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生涯、彼は初恋の修道女を忘れる事ができない
好きな人は憧れの人②
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「口先だけで、好きとか愛してる、なんて簡単に言えるんだ。きみは私には他の女が似合うと思い込んでいるかもしれないが、私はずっと君しかいらない。昔からずっとだ。だから――」
リシャールはマリーの顎を持ち上げた。
目の前に綺麗な瞳がある。青と緑の間の色。マリーの好きな色だ。
「私を受け入れてほしい」
苦しそうに囁く吐息交じりの声。マリーの胸がざわついた。胸が苦しい。
でも、マリーは顔を背けた。
どうしても腑に落ちない事がある。
「この前の夜はお別れみたいだったのに……もう会えないみたいなこと言っていたのにどうして……」
王都を発つ前の夜。
マリーとリシャールは最後の別れのように情を交わしたはずだ。
だから、リシャールはもう会いに来てくれないと思ったし、恋も終わったと思っていたのだ。
マリーは失恋したと思い、ずっと傷心だったのに、彼は急に会いに来て結婚して欲しいと言ってきた。
だったら、あの夜の出来事はどういうことなのだろう。
「結婚するまで手をつけたくなかったのに、きみが……誘うから」
リシャールは少し気まずそうに、マリーの顎から手を離した。
マリーはリシャールの言いたい事がイマイチ把握できない。だから、リシャールに事の詳細を訝しげに尋ねた。
「もしかして……だから、あの時何度も『殴れ』と?」
リシャールの部屋を訪ねたあの日。
リシャールはマリーに手を出しそうになる自分を殴って逃げろと何度も忠告した事を思い出す。
「私はてっきり、リシャール様は私と結婚できないから、不誠実な行為をしたくないと言う事で、抱きたくないのかと思っていたのですが……?」
「……」
リシャールは無表情で黙り込んだ。
「え? ちょっと待ってください。違うんですか? あの時は、私が、それを嫌じゃなかったから……リシャール様はその夜の雰囲気に流されて……みたいな話では? よくある失恋物の最期のラブシーン的な」
「……何だそれは?」
「……」
暫く二人は沈黙した。
マリーは分からない。
あの夜、リシャールは確かにマリーを抱きたくないようであった。
それは結婚できないから、誠実な男性であるリシャールはマリーに手を出したくないと思っていたからだと。
(え、どう言う事? あの夜は全部嘘なの……?)
マリーが動揺する中、リシャールが意を決して言う。
「乙女には夢があるんだろう。初夜に初体験みたいな夢が」
「まぁ……叶うものなら、そうですね」
今時、王族や上流貴族以外は自由恋愛だからそのような人は少ないが、出来る事なら初めては好きな人と、初めての夜に、と思うのはあるかもしれない。
ところで、何故今その初夜の話になるのか。
「もしきみが任務、つまり仕事で仕方なく私の相手をしている、もしくは、きみは今まで恋愛したことないから男に免疫がなくて私の接触に赤くなるだけという状況だったら」
「だったら……?」
「確実に私の事が好きではないと言う事だから、もう少し時間をおいて、落ち着いてから求婚しようと思っていた。とりあえず修道院には一度は帰りたいだろう? でも結婚式は10月だからもう時間がないからな。少しは焦っていたが」
リシャールはマリーとの結婚を全然諦めていないようだった。
要は初夜のためにマリーに逃げろと言っただけで、結婚は決定事項なわけで。
マリーは愕然として、肩を落とした。
「あのしんみりした空気を返して下さい……」
「何をいう? あの夜はきみのいかに私が好きかについての本心が聞けてよかったな。素晴らしかった」
そういえば、あの夜はリシャールとお別れだと思い、寝台の中でリシャールに抱かれながら『好き』だとか、『たくさん教えてほしい』とか言った覚えがある。
さらに、マリーは熱に浮かされ、媚薬も飲んでないのに、ロマンス小説顔負け、従順かつ切実にリシャールを求めた。
初めてなのにやけに情熱的だった気がする。
はじめてのコトに無理をしていないか心配するリシャールをよそに『ずっとこうしていたい、もっとほしい』とかそんな恥ずかしい事をたくさん言った覚えもあり、マリーは赤面して俯いた。
それに比べて、吹っ切れたリシャールは平然としていた。
マリーは衝撃の事実の連続で、穴にあったら入りたいくらい恥ずかしいのに。
「あれは紛れもなく、別れ話の雰囲気だったのに……だって私は」
「貴様の話では、王妃になるのが問題なのだろう?」
リシャールは膝を折って、マリーに視線を合わせた。
マリーは地面に膝をついたまま、無言でうなずいた。
リシャールはマリーの顎を持ち上げた。
目の前に綺麗な瞳がある。青と緑の間の色。マリーの好きな色だ。
「私を受け入れてほしい」
苦しそうに囁く吐息交じりの声。マリーの胸がざわついた。胸が苦しい。
でも、マリーは顔を背けた。
どうしても腑に落ちない事がある。
「この前の夜はお別れみたいだったのに……もう会えないみたいなこと言っていたのにどうして……」
王都を発つ前の夜。
マリーとリシャールは最後の別れのように情を交わしたはずだ。
だから、リシャールはもう会いに来てくれないと思ったし、恋も終わったと思っていたのだ。
マリーは失恋したと思い、ずっと傷心だったのに、彼は急に会いに来て結婚して欲しいと言ってきた。
だったら、あの夜の出来事はどういうことなのだろう。
「結婚するまで手をつけたくなかったのに、きみが……誘うから」
リシャールは少し気まずそうに、マリーの顎から手を離した。
マリーはリシャールの言いたい事がイマイチ把握できない。だから、リシャールに事の詳細を訝しげに尋ねた。
「もしかして……だから、あの時何度も『殴れ』と?」
リシャールの部屋を訪ねたあの日。
リシャールはマリーに手を出しそうになる自分を殴って逃げろと何度も忠告した事を思い出す。
「私はてっきり、リシャール様は私と結婚できないから、不誠実な行為をしたくないと言う事で、抱きたくないのかと思っていたのですが……?」
「……」
リシャールは無表情で黙り込んだ。
「え? ちょっと待ってください。違うんですか? あの時は、私が、それを嫌じゃなかったから……リシャール様はその夜の雰囲気に流されて……みたいな話では? よくある失恋物の最期のラブシーン的な」
「……何だそれは?」
「……」
暫く二人は沈黙した。
マリーは分からない。
あの夜、リシャールは確かにマリーを抱きたくないようであった。
それは結婚できないから、誠実な男性であるリシャールはマリーに手を出したくないと思っていたからだと。
(え、どう言う事? あの夜は全部嘘なの……?)
マリーが動揺する中、リシャールが意を決して言う。
「乙女には夢があるんだろう。初夜に初体験みたいな夢が」
「まぁ……叶うものなら、そうですね」
今時、王族や上流貴族以外は自由恋愛だからそのような人は少ないが、出来る事なら初めては好きな人と、初めての夜に、と思うのはあるかもしれない。
ところで、何故今その初夜の話になるのか。
「もしきみが任務、つまり仕事で仕方なく私の相手をしている、もしくは、きみは今まで恋愛したことないから男に免疫がなくて私の接触に赤くなるだけという状況だったら」
「だったら……?」
「確実に私の事が好きではないと言う事だから、もう少し時間をおいて、落ち着いてから求婚しようと思っていた。とりあえず修道院には一度は帰りたいだろう? でも結婚式は10月だからもう時間がないからな。少しは焦っていたが」
リシャールはマリーとの結婚を全然諦めていないようだった。
要は初夜のためにマリーに逃げろと言っただけで、結婚は決定事項なわけで。
マリーは愕然として、肩を落とした。
「あのしんみりした空気を返して下さい……」
「何をいう? あの夜はきみのいかに私が好きかについての本心が聞けてよかったな。素晴らしかった」
そういえば、あの夜はリシャールとお別れだと思い、寝台の中でリシャールに抱かれながら『好き』だとか、『たくさん教えてほしい』とか言った覚えがある。
さらに、マリーは熱に浮かされ、媚薬も飲んでないのに、ロマンス小説顔負け、従順かつ切実にリシャールを求めた。
初めてなのにやけに情熱的だった気がする。
はじめてのコトに無理をしていないか心配するリシャールをよそに『ずっとこうしていたい、もっとほしい』とかそんな恥ずかしい事をたくさん言った覚えもあり、マリーは赤面して俯いた。
それに比べて、吹っ切れたリシャールは平然としていた。
マリーは衝撃の事実の連続で、穴にあったら入りたいくらい恥ずかしいのに。
「あれは紛れもなく、別れ話の雰囲気だったのに……だって私は」
「貴様の話では、王妃になるのが問題なのだろう?」
リシャールは膝を折って、マリーに視線を合わせた。
マリーは地面に膝をついたまま、無言でうなずいた。
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