩を落とした。
「あのしんみりした空気を返して下さい……」
「何をいう? あの夜はきみのいかに私が好きかについての本心が聞けてよかったな。素晴らしかった」
そういえば、あの夜はリシャールとお別れだと思い、寝台の中でリシャールに抱かれながら『好き』だとか、『たくさん教えてほしい』とか言った覚えがある。
さらに、マリーは熱に浮かされ、媚薬も飲んでないのに、ロマンス小説顔負け、従順かつ切実にリシャールを求めた。
初めてなのにやけに情熱的だった気がする。
はじめてのコトに無理をしていないか心配するリシャールをよそに『ずっとこうしていたい、もっとほしい』とかそんな恥ずかしい事をたくさん言った覚えもあり、マリーは赤面して俯いた。
それに比べて、吹っ切れたリシャールは平然としていた。
マリーは衝撃の事実の連続で、穴にあったら入りたいくらい恥ずかしいのに。
「あれは紛れもなく、別れ話の雰囲気だったのに……だって私は」
「貴様の話では、王妃になるのが問題なのだろう?」
リシャールは膝を折って、マリーに視線を合わせた。
マリーは地面に膝をついたまま、無言でうなずいた。
リシャールはマリーの顎を持ち上げた。
目の前に綺麗な瞳がある。青と緑の間の色。マリーの好きな色だ。
「私を受け入れてほしい」
苦しそうに囁く吐息交じりの声。マリーの胸がざわついた。胸が苦しい。
でも、マリーは顔を背けた。
どうしても腑に落ちない事がある。
「この前の夜はお別れみたいだったのに……もう会えないみたいなこと言っていたのにどうして……」
王都を発つ前の夜。
マリーとリシャールは最後の別れのように情を交わしたはずだ。
だから、リシャールはもう会いに来てくれないと思ったし、恋も終わったと思っていたのだ。
マリーは失恋したと思い、ずっと傷心だったのに、彼は急に会いに来て結婚して欲しいと言ってきた。
だったら、あの夜の出来事はどういうことなのだろう。
「結婚するまで手をつけたくなかったのに、きみが……誘うから」
リシャールは少し気まずそうに、マリーの顎から手を離した。
マリーはリシャールの言いたい事がイマイチ把握できない。だから、リシャールに事の詳細を訝しげに尋ねた。
「もしかして……だから、あの時何度も『殴れ』と?」
リシャールの部屋を訪ねたあの日。
リシャールはマリーに手を出しそうになる自分を殴って逃げろと何度も忠告した事を思い出す。
「私はてっきり、リシャール様は私と結婚できないから、不誠実な行為をしたくないと言う事で、抱きたくないのかと思っていたのですが……?」
「……」
リシャールは無表情で黙り込んだ。
「え? ちょっと待ってください。違うんですか? あの時は、私が、それを嫌じゃなかったから……リシャール様はその夜の雰囲気に流されて……みたいな話では? よくある失恋物の最期のラブシーン的な」
「……何だそれは?」
「……」
暫く二人は沈黙した。
マリーは分からない。
あの夜、リシャールは確かにマリーを抱きたくないようであった。
それは結婚できないから、誠実な男性であるリシャールはマリーに手を出したくないと思っていたからだと。
(え、どう言う事? あの夜は全部嘘なの……?)
マリーが動揺する中、リシャールが意を決して言う。
「乙女には夢があるんだろう。初夜に初体験みたいな夢が」
「まぁ……叶うものなら、そうですね」
今時、王族や上流貴族以外は自由恋愛だからそのような人は少ないが、出来る事なら初めては好きな人と、初めての夜に、と思うのはあるかもしれない。
ところで、何故今その初夜の話になるのか。
「もしきみが任務、つまり仕事で仕方なく私の相手をしている、もしくは、きみは今まで恋愛したことないから男に免疫がなくて私の接触に赤くなるだけという状況だったら」
「だったら……?」
「確実に私の事が好きではないと言う事だから、もう少し時間をおいて、落ち着いてから求婚しようと思っていた。とりあえず修道院には一度は帰りたいだろう? でも結婚式は10月だからもう時間がないからな。少しは焦っていたが」
リシャールはマリーとの結婚を全然諦めていないようだった。
要は初夜のためにマリーに逃げろと言っただけで、結婚は決定事項なわけで。
マリーは愕然として、肩を落とした。
「あのしんみりした空気を返して下さい……」
「何をいう? あの夜はきみのいかに私が好きかについての本心が聞けてよかったな。素晴らしかった」
そういえば、あの夜はリシャールとお別れだと思い、寝台の中でリシャールに抱かれながら『好き』だとか、『たくさん教えてほしい』とか言った覚えがある。
さらに、マリーは熱に浮かされ、媚薬も飲んでないのに、ロマンス小説顔負け、従順かつ切実にリシャールを求めた。
初めてなのにやけに情熱的だった気がする。
はじめてのコトに無理をしていないか心配するリシャールをよそに『ずっとこうしていたい、もっとほしい』とかそんな恥ずかしい事をたくさん言った覚えもあり、マリーは赤面して俯いた。
それに比べて、吹っ切れたリシャールは平然としていた。
マリーは衝撃の事実の連続で、穴にあったら入りたいくらい恥ずかしいのに。
「あれは紛れもなく、別れ話の雰囲気だったのに……だって私は」
「貴様の話では、王妃になるのが問題なのだろう?」
リシャールは膝を折って、マリーに視線を合わせた。
マリーは地面に膝をついたまま、無言でうなずいた。
0
お気に入りに追加
312
あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。
無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。
彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。
ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。
居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。
こんな旦那様、いりません!
誰か、私の旦那様を貰って下さい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる