神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

06 ー 金色の狐

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 早朝に来た時とは打って変わり、会議室内は双方参加型という空気が流れていた。いや、本来居ないはずの黒豹のターンと言っても過言ではないだろう。
 辺境伯よりも年下のようだが、黒豹はその風格ですでに場を制している。彼が椅子に座る頃には、辺境伯に近い獣人達は顔を真っ青にして口を閉ざすだけだった。

「まずは、そちらの意見を聞こうか」

 室内の座る位置は、早朝と変わっていない。だが下座にフレデリクと、その斜め後ろで控えるローゼスが加わっただけだ。アレクセイと誠はフレデリクの隣に並び立ち、王都騎士団第一部隊部隊長の言葉を聞くだけだった。
 移動中に、少しだけは話を詰めている。ことはアレクセイ一人で済む問題ではなくなっている。これがただの大型魔獣が現れたのだったら、辺境伯領内のみで終わる話だ。しかし、今回は神話の世界だという魔剣が現れている。
 それに加えて、誠の存在だ。
 誠がアレクセイ達と同行がすんなり許されたのは、旅先で団員のツガイが見つかった時のみ、余人の同行を認めるという団内の規律があったからだ。しかも名門であるヴォルク公爵家のツガイだ。
 それだけなら良かったのだが、そのツガイの能力は未知数だ。だから辺境伯側はその能力を自陣に引き入れたいし、廃したいとも思っているのだ。

「わざわざご足労頂いて、すまない。我らの意見としては、アレクセイのツガイなのだから、我らは関せず…という意見と、マコト殿の存在が危険なので、そちらで拘束、研究を。という二つに分かれていて、平行線のままなのだ」

 レイナルドが組んだ指を握るようにしながら、口を開いた。誠達が強引に退室した後で話し合いは続いたのだろうが、それでも意見は割れたままだったのか。そしてその状態での呼び出し。
 イレギュラーである黒豹が居るとしても、それは無いだろうと、誠はじっとレイナルドを見ていた。

「…なるほど。貴公らはアレクセイに、ツガイを娶らせたくない、と」
「いえ。決してそのようなことは」
「しかし、意見が割れているということは、そうだろう?」

 ゆらりと黒く長い尾が揺れる。盗み見たフレデリクの表情は、獲物を狙う目をしていた。

「なっ…!それとこれとは、話が別なはずですぞ!」
「そうです!今はその狐の処遇を決める会議のはずだ」

 アレクセイ曰く、お歴々からの声が上がった。誠はその様子を見ながら、ぐるりと首を回す。あからさまな態度で、彼らを挑発しているのだ。
 いつから自分の処遇についてが議題になったのだろう。「それとこれとは別」とは、誠が言いたい言葉だ。それよりも、魔剣がどうなったとか、なぜあのような物が出現したとか、そういう通達は無いのだろうか。
 バカにされたから、こちらもバカにした。後悔はしていない。
 その意図が分かったらしいアレクセイは、そんな誠の様子を見て、少しだけ口角を上げていた。

「だから、マコトのことについて話しているのだろう?マコトはアレクセイのツガイ。それだけの話ではないか」
「恐れながら、フレデリク殿はその狐の力を直に見ていないから、そんなことが言えるのであろう?いくらアレクセイ達の助力があったからと言っても、ただの一般人が持っていて良い力ではない。それに、獣人でもないのにあのような狐の姿になるとは…」
「…それで?その"狐"は、貴公らに危害を加えたか?」
「いえ…」

 お歴々は、言葉を詰まらせる。それだけフレデリクが正論だったという証だ。獲物を見定めた黒豹は、まだ爪を出したまま余裕を見せていた。

「私が聞いた報告だと、アレクセイの同行者であるツガイは、彼の班員にも好かれているという。また、食事面でのサポートもしているというが…そのどこが、脅威だと言うのかね」
「敵を欺くのには味方から、という言葉があるでしょう」
「そうだな。だが、アレクセイ程の人物が、そんな見えすいた手に引っかかるだろうか」

 なあ、とフレデリクは、隣で威嚇している弟を見た。
 バトンを渡されたアレクセイは、明らかに不機嫌だと言わんばかりに乱暴に尾を振り下ろした。

「そうですね。ヴォルク家の者は、いかなる魔法や薬で惑わそうとも、血と本能がツガイを求めます。それが、俺の隣に居るマコトです。ヴォルク家は、ご存知のように、ツガイ主義だ。…スルト騎士団は、ヴォルク家と争うと?」

 おや?と誠は片眉を上げた。
 少し飽きながらも、黙ってやり取りを聞いていたのだが、やり合っているのはフレデリクとお歴々だ。それにアレクセイは、スルト"辺境伯"ではなくスルト"騎士団"と言った。
 アレクセイが怒っているのは、誠のこともそうだが、自分の家がバカにされたこともあるだろう。だったら、家同士の問題になるはずだ。貴族は家名を大事にし、そのプライドは高いと聞いている。それを騎士団との戦いにする意味とは何なのか。
 睨み合っているアレクセイとレイナルドの部下達をよそに、誠は会議に参加している全員の顔を見回していた。レイナルドが意外にも自分の部下に対して冷たい目を向けているのが分かる。何を考えているのだろうと彼を見ていると、目が合った途端にウインクを寄越された。

「うへぇ…」

 眉を顰めると、向こうは苦笑いを浮かべていた。
 どうやら考えがあるらしい。誠は静観を決めた。
 その間にも、フレデリクと辺境伯の部下達の話し合いは進んでいるが、一進一退のようだ。そろそろ口を挟もうかと思った途端、向こうの部下が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。

「だから我らは王家をたてて、その狐をそちらに献上すると申しておろうが!」
「いや別に俺ってアンタらの物じゃないから」

 ついつい、そう口にしてしまった。途端に会議室内は静まり返ったが、すぐにフレデリクの笑い声が響く。

「ハハハハ!確かにそうだ。そもそもの話が間違っている。バカらしいから私も話に乗ってやったが、つまりは何が言いたい?マコトの処刑か?それとも、強い力の狐を献上し、王家に媚を売りたいと?」

 足を組み替えながら聞く黒豹に、レイナルドより年上の男性が食ってかかる。

「何を…!」
「いや、だってそうじゃん。早朝の会議の時もそうだったけど、俺ってただの旅行者なんですけど。何でアンタらが俺のことを処罰とか護送とか決めてんだよ。別に犯罪を犯したわけでもあるまいし」

 フレデリクが仕掛けたのを見て、それに乗ることにした誠は、少し小馬鹿にしたように発言する。
 そう。前提がおかしいのだ。誠は最初、レイナルドの息子を吹っ飛ばしたことについての処遇を言い渡されるのか、自分が狐になれることについて言われるのかと思っていた。だが会議と称して招集されると、内容は極めて向こうの政治的な内容だ。魔剣のまの字すらも出てこない。
 ここが港街なのはありがたいが、とっととおさらばしたいのは確かだった。

「それで、辺境伯の息子がアレクセイを刺したことは、どうなってんだよ。先にそれを謝るのが筋ってもんじゃねぇの?あとさぁ、どうせアンタらに言っても無駄なんだろうけど、俺は祖先に狐が居るから狐になれるだけ。そんで、アレクセイの不利になるようなことはしない。それで話は終わりだ」
「貴様…我らに何と言う口の聞き方を…!」
「知らねぇよ。先に礼儀を欠いたのはアンタらだろうが」

 こうなると誠は止まらない。相手の神経を逆撫でしつつも自分の意見を通していく。

「もしかしてアレクセイが辺境伯の甥だから、謝罪はしなくて良いって思ってる?業務中のことだから?だとしても、一応は謝るもんじゃねぇのかよ」
「そうだ。マコトの言う通りだ」

 レイナルドが誠に同調した。そしてアレクセイに、すまなかったと謝ると、一部の部下達はレイナルドを批判した。しかしそれを制したのはフレデリクだった。

「スルト辺境伯。貴公は良い部下をお持ちのようだな」

 それは完全に嫌味だ。

「…ええ」

 レイナルドは苦笑いを浮かべていた。それを見たフレデリクは鼻で嗤い、話を纏めた。

「私も暇ではないのでな。マコトについてはツガイであるアレクセイが責任を持つ、貴公らの意見は聞かない。それでこの話は終いだ」
「しかし…」
「しつこい!マコトについては、王家に陳情しても無駄だと知れ。ツガイが絡む以上、王家はヴォルク家に何も言わんぞ。そして其方らの家同士の問題も、当然王家は関知しない。それだけだ」

 黒豹が吠える。そこで完全に勝敗は決まった。
 フレデリクはレイナルドを見据えた。

「私が居るのにこの体たらくは何だ、辺境伯。貴様の資質が問われるぞ」
「おっしゃる通りで…」
「しかも、アレクセイのツガイに対する暴言の数々。これはヴォルク家に喧嘩を売ったことになる。貴公らの命が惜しいのなら、処罰はしっかりとすることだな」
「は…」

 レイナルドが頭を下げたのを見たフレデリクは、ゆっくりと席を立った。そして「帰るぞ」と言い、部屋を後にした。
 誠もその後に続く。何ともあっけない幕切れだったが、結局彼らは何が言いたかったのだろうか。謎と疲れしか残らない会議であった。
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